004 代償
白箱に入ってから一年が経過した。
時刻は深夜過ぎ。
この時間が俺の唯一の自由時間だ。
魔法使いどもは俺たち被験者の見回りをすることはない。逃げることはないと思い込んでいるからだ。実際、逃げることなんて不可能であるのだけど。
自由時間は俺の魔法の実験だ。
魔法使いは一種類の魔法しか使うことができない。これが重要だ。
一種類しか使えないが応用は利く。魔法使いは自分自身とも言える魔法を派生させることで東国と対等に渡り合えているということになる。
俺の魔法。
時を操る魔法。
文字だけ見ればかなり強い。
というか前世の記憶を振り返っても、そんな規格外な魔法使いは存在しなかった気がする。
……あの東西決戦のアレ以外は。
実際、俺の魔法はルールもある。
現在の状況で俺が使えるのは、加速、減速、遡行の三つ。それぞれ制限があり、特に加速が酷い。
加速は文字通り、対象の時を加速させる能力。身体能力に加速をプラスすることができれば推測だが、加速すればするほど無敵になれる。
もちろん、デメリットもある。
自分を対象にした場合、自分の時が加速する。つまり、
二倍速にすれば、寿命が二倍。三倍であれば三倍といったように、寿命の減りが尋常ではない。
よって、俺は加速する指定は思考のみに留めている。倍速は一・五倍。思考のみを加速するのみでも、世界をスローモーションのように視ること、思考速度による戦況把握を可能にしている。
倍速はこれ以上増やすと、脳に負担がかかり過ぎるので長期的な使用も考えると、これがベストだ。
減速は対象の時間を減速する。
今の所、減速はあまり活用できてない。傷の進行度を減速するぐらいか。
活用法は模索中だ。
そして、遡行。
これは対象の時間を巻き戻す。
例えば、俺が受けた傷を巻き戻すことで傷を受けたという事実を無かったことにできる。
……はい、見掛け倒しです。
巻き戻す時間は最大でも三分弱。
それも俺自身が過去に行くということは出来なかった。
理由は不明。
考えられる原因を挙げるなら、俺の実力不足。魔法の限界。マナが足りない等など。正直わからない。
時を操るとは言ってもこれくらい。
前世の俺なら時の魔法使いがいたとしても即殺せると思う。
だからこそ、この魔法を極めなければならない。
自身の魔法を高めるために必要なこと。クリアは自身のルーツを辿れ、と言っていた。
「そろそろ寝るか……」
今日は保留。
俺は諦めるように眠りについた。
* * *
翌日。
クリアが視察に来た。
最近、クリアが現れる頻度が多くなっていた。
クリアが来る日は白箱内は緊張感がグッと高まる。見せしめ以降、それが顕著に見られてる。
その日も広間に集まると、クリアが言った。
「あなた、不要ね」
「――え、」
クリアが指差した先。
その先に自然と視線が集まる。
視線の到達点には、アカリがいた。
アカリは自分が差されたのだと気づくと、顔を青ざめた。見せしめと同じだ。
クリアがアカリを処分しようとした瞬間――。
「待ってください」
広間に声が響いた。
声は予想以上に響いていた。
広間内を反響し、クリアの身体がピクリと動いた。声を発した人物が注目される。
その声は、ハルのものだった。
「貴様――!!」
クラウドが真っ先に怒鳴ろうとしたが、クリアが止めた。クラウドが詰まる。
「何かしら? ハル」
「アカリを不要であるとは判断しづらいと思います」
「ハル! 貴様、クリア様の考えに意見するか!」
「クラウド、黙ってちょうだい」
「で、ですが……!」
「私は、黙ってと言ったの。二度は言わせないで」
「――っ、」
クラウドは表情を歪ませ、一歩下がった。一瞬だけ、ハルに向けて憎悪にも似た鋭い視線をぶつけた。
ハルは気づかないフリをした。
「ハル。本来であれば私に口出しした時点で死刑なのだけれど、貴方は白箱でも優秀な子よ。話だけは聞いてあげる」
「ありがとうございます」
(あー、やばい。今日死ぬかも……)
ハルは内心勢いで口出ししてしまった自分を呪った。
同時に、これはチャンスだった。
ハルは特別アカリに興味はない。というか、白箱の子どもたち全員に対して該当することだ。
魔法使いは憎い。
魔法使いは悪である。
この認識は昔から変わらない。
だが、白箱の子どもたちは違う。
彼らは、東西の戦争の都合で駆り出された被害者である。
少なくとも、何の理由もなく殺されることが許されるはずがない。
許されてはいけないのだ。
それは、ハル自身の問題にも直結するのだから。
「彼女の魔法は気配察知。能力は周囲の気配を察知すること。内容だけを見れば、戦闘向けではありません。しかし、これからの戦争には、別のアプローチも必要であると、俺は思います」
「別のアプローチ?」
「魔法は、絶大です。銃や剣では人間一人を殺せるのに対して、魔法は人間を数十人倒すことほどの力。いわば、兵器です。魔法を扱える魔法使いの集う西国。では、何故西国は何百年も東国との戦争を終わらせることができないのでしょうか?」
「……」
クリアは黙って聞いていた。
それが肯定であるのか、否定であるのか。クリアの内心を探ることができない。
「魔法使いは魔法のみに非ず。東国を滅ぼすためには裏の裏をかく。勝つためには手段を選ばない。仮にアカリが魔法使いとして使えなくても捨て駒にはなるでしょう? 魔法を使える人材を無闇に捨てるのは得策ではない。……以上が俺の意見です」
「…………そう、」
沈黙。
クリアの無言が続いた。
「なるほど。なるほどね」
クリアはポツリと呟く。
ゆっくりとハルに視線を向けた。
「面白い考えね。まるで旧人類みたいな考え方だわ」
「……いえ、」
「そうね。確かに貴方の意見は正しい。でも、私の意見は絶対。それがここでのルールなの」
(やっぱり駄目か……)
ハルはため息をつきたい気分だった。
視線を下に落としていた。
アカリは死ぬ。
そして逆らったハルも死ぬ。
バッドエンドだ。
「そうね。では、ゲームをしましょう」
ハルは顔を上げた。
クリアの後ろに控えていたクラウド含む魔法使いも目を見開いていた。
「ゲームですか?」
「そう。暇潰しよ。勝ったら貴方の意見を受け入れる。負ければその子と貴方は死ぬ」
「……内容は?」
「組み手にしましょう。ハンデはもちろんあげる。制限時間内に私に一撃でも与えられたら貴方の勝ち。私は魔法も使わない。攻撃もしない。簡単でしょう?」
「……わかりました」
ハルは了承した。
正確には、了承するしかなかった。
ハルとクリアが向かい合う。
それを囲うように子どもたちとクラウド含む魔法使いが位置した。
(事態が収集つかないところまで来てしまった。ここはポジティブに考えよう。今の俺が真祖にどこまで通用するか)
「制限時間は五分にしましょう。先手はハルからでいいわよ。戦闘と開始からゲームはスタート」
クリアはどこまでも余裕だった。
そこがこの勝負の狙い目。
「――加速。指定【思考】」
ハルは魔法を発動。
数秒後、ハルは地面を蹴り出した。
マナで上昇した身体能力は数歩でクリアの間合いに入り込む。同時に、ハルは打撃を放った。
スカッと。
クリアの姿がかき消えた。
ハルは無意識に背後に蹴りを放つ。
加速した思考からクリアの動きを演算。クリアはいつの間にか背後に回っていたのを視たからだ。
案の定、背後にクリアがいた。
蹴りはクリアの懐に狙った。
「良い動きね」
クリアは難なく回避した。ハルは蹴りが不発に終わると、続けて様々な打撃や蹴りを繰り出す。
加速された思考がクリアの行動パターンを演算し、勝利の確率を上げようと必死だ。
だが、当たらない。
攻撃が全く当たらない。
「魔法使いは魔法のみに非ず。ハルの言うとおりよ」
勝利の確率がいつまで経っても0%から変わろうとしない。
(これ、勝てねえな――)
ハルは冷静に、残酷に、結果が見えてしまった。加速した思考だからこそ、わかりきってしまう。
アカリや子どもたちはハルを絶望的な思いで見ている。クラウド含む魔法使いたちは当然の結果だとハルを蔑んでいた。
(――プランBに変更)
だが、ハルは諦めるつもりはなかった。
「加速。指定【右目】」
ハルは左目を瞑り、右目のみに視界を集中。クリアの動きが詳細に視えるようになる。
ハルはクリアに向けて攻撃を再開。
「……? 速くなった?」
クリアの回避がすれすれになる。
「加速。指定【左腕】」
ハルが攻撃すると同時に、加速を発動。瞬間的に打撃に加速が上乗せされ、攻撃の速度が一・五倍。威力が通常の二倍ほどに上昇していた。
「ああ、速くなってる」
クリアは楽しそうに回避した。
先程よりも反応が速い。
これでは駄目だ。
「加速。指定【右足】」
ハルは流れるように蹴りを放つ。
クリアは余裕にハルの蹴りを回避しようとした。
「加速、
「おっと」
ハルの蹴りが急激に速度を落とす。
攻撃のタイミングが完全にズレる。
クリアは回避しようと行動していたので、ほんの一瞬だけ隙が出来る。
「加速。指定【右腕】」
隙を作ったところで、クリアはどうにか出来てしまうだろう。ハルには確信があった。
瞬間加速、三倍速。
ハルは殺気を込めた全力の一撃を放っていた。
クリアは一瞬だけ見た。
ハルの攻撃から死を連想した。
瞬間、ハルは吹き飛ばされていた。
広間の壁に激突する。
ハルの右腕の拳がグシャリと潰れていた。痛みに慣れない身体から予想以上の痛みをハルに訴えてきた。
「あ――、」
クリアは呆気にとられた表情を浮かべていた。
同時に、五分が経過。
ゲームが終了した。
* * *
痛い。痛い痛い痛い。
無意識に怪我に遡行をしたが、怪我の治りが悪い。今のレベルの遡行ではこの怪我は完全に治癒できない。
仕方ないので減速して、怪我の痛みを遅くした。痛みがやや抑えられる。
いや、本当に痛い。
少し泣きそう。
前世なら気にならない痛みも現世では普通に痛い。これが若さか。
「五分が経過しました。クリア様、処分を――」
「私の負けね」
クラウドの言葉を被せるようにクリアが言った。
クラウドは目を丸くしていた。
どいつもこいつも同じような表情をしていた。
「
「あ、」
誰かが声を漏らした。
正直、五分五分だった。
このゲームで俺が勝つことはまずない。
今は勝てない。悔しいが事実だ。
ならば、別の方法を取るしかない。
勝つためには手段を選ばない。
クリアに魔法を使わせる、あるいは攻撃させる必要があった。
ルールは向こうから提示した。提示者がルールを無かったことにするのは、立場上、体裁が悪い。
ルール違反するよう仕向けるには、状況を作ることが必須だった。そのために人体の加速をしなければいけなかった。
寿命、どれくらい減ったかね。
「勝者はハルよ。お望み通り、ハルの意見を取り入れてあげるわ」
「ありがとうございます」
「ほんと、貴方って面白いわね」
いつの間にか、クリアはハルの顔を覗き込んでいた。
俺は、動けなかった。
クリアはニヤリと嗤っていた。
「ねえ、ハル」
クリアは俺にだけ聞こえる声量で。
「あなた、あのとき。私を殺すつもりだった???」
心底楽しそうに、訊いてきた。
俺は、答えた。
「いえ。恐れ多い」
俺は笑って答えてやった。
ざまあみろ。お前に俺の心を見通せると思うなよ。
「そう。これからも頑張りなさい」
クリアはぽんぽんと俺の頭を撫でると、広間から出ていこうとした。
「クラウド。今日の訓練は無しよ。子どもたちを休ませてちょうだい」
「あ、ぎょ、御意!」
クラウドは遅れて言う。
ハルは一段落つくと、どかりと座り込んでしまった。
いやぁ、死ぬかと思った。
今更ながら冷や汗が出る。
俺は深呼吸をしようとしたところで。
「ハル〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
アカリが勢いよく抱きついてきた。
俺は倒れ込んでしまう。
アカリは涙で顔が濡れていた。
ひどい顔だった。
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
アカリは泣いていた。
他の子どもたちも俺のもとに集まってくる。アホとか生きてて良かったとか。胃が持たないとか。
とりあえず、まあ。
一件落着だった。
* * *
一悶着が済み、俺は部屋に戻った。
今日は疲れた。
クリアには完全に目をつけられただろう。今日の出来事がこれからにどんな影響を与えるか……。
「ごほっ……。やべっ、風邪か?」
思わず咳が出た。
思わず手で口を押さえる。
ベチャっ。
嫌な感触がした。
俺はゆっくりと手を見た。
赤い、紅い血。
綺麗なヘモグロビン。
健康的な生活を好む俺にぴったりな色だな。
……まあ、わかっていたことだ。
人体の加速は、寿命を減らす。
命を削る魔法なのだから。
俺は唇についた血を拭った。
血の味が口の中に広がっている。
いつか、俺は死ぬ。
でも、死ぬのは今じゃない。
俺が死ぬときは、使命を果たしてからだ。
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