007 白箱は今解き放たれる②
この広い森で人を見つけるのは困難。
そこで、エルルゥの出番。
エルルゥの魔法は精霊を操る。
見えない精霊を森全体に広げて、人を探させる。無闇に森を散策するよりよっぽど役に立つ。
「できる限り広範囲で頼む。とりあえずまずは一キロ圏内で」
「わ、わかりました。でも、範囲が広いので少し時間がかかります」
「警護は任せろ」
湖の端っこに俺とエルルゥはいた。
湖には木々がなく、空が見える。
視界も良好。湖の主も討伐済みであるので、ここに寝床を構えるのもアリかもしれない。
と、俺が予定を立てている間に、エルルゥは魔法を発動しようとしていた。
そう言えば、エルルゥが魔法を使うのを初めて見た気がする。
エルルゥは髪の毛を数本抜き、口に近づけるとふうっと小さく吹きかけた。
髪の毛が宙を舞う。
「〈
そこで、俺は見た。
エルルゥの周囲に仄かな光が現れて、エルルゥの身体を包み込むように集まっていく。
宙に舞う髪の毛が粒子となって消えていく。エルルゥの包む光も数秒後、パッと全体に散った。
エルルゥは目を瞑り続ける。
恐らく、精霊が森全体を散策しているのだ。
今見えた光の粒子。
あれが、エルルゥが見えるという精霊。
この魔法は実態がしれない。
俺の魔法と同じ特異型だ。
極めればこれ以上とない戦力として期待できる。早めに芽を摘むのが東国にとっては有効であるはず。
……じゃあ何故俺はあのとき、エルルゥを助けたのか?
わからない。
合理的な行動を取れなかった自分。
白箱で共に生活して情でも湧いたのか?
ありえない。
こいつ等は……西国にいる者は敵だ。
「あ、あの。ハルくん」
「……ん? あ、なに?」
「おおよその位置が掴めたみたいなんですけど……」
「あ、ああ。わかった」
精霊の話によると、魔法範囲内には四人の人間を見つけることができたらしい。それぞれ、方位と距離は全く違う。
「白箱の人数が三十一人。そのうち、俺とエルルゥ、この四人を引けば二十五人。約二割ちょい。この森広すぎだろ……」
「あ、わたし、一人見つけました」
「あ、どこでだ?」
「えっと、その……その人は……」
それだけで察した。
クリアの不意打ちから上手く着地できなかったのか。最悪の死に方だ。
「それぞれの位置を教えてくれ」
一人目は南東に八〇〇メートル地点。森中をウロウロと動いている。
二人目は東に五〇〇メートル地点。警戒している様子。
三人目は北西に三〇〇メートル地点。動きは一切無し。
四人目は西に六五〇メートル地点。一人目と同様に動きが見られる。
「よし、北西に向かう。多分、アカリがいるはずだ」
「え、わかるんですか?」
「なんとなくな。アカリって明るい素振り見せてるけど、割と臆病な性格なんだよ。多分、こういう試験じゃあチビって動けないんじゃねえか? ついでにアイツは気配察知の魔法があるし、化け物の行動をリアルタイムに知れる。魔法使いってのは、魔法を持ってるだけで強くなった気になれるからな。動かないヤツは怪しい」
西国は元来、魔法使いを新人類であると主張し、魔法を使えない……東国を旧人類と蔑称している。
つまり、魔法使いにとって、魔法とはアイデンティティであり、自分自身であると言っても過言ではない。
魔法を持つだけで自尊心は高まり、自分が強くなったように感じることができる。
魔法に限った話ではない。強い武器を持てば、自信を持てるのと同じ。
結局、自分が強くなったわけではないのに。
「アカリさんのこと、よく見てるんですね」
エルルゥはどういうわけか、少し嬉しそうに言った。
「別にアカリに限ったことじゃない。一人目と三人目はトゥトゥ、カイ、ミソギあたりが怪しいな。アイツらジッとしているタイプじゃないし。二人目は慎重派なミチルとかシーナとか」
「……すごいですよ。やっぱり」
エルルゥは言う。
真正面から直に言われると、妙にこそばゆい。俺は話を無理やり終わらせることにした。
「とにかく北西に向かう。準備しろ、エルルゥ」
「はいっ」
* * *
北西に向けて、一時間後が経過。
相変わらず視界は木、木、木の繰り返し。但し、化け物とは遭遇無し。
景色が変わらない、状況が変わらないのにダブルパンチは集中力が途切れ、隙が生まれやすい。
これも試験の内だったり。
……なんて考えるほどには辟易とする。
「精霊が示した範囲……この辺だよな?」
「は、はい。およそですけど……」
人影が隠れる場所は山ほどある。
探し出すのも一苦労しそうだ。
「あの、アカリが気配察知できるなら、わたしたちが近づいているのも気づいてると思うんですんけど……」
「まあ、そりゃあね……」
しゃあない。
奥の手を使おう。
「エルルゥ。耳でも塞いでろ」
「へ?」
俺はすうっと大きく息を吸う。
では、いきましょう。
いち、にのさん。
「アカリぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!! さっさと出てこいぃぃぃぃぃぃ!!!」
俺史の中でも一、二を争う声量。
空気が震えた。
遅れて物音が背後から聞こえた。
「ど、ど、ど、どちら様でございましょうかでござまする」
「ハルだ。というかその言葉遣いはおかしい」
「…………」
一瞬の無言。
「ハルぅぅぅぅぅううううう!!!」
茂みから飛び出したアカリが俺に抱きついて……突進してきた。俺の鳩尾に激突。
俺は盛大なうめき声を漏らしながら、地面に転がる。俺の上には抱きつく形でアカリが泣いていた。
「怖かった……怖かった……!」
震える身体。
そこで、思い出す。
ここにいるのは、被験者である前に、年相応の少年少女に過ぎないことに。
この場では、状況を受け入れ、平然としている俺のほうが異常なのか。
今更年相応な行動なんて出来やしないし……。あるいは、それすらも試験の内か。
ダメだ。疑心暗鬼になっている。
今は目の前のことに集中しよう。
「アカリさんや。重いです」
「……それは女の子にはNGワードです」
いつものアカリだ。
アカリはゆっくりと俺を離れた。
そこでアカリは初めてエルルゥが隣りにいることに気づいた。
アカリはエルルゥと顔を合わせると、頬を赤く染めながら唇に人差し指を添えた。エルルゥも微笑みを返す。
俺だけ蚊帳の外感が出て否めない。
まあいいけど。
「アカリ。お前の魔法の力を借りたい。さっさと試験を終わらせるぞ」
「うんっ」
アカリが頷いた。
「……で、あたしなにすればいい?」
「他の仲間を探す。一人でも仲間を増やすぞ」
仲間を一人でも増やして。
生存率を上げる。
これが、俺の方針だ。
このとき、俺は既にミスを犯していた。
* * *
「現在の生存者、二十四人です。クリア様」
「あら、随分生き残っているわね」
某所某日。
報告を受けたクリアは意外そうに呟いた。白箱の子どもたちには魔法しか教えていない。
「組織的に行動している者がいますね。徒党を組んで生存率を増やす。行動にも迷いがありませんね」
「リーダーは多分ハルね。行動に迷いがないのは……気配察知の魔法が使えるアカリちゃんがいるからかしら」
ハルはこの試験をどこまで理解しているのか。
「ハル。あなたは見つけることができるかしらね」
クリアはそう呟きながら。
嗤った。
* * *
「よお、トゥトゥ」
「お? ハルじゃねえか! 偶然だなぁ!」
「んな偶然あってたまるか」
アカリを見つけて、約二時間。
ようやくトゥトゥを見つけることができた。
発見に手間取った理由。
「お前、動きすぎ。探す身にもなれ」
「あははっ! オレは常に前進あるのみ。止まるなんてオレじゃない!」
「本当にアホね」
「あ、アカリいたのか」
「いたのかじゃないでしょーが!」
アカリの調子も戻っていた。
トゥトゥを仲間に加えたことで雰囲気に活気づき始めている。
「エルルゥもいたのか。エリート様が二人揃うとか最強だろ」
「え、あの、その……」
「はいはい。無駄話はそこまで。一度拠点に戻るぞ」
俺はパンッと両手を叩く。
なかなか良い音が響いた。
「トゥトゥとアカリは見つけることができたから、次は③寝床の見つける。あるいは作る。④食糧調達をやる。作業中にできる限り人数は集めていく」
「なあなあ。質問いいか?」
「クソみたいな質問じゃなければ」
「あはは、クソってなんだよ?」
「よし、じゃあ寝床は湖近辺に作る方針で……」
「無視すんなよー」
「早く言えよ」
トゥトゥは化け物が巣食う密林地帯に放り出されても、いつもと変わらない様子だった。
馬鹿だからだろうな。
そう納得した。
「なんで俺とアカリを最初に見つけようと思ったんだ?」
「あ、それあ、あたしも知りたい」
アカリもぐいっと近寄る。
再会以降、アカリは妙に距離感が近い。
「あ、もしかして親友のよしみで」
「トゥトゥは火を操る魔法だろ。サバイバルに火は必須だ。アカリの気配察知は化け物の存在に事前に察知できる。少しでも生存率を上げるためだ」
「……つまんねー」
「ま、まあハルらしいね」
露骨に残念そうな二人。
トゥトゥなんて鼻で笑いやがった。
「チビのくせに頭良さそうなこと考えてんのな」
「チビは関係ねえ」
閑話休題。
俺たちは遠回りして湖に向かうことになった。できる限り化け物には近寄らないようにするためだ。
遠回りする道中で仲間を集めていく算段だ。
食糧の方も解決できそうだ。
果実や湖の魚、動物で賄える。
三日間のサバイバル。
この試験には何の意味があるのか。
前世でもサバイバル演習はしたことはあった。だけど、それはあくまでも訓練だ。
白箱は魔法使いという武力を育てる機関。人数を減らすことはむしろデメリットのはず。
……この試験には何か裏がある。
クリアも仲間を集めて、生存率を上げようとするのは想定済みのはずだ。そして、集団での行動では試験としての意義が崩れかねない。
あるいは、それこそが目的?
そうなれば考え方が変わる。
この試験の目的は――。
「ハルくん?」
「……ん? あ?」
「一人反応ありました。……何か考え事でも?」
「……いや。なんでもない」
考えすぎだ。
そう一蹴できればよかった。
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