005 卒業試験
わたしの名前はエルルゥ。
齢、十三。外界生まれ。
両親は、いない。
物心がつく頃には、両親はいなかった。毎日のように外界を徘徊し、その日の食糧を得るための毎日。外界にはわたしのような子どもを攫う悪い大人たちもいたから、いつもコソコソとした生活をしていた。
それが習慣として身に付いてしまったせいか、あるいは元々の性分か。
わたしは臆病な性格だった。
八歳の頃、とあるグループに入った。
外界にもいくつかの縄張りがある。中には場所の取り合いで争いが起きることも多々あり。
わたしの地域は比較的穏やかで、困ったときは助け合いましょうみたいな方針だった。
グループに入るに越したことはない。
生活自体にそれほど変化は無かった。
十歳ぐらいの頃からか。
それは粒子状に光る何か。
他の人には見えず、わたしだけが見ることができた。
だけど、視えるだけの存在。
触れることもできず、ゆらゆらとした何か。
特別、害はない。
たまに、わたし自身に危険が及びそうになったとき、震えるように揺らめく。その時は大抵嫌なことが起きる前兆だ。
そして、今。
わたしは魔法使いの見習いとして訓練を受けている。
どうやら、わたしは才能があるらしい。
マナ制御は自然とできた。
呼吸するかのように。生活の一部のように、あっという間にできてしまった。
なんとも呆気ない。
魔法の発現もすぐにできた。
というより、白箱に来る前から、わたしは無意識に魔法を使っていたらしい。
常に空間に浮かんでいる粒子たち。
わたしはこれらを操ることができるらしい。
一応、精霊と名付けた。
特殊な魔法。
わたしの魔法は前例が無い。
訓練自体も能力を高めるものばかり。
まるでモルモットだ。
最近、死ぬことばかり考える。
わたしはきっと、誰にも必要とされないまま死んでいく。
白箱を出れば、わたしは戦争に駆り出される。精霊の力なんてたかが知れている。すぐ死ぬ。
いや、そもそもそれまで生きていけるかもわからない。
第五位真祖、クリア様。
あの人は、わたしたちを、人として見ていない。
まるで、路上に転がる石ころのような。
死んでいった仲間たちが無惨にも殺される光景が記憶にこびりついている。
いつか殺される。いつか殺される。
怯える毎日。
家畜のような日々。
白箱に来てから一年半が過ぎた。
その日は、唐突にやって来た。
「訓練課程はすべて終了しました」
いつものように、突然と、台風のように現れたクリア様がそう言った。
……いま、なんて言ったのだろう?
「お疲れさま。あなたたちは今から立派な魔法使いよ」
クリア様はにこりと笑いながら言う。
怖い笑顔。
何を考えているのか。
他の子たちも同じようなことを思っているに違いない。
「じゃあ、
「…………え、」
わたしは思わず声を漏らしてしまった。
慌てて口をつぐむ。
「あなたたちには、今からとある場所に移動してもらい、そこで提示する試験をこなしてもらいます。成功した者は白箱を無事卒業。晴れて、わたしの直属の部下になってもらいますわ。質問は何かあるかしら?」
「――あの、」
わたしの右隣の方から男の声。
ハルだった。
ハルのことは、少し、気になっている。
クリア様に意見をして、生き残った変わり者。白箱でも優秀な子どもとして目をつけられている。
一年半も経ってるけど、姿形があまり変わってない。身長もわたしと同じくらいだ。
「これ、卒業できなかった場合はどうなるでしょうか?」
それは、聞きたい内容だ。
わたしは卒業することができるのか。
正直、よくわからない。
「ふふ、わかりきっているでしょう?」
クリア様は楽しそうに笑った。
それだけで察した。
察してしまった。
卒業できなければ、わたしは……。
多分、わたしの顔は青ざめていただろう。
「じゃあ、早速試験場所に移動するわ」
そこからは淡々と物事が進んでいった。わたしたちは大きな乗り物の荷台に乗せられて、目的地に向かっていた。
荷台には窓一つなく、外の様子がわからない。光一筋も入らないので、視界も真っ暗だ。荷台に二十人ほどが乗るのは少々手狭なせいか、窮屈感がある。
不安がこみ上げる。
この乗り物はどこに向かっているのだろう。
不意に小さな衝撃が走る。
乗り物が段差にでも当たった衝撃だっただろう。
わたしは衝撃で横に倒れそうになった。
「おっと、大丈夫??」
隣からわたしを支える誰か。
心配そうな声音が返ってきた。
女の子の声だ。
「あ、すいません……!」
わたしは小声で謝る。
暗闇に慣れたおかげで、支えた人物が誰かわかった。
「ううん。気にしないで」
アカリだった。
「えっと、エルルゥちゃん、だよね?」
「あ、は、はい……」
「あ、そんなに畏まらないで。白箱でもあまり話したことなかったよね」
「……そうですね」
わたしは、あまり人と関わらなかった。というより、関わるのが苦手だった。
臆病な性格が拍車をかけている。
「私、アカリ。卒業試験の日に自己紹介っていうのもおかしいけどねっ」
アカリはそう言って笑った。
明るい女の子だ。
「あ、わたしはエルルゥです」
「うんうん、知ってるよ。ハルと同じで優秀だもんね」
わたしは、優秀なんかじゃない。
ハルのような人を、優秀だというのだ。
「私たち、どこに連れられてるんだろうね? 待つ時間も暇だよねー」
「う、うん……」
「なんかお話しない?」
「えっ? な、なんかって……?」
「そうだなぁー。エルルゥちゃんって好きな人とかいる?」
「ええっ!? す、好きな人っ?」
驚いた。
素っ頓狂な声も出てたと思う。
アカリの口からその話題が出るとは思わなかったからだ。
「これ、ナイショなんだけどね。私ね……」
アカリがわたしの耳もとまで近寄る。
吐息が近い。
妙にくすぐったかった。
「ハルのこと好きなんだ」
知ってます。
とは、とても言えなかった。
白箱では割と周知な事実。
気づいてないのは本人とハルぐらい。
「エルルゥちゃんは?」
「わ、わたしは――」
そんなこと、考える余裕がなかった。
ふと、思い浮かんだ顔は。
ハルだった。
わたしは慌てて否定する。
あれは単に気になっているだけ。
「今は、特に……」
「そっかー」
アカリは残念そうに呟いた。
「……この卒業試験。一緒に乗り切ろうね」
「う、うん」
気まずい。
何故かそう思ってしまった。
* * *
何かの乗り物に揺られて数時間。
ようやく目的地に着いた。
わたしたちは乗り物から降ろされる。
「ここは……?」
そこは、森だった。
密林に覆われた地帯。
時折、獣の声がした。
クリア様がわたしたちの前に立つ。
クリア様の後ろには魔法使い様たちが控えていた。
「ここは西国領地の南端にある密林地帯です。あなたたちには、ここで三日間生活してもらいます」
…………え?
「ここはかつて生態実験が行われていた場所で化け物共がうようよと生息しています。食糧も自身で補給してください。三日間生き残った者を、卒業と認めますわ」
そんなの、不可能だ。
サバイバル知識なんてない。
「ああ、それともう一つだけ。この森から抜け出そうとしても失格です。三日目の終わる時間に再びこの場所に来てください。では、見習いたち――」
不意に、浮遊感を覚えた。
わたしは、わたしたちは浮いていた。
クリア様が魔法を使ったのだと気づくのに、数秒。
「では、三日後に会いましょう」
クリア様がにこりと笑った瞬間。
わたしは空に上がった。
なんの魔法かわからない。
わたしは天高く飛ばされていた。
下にはいつの間にか、広がる森。
高い。怖い。死ぬ……!
五百メートルほど飛来すると、そのまま自由落下を始める。
風が突き抜ける。
冷や汗が止まらない。
ま、まずは着地を……!
「風の、精霊、よ……!」
わたしは精霊に語りかけた。
親指を口に寄せて、噛む。
わずかに血が滲む。
血を供物として捧げるのだ。
「〈
わたしの前に見えない壁ができる。
自由落下の勢いがわずかに下がる。
勢いが完全に止まらない。
わたしはそのまま森の中に突っ込んだ。
木々がクッションとなって、地面に衝突する直前、わたしの前に突風が現れた。
わたしは地面に激突する直前で止まり、風の勢いが終わると、ゆっくりと地面に四肢をついた。
まずは、生き残ることができた。
そう思った矢先だった。
わたしの数メートル先に何かが地面に激突した。激突した瞬間、それは弾け飛来物がわたしの頬や服に付着した。
わたしはゆっくりとそれを拭う。
血、だった。
わたしはそれに視線を向けて――。
「う、うぅぅ……」
吐いた。吐いてしまった。
多分、それは知り合いだった。
ごめんなさい。ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
涙があふれる。
何故、こんな目に遭わなければならないのだろう。
生まれた頃から、血を這いつくばるような人生を突きつけられ。被験体として魔法使いの訓練をさせられ。
今は、化け物共が巣食う森に、一人でいる。
わたしは、一体のなんの為に生まれたの?
「……?」
精霊が、揺らぎ始めた。
この反応は昔から知っている。
わたしに何らかの危機を教えようとしてくれているのだ。
唐突に、わたしに大きな影が覆った。
わたしは、震える身体で見上げた。
『ゥゥゥゥ――』
巨大な虎の化け物。
背中には片翼があり、迸った目と鋭い牙を持っていた。
その目は、わたしを捉えていた。
捕食者のそれだ。
「いや。いやだよ――、」
わたしは、生きたい。
まだ死にたくない。
『ガァァァァァァ!!!』
化け物がわたしに襲いかかる。
わたしは動けなかった。
化け物の鋭い牙がわたしに肉薄する……ことはなかった。
「…………え?」
上空から、何かが飛来した。
何かが化け物の間合いに入った瞬間、化け物の頭が吹き飛ぶ。
そのまま死体の上に見事に着地した。
その人物を、わたしは知っている。
真っ白の髪色に、赤色の双眸。
歳は同じくらいだと思うけど、幼い面立ちの少年。
彼の名前は、ハル。
ハルは、死体から降りるとわたしの前に立ち、手を差し出してきた。
「大丈夫か?」
「――う、」
「う?」
「ひっぐ、ひっぐ。ああ、ああああああああああああああああ……! うええええええええええええええてええぇぇぇぇぇぇぇぇんっっ!!!」
わたしは、泣いた。
ただひたすら、泣き続けた。
この時のハルくんは、困ったような顔をしていたのをよく覚えている。
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