008 白箱は今解き放たれる③

 試験開始から一日が経過した。

 目覚めが最悪の朝だ。


「おはようっ! 諸君!!」


 ただ一人、トゥトゥを除いて、だが。

 俺たちがいるのは湖の近辺。

 暫定的な本拠地として構えていた。


「はい、注目ー」


 俺は視線を自分に集中させた。

 今現在、俺は八人で行動を共にしている。トゥトゥを仲間に加えたあと、四人の仲間を加えることができた。


「今日の方針を決めるからよく聞いておけよー」

「はーい、質問いいんですかー?」

「いきなりかよ」


 挙手したのは青髪の少年。

 肌は白く、整った顔つき。

 名は、ミチル。

 魔法は雷を操る能力。


「ハルが指揮ってるのが気に食わないでーす」

「じゃあ死んどけ」

「冗談だって」


 あはは、と笑うミチル。

 実際、気に食わないのは確かだと思う。

 ミチルは白箱でもそこそこ優秀だ。下に付くタイプではない。野心もある。


 今は俺のほうが強いから従ってるだけ。


「この試験についてお前らの考えが聞きたい」

「よしっ。俺から答えよう」


 真っ先に挙手したのがトゥトゥ。

 もう幸先から悪い予感しかしない。


「とにかく生き残る! そのために頑張る! 以上!」

「何か意見あるやついるか?」

「純粋な疑問なんですけど、これってただ生き残れば合格する試験なんですか?」


 次に言うのがメガネ男子。

 名は、レント。

 魔法は土を自在に操る能力。

 といっても、レントの力では土の硬度を変えるほどの実力しかないらしいが。


 代わりに頭が切れる。


「あ、はいはい。それあたしも思った」


 絶対に思ってはなかっただろうアカリがレントに同意する。


「あまり大きな声じゃあ言えないけど、クリア様が出す試験にしては随分簡単な内容だと思うんだよね……」

「そう考えさせることが目的だという可能性もありえますよ」


 レントの意見に追求するのは少女の名はシーナ。

 灰色に染まる髪色。黒の瞳。

 魔法は対象を凍らせる能力。

 ミチルと同じく優秀な魔法使い見習い。


 同年代の中でも比較的大人びていて物静かな女の子。


「アスマはどうだ?」

「え? ぼ、僕は……その、」


 目にかかるほどに伸びる前髪と暗い性格な少年の名はアスマ。

 白箱屈指のコミュ症。

 魔法は影に潜り込むことができる能力、だったはず。


「み、皆の意見に従うよ」

「そうか」


 人目が多い場所で自分の意見を言うのは、アスマにはまだハードルが高すぎたか。


「まあレントとシーナの意見には大体同意。この試験には別の目的がある、ってのは間違いないだろうな……」



「人数減らし、とか?」



 ミチルからの爆弾発言。

 一瞬の沈黙。


「根拠はないだろ」

「あるでしょ。気づかないフリでもしてるの?」

「……」

「白箱が魔法使いを育てるための施設。わざわざ外界出身の俺たち魔法使いを育てるのはなぜ? たぶん、西国は人材不足。数を増やすのが目的であるはずなら、サバイバルなんて命の危機を顧みるような試験はしないはずでしょう?」

「人数減らしする理由は?」

「さあ? 僕はそういう可能性もあるってことを視野に入れてるだけ。シーナちゃんもそう思うでしょ?」

「ちゃん付けしないで」


 即答するシーナ。

 露骨に表情を歪ませている。

 そんなに嫌ですか……。


「ねえ。ハル。仮に人数減らしが目的だとしたら、こうやって仲間集めてるのもクリア様の思惑通りだったりするかもよ?」

「お前はなんで不安を煽るようなことしか言えないんだ?」

「あはは、君のそういう困った顔が見たいから」


 ほんと、性格が悪い。


「方針は変えない。とりあえず白箱の奴等全員を見つけるのが最優先。俺とアカリ。シーナとエルルゥとレント。ミチルとトゥトゥとアスマ。三組に分けて行動する」


 パワーバランスは大体整った。

 一番弱いアカリは俺と一緒に行動すれば問題ないはず。


「夕暮れ時になる前までには再集合。仕事サボんじゃねえぞ」

「あなたには指図を受けるつもりはありません」


 シーナは俺に一瞥すると、西に向けて歩き出してしまった。エルルゥとレントが慌てて追いかける。


「じゃあ僕らは北に向かうよ」

「……ああ、よろしく頼むよ」


 ミチルたちも動き出した。

 シーナは協力こそするが、馴れ合うつもりはないと。そういうスタンス。


 残るのは俺とアカリ。

 微妙な雰囲気だったので、アカリは困惑した表情だ。


「……行くか」

「うんっ」


 俺とアカリと南に向けて行動を開始した。




 * * *

   



「ねえ、エルルゥさん」

「な、なんですか?」


 シーナ組が行動を開始して三時間ほど。

 シーナ組は食料調達を言い渡されている。シーナの魔法は対象を凍らせる。長時間放置しておけば腐ってしまう食糧も冷凍することで保存できる。


 シーナは自分の魔法を冷凍代わりにされていることに若干の不満もあったが。

  

「ハルさん……彼は何者ですか?」

「な、何者? それはどういう……」

「彼は私達と同じ外界出身。あれほどまでに優秀であるのは些か違和感があると思いませんか?」

「そ、それは……」


 エルルゥにも思い当たる節はあった。

 本来子どもでは知らないような知識も持っているし、何よりも外見は白箱でも屈指の童顔であるにも関わらず、大人びた対応と雰囲気。


 外面と内面にギャップがある。


「僕もそれについては同意しますね」


 メガネ男子のレントが会話に入る。

 現在、シーナ組は休憩中。レントは化け物の襲来に備えて簡易的な罠を作り終えたところだった。


「ハルは白箱でも優秀。僕も彼を尊敬していますが、どこか違和感がある。たまにクリア様と話しているような感覚になるといいますか……」

「ハルは元々貴族だったのかもしれないね」


 シーナはポツリと零す。

 外界に住む人間は二種類に分類される。

 一つは、外界で生まれ、外界のルールを元に育つタイプ。

 もう一つは、かつては壁の中で育っていたが、何らかの理由で外界に追放されたタイプ。この場合、貴族の没落、犯罪者などが当てはまる。


「まあ、別にハルの正体なんてどうでもいいんですけどね」


 シーナは吐き捨てるように言った。


「食糧はある程度調達できたと思いますし、早いですけど戻りますか?」


 レントが提案。

 エルルゥもシーナも否定しなかった。


「……シーナ、さんはハルくんのことが嫌いなんですか?」


 エルルゥは訊いていた。

 純粋な疑問。

 食料調達の間、シーナは事務的な会話以外でエルルゥとレントに話すことはなかったからだ。


 ハルの話題でのみ、唯一口を開いた。


「嫌いではない」


 シーナは即答した。

 それでもエルルゥにとっては意外すぎる回答だった。


「ただの興味本位よ。質問に特別意図はない。今は試験であるからハルに従っているだけ。実力だけは確かだからね」


 その言葉に嘘はなかった。

 但し、本音ではなかった。

 少なくとも、エルルゥにはそう感じた。


「こんな理不尽なやり方で、死んでたまるもんですか」


 ボソリと呟くシーナ。

 その呟きは誰にも聞こえなかった。


 その言葉には、確かな本音が隠されていた。




 * * *




 夕暮れ時になる頃、俺たちは拠点に再集合していた。


「ハルちゃんじゃん! おひさー」

「一日しか経ってないだろ。ミソギ」


 再集合すると、人数が二人増えていた。

 桃色の髪の少女。名はミソギ。

 魔法は使い魔を呼び出すことができること。ミソギは烏類を操れるらしい。

 ミチル組が発見したようだ。


「もう一人はヒカリか。無事で良かった」

「そっちこそ。無事で何よりだ」


 琥珀色の瞳が特徴的な少女。

 名は、ヒカリ。

 話によると、ミチル組に発見されるまでミソギと共に行動していたらしい。


「ハルたちは?」

「死体一つ。多分カイだな」


 場の雰囲気が少し暗くなった。

 まあ予想していた反応だ。

 カイの死体は下半身と右腕が食い千切られていた。とてもじゃないが、仲間に見せられる状態ではなかった。


 恐らく化け物に喰われたのだろう。


「アカリ、大丈夫か?」

「う、うん」


 アカリはカイの死体を直で見たせいで、その場で吐いた。ショックも大きかっただろう。瞼も腫れている。


「アカリは休んでろ。他のやつは食事の準備をしてもらって――」


 場の空気を誤魔化すように俺は指揮した。

 簡易的に作ったテントにアカリを移動し終えると。


「ハル」


 ミチルが呼びかけた。


「食事の準備は?」

「料理は女子組がこなしちゃうから僕ら男子組は手持ち無沙汰だよ」

「あっそ。で、用件は?」

「話したいことがある」

「小便なら一人で行けよ」

「えー、一緒に行こうぜー」


 冗談っぽく言い合いながらも、ミチルの目は真剣味がこもっていた。


 二人きりで話したいがしたい、と。


 そう告げているようなものだった。


 俺とミチルは拠点から離れた場所に移動する。


「いやぁ。男二人で連れションほど悲しいことはないね」

「戯言はいいから用件を言えって」

「ミソギちゃんとヒカリちゃん以外で死体を二人分見つけた」

「……で?」

「トゥトゥとアスマは知らないよ。偶然僕が見つけた」

「なんで今それを?」

「その死体に問題があったから。この森で死ぬってことは、死因は化け物に喰われるか、最初のクリア様の不意打ちで『転落死』するかどっちかでしょ?まあ餓死とかもあるかな? とにかく死因はハッキリしてるわけさ。僕が発見した死体、そのどれでもなかったよ」


 ミチルはハッキリと言った。




 

「……! くそっ。言いたいのはそういうことか」

「話が早くて助かるよ」


 ミチルは笑った。

 嫌味たっぷりの笑顔だ。


「現在、僕らのもとに集まっているのは十人。死者数は四人。発見されてないのは十七人」


 誰かに殺されていた死体。

 それが意味する理由はただ一つ。


「少なくとも、二十七人の中に裏切り者ジョーカーがいるね。もしかしたら生存者はもっと少ないかも」


 卒業試験、二日目。

 その夜はまだ始まったばかりだ。






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