006 白箱は今解き放たれる①

 卒業試験、開始時。

 俺は天高く飛ばされている中、森を見渡した。


 広い、広い森。

 どこまでも続いている密林地帯。

 俺たちはクリアに一気に空まで飛ばされた。


 これは、クリアの魔法によるものか?

 だとすれば、クリアの魔法は?


 俺は自由落下する間、周囲を見渡した。

 この森に三日間生き残る。

 それが、卒業試験の内容。

 失敗=死のクソ試験。


 少しでも生き残る術を見つけなければ。

 そして、俺はを見た。

 

「っとッ! やばい、激突する……!」


 周囲の探索に意識を向け過ぎていたせいか、地上との距離もだいぶ縮まっていた。


 俺は、ひとまず激突を回避するために魔法を発動した。


「減速。指定【自由落下】」


 減速、百倍。

 俺の自由落下の速度がガクリと落ちる。

 この一年半で魔法のコツは大体掴んだ。


 減速は加速とは違い、抽象的な事象にも干渉することが可能だった。


 俺はゆっくりと着地しようとした。


「あれは――、」


 着地点に、化け物がいた。

 化け物の近くには少女が立ち竦んでいる。あの少女には見覚えがある。

 たしか、エルルゥといったか。


 咄嗟に助けようか迷ったが、既に化け物の間合いに入り込んでいた。


 これは、助けるしかないか。


「二倍速。指定【自由落下】」


 落下速度が二倍になる。

 俺は化け物の頭に目掛けて一気に落下した。落下する直前、俺は加速を解除して、打撃を放った。


「二倍速。指定【打撃】!」


 自由落下に加えて、加速を上乗せした拳が化け物の頭を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 俺は死体となった化け物に着地した。

 エルルゥは俺を見ていた。

 顔は真っ青。身体は震えていた。

 確か、彼女は白箱でも優秀だった。


 それでも、争いには向いてなさそうな人柄だった記憶がある。


 俺はエルルゥに近寄り、手を伸ばした。


「大丈夫か?」

「――う、」

「う?」


 嫌な予感がした。



「ひっぐ、ひっぐ。ああ、ああああああああああああああああ……! うええええええええええええええてええぇぇぇぇぇぇぇぇんっっ!!!」



 エルルゥは突然泣き出した。

 その場に崩れ落ちて涙腺が壊れたかのように涙を流していた。


 …………んー。


 対応に困る。

 まるで、俺が泣かせてしまったかのような構図だ。


「んんん……」


 俺は、良い言葉も一つも思い浮かばず、エルルゥが泣き止むまで唸り続けていた。




 * * *




「急に、その、泣いて。すいませんでした……」

「いやなんのなんの」


 エルルゥがペコリと頭を下げる。

 俺も咄嗟に頭を下げてしまった。


 何やってるんだか。


「わたしは、エルルゥ、です。ハルくん、ですよね?」

「あ、ああ。あんまり白箱じゃあ喋る機会無かったからな」

「あ、あの。も、もし良かったらハルくんに付いていってもいいですか?」

「いいぞ」

「――! ほ、本当ですか!!」


 エルルゥの表情が明るくなる。

 少しだけ空気が緩む。

 こっちのほうが話しやすい。


「ただし、俺に付いていくなら方針に従ってもらう。つまりお前は言いなりになる。それでといいのか?」

「それでも、いいです」


 エルルゥは即答した。

 俺は少しだけ口つぐんでしまった、


 あまり自分を表に出さないエルルゥにしては、やけにはっきりとした答えだ。


 自分の意志が無いというわけではない。


「わたしは――、」


 俺が訝しげな視線を向けているのに気づいたのか、エルルゥは何か言おうとしたが、俺は手を突き出してエルルゥの言葉を止めた。


「喋らんでいい。興味ないから」


 聞く気はなかった。

 多分、予想通りの答えであるから。

 エルルゥは視線を落とした。

 

 また空気が微妙になった。

 俺は空気を誤魔化す意味を込めて、常より大きな声で話した。


「俺の方針について説明しておく。

 ①水の確保。

 ②仲間探し。

 ③寝床の見つける。あるいは作る。

 ④最後に、食糧調達。

 優先順位は言った順。水はクリアに飛ばされているときに湖を見つけた。まずはそこに向かおう」

「わ、わかりましたっ」


 エルルゥは頷く。

 行動を開始しようとして俺は止まった。

 そう言えば重要なことを聞き忘れていた。


「エルルゥ。お前、どんな魔法だ?」


 エルルゥはクリアからも太鼓判を押されていた見習いだった。つまり、魔法単体としてみれば優秀な戦力なのだ。


 エルルゥはすんなりと答えた。


「わたしの魔法は【精霊使役】。えっと、精霊を操る……というか精霊にお願いして、色々することができます」


 なんとも抽象的な答え。

 そもそも精霊とはなんぞや。


「精霊ってのは?」

「あ、その。精霊っていうのは、光の粒みたいなもので……。わたしだけって言っても、見える人もいるかもしれないんですけどっ」

「俺の近くに精霊はいるのか?」

「あ、ちょうど隣に浮いてます」

「ふーん」


 俺はエルルゥの指示通り隣を見る。

 何もない。

 つまり、エルルゥのみに感知することができる何かを操ることができる魔法、ということか。


「今までエルルゥ以外に精霊が見えていたやつはいたか?」

「い、いません」

「いない……。精霊は具体的に何ができる?」

「えっと、精霊にも属性? みたいのがあって、火を起こしたり、風を出したり。あと、わたしに危険があると教えてくれたりします」

「エルルゥは最初に精霊にお願いするって言ったよな。それは具体的に?」

「精霊の力を借りるとき、わたしの一部を渡すんです。わたしはよく血とか髪の毛とかを渡してます」

「……なーる」


 大体エルルゥの魔法は把握した。


「あ、ハルくんの魔法は確か……」

「俺は、魔法だ」


 教えるつもりは毛頭ない。


「よし。とりあえず湖に向かおう。俺は化け物が出たときは戦闘を担うからエルルゥは精霊を危機察知代わりにして。あとは適度に俺のサポート」

「は、はい!」


 そうして、俺とエルルゥは暫定的なチームを組むことになった。



 なんとも不安要素が残る始まりだ。




 * * *




 出発から一時間ほど(体内時計)。

 目的の湖に到着した。


「は、ハルくん」


 名前を呼ばれた。

 君付けは、少しこそばゆい。

 偽名だと、複雑な気分になる。


「なんだ?」

「精霊が揺らいでます。多分、何かいます」


 来たか。

 ここまでの過程で一度も化け物に遭遇しなかった。

 そろそろ来てもおかしくはないだろうと踏んでいた。


「それで、その……」


 エルルゥは何か言いにくそうだった。


「化け物はどこだ?」

「湖です」

「……へ?」

「湖にい――」


 瞬間、湖からドンッと水柱が立った。

 水飛沫は雨のように俺とエルルゥに降り注ぐ。

 水飛沫が止んだあと、湖の中心に巨大な蛇がいた。


 水蛇? 湖を守る守護的な何か。



 ――ここはかつて生態実験が行われていた場所で化け物共がうようよと生息しています。


 生態実験、ね……。

 やることはどこも変わらない。


「は、は、ハルくん。ど、どうすれば……」


 エルルゥは見るからにビビっていた。

 魔法は優秀なのにもったいない。


「何もするな。俺一人で対処できる」


 ちょうどいい。

 ここで今まで培った力を試そう。


 水蛇が俺に向かって突撃する。

 俺は手近にあった石を蹴った。


「加速」


 ドンッと蹴り上げた石が水蛇に向かって飛来する。加速で上乗せされた威力は弾丸並みの威力だ。

 水蛇の頭と激突。

 水蛇は弾かれたように身体をうねらせた。


「物に対する加速は上々。次は……、」


 俺は湖に向けて走り出した。


「うそ……」


 エルルゥから驚きの声が漏れる。

 俺は水面を走っていた。

 脚力を加速しているように見える。

 実際は、水面に減速を掛けて『水に落ちる』事象を遅くしている。


 水蛇は湖から出ることができないようだ。元の生物としての習性が残っているかもしれない。


『シャァァア!!!』

「減速+加速ッッ」


 人体に加速させるには寿命を減らすというデメリットがあった。

 この負担を軽減させるために、俺が仕込んでいたのは、常に人体を減速させておくことだ。


 減速効果は、一秒の百分の一。

 現段階の減速の最高値。


 この半年間で本来の寿命の速度が百分の一になったので、体内時計では約四〇時間強しか進んでいない。

 ストック分を加速に回すことで、帳尻を合わせる。これが今の俺の限界。


 おかげで本来は歳は十三になるはずが、十一ほど。白箱でも幼い姿形になっているが。


 加速と減速の同時発動。

 減速を解除と同時に、瞬間的な加速を放つ。


 威力は折り紙付きだ。

 俺の拳が水蛇の身体を半分吹き飛ばした。


 水面が震える。

 水蛇、討ち取ったなり。


 俺は湖から抜け出し、地に足をつける。

 減速+加速。

 これは使える。


 仮称で、迅雷と名付けよう。


「す、すごいです……」

「もっと褒めていいぞ」


 俺は適当に返しておいた。


「……すごいです」

「あ、冗談なので」


 本気にされると困る。

 エルルゥとは上手く交流できない。

 ひとまず、エルルゥとの交流は保留にする。

 湖を見る。

 化け物の死体は湖から離しておいた。死体を放置し続けるのは水質が悪くなるかもしれない。


 水面を見る。

 色は濁ってない。

 綺麗な水、に見える。


 ……おかしい。


 偶然見つけた湖が、偶然飲めそうな水で、偶然そこに化け物が巣食っていた。

 これが卒業試験であると考えると、最初から仕掛けてあったのかもしれない。性格が狂っているクリアならあり得る。


 そうなると、このサバイバルも一筋縄ではいきそうにない。


「……ハルくん?」


 エルルゥは黙り込んでいた俺を呼びかけた。集中しすぎていた。


「とりあえず、水の確保は大丈夫そうだ。次は仲間探し。人数が増えるだけでも生存率は上がるだろ。特に抑えておきたい奴もいる」

「? 誰ですか?」


 森に自由落下する寸前、近場にいた奴らは予め記憶しておいた。


「まずは、トゥトゥとアカリを仲間にするぞ」







 

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