003 魔法
白箱に入ってから半年が過ぎた。
現在、俺を組み手をしていた。
マナ制御で身体能力を高めての戦闘訓練だ。
「うおおおおおおおッッ!!」
俺に襲いかかる少年。
俺は打撃をいなし、最小限の動きで回避し、三秒も経たないうちに相手を組み伏せていた。
「ストップストップ!!」
俺は更に力を込めようとしてギブアップの声がかかる。俺は慌てて力を抜いた。勢いで脱臼させるところだった……。
「っう……相変わらず手加減ってもんを知らねえよな。ハルは」
「悪いって。お前が弱すぎた」
「ああ!?」
俺は謝罪したが、むしろ少年がキレた。
少年の名は、トゥトゥ。
獅子色の短髪が特徴的。白箱では俺と同い年だ。俺は公式上、十二歳ということになっている。
「ハル。お前強すぎだろ」
「年季だ」
「同い年だろうが!?」
トゥトゥは活発的で何かと俺に勝負事を挑んでくる。男の性か、ただの負けず嫌いか。正直どうでもいい。
戦闘訓練が始まったのはマナ制御が始まってからひと月ほど。前世の技術もあったので白箱で戦闘訓練は負け知らずだ。
……というか負けるはずがない。
「おつかれー、ハル!」
「相変わらず強いなぁ! ハルは!」
「いやいやそれほどでも」
「否定しろよー」
俺は白箱でも交流は深めることができていた。交流は深めておくにこしたことはない。
いずれ敵になる相手だとしても。
「全員、整列ッッ!!」
指導役のクラウドの声が響いた。
俺たちは即座に整列した。ここ半年の間に白箱にいる子供たちには礼儀や戦闘のノウハウを叩き込まれている。
クラウドは整列が終わると、周囲を見渡した。全員の顔を見終えると話し出す。
「今日はクリア様がお見えだ! お前たち、失礼のないように行動しろ!」
『了解!』
俺は口パクで返事した。
クラウドは嫌いではないが、従いたい人間ではない。下っ端感がすごい。
「久しぶり、坊やたち」
真っ白な広間の一部分が開き、そこからクリアが現れた。クリアを見るのは白箱を連行された日……半年ぶりだ。
クリアは一通り俺たちを見渡した。その目はモルモットを見るそれと同じだ。俺と目が合った瞬間、クリアはニヤリと笑った気がした。
「――思ったより豊作ね」
ボソリとクリアが何か呟いた。
流石に遠すぎて聞こえなかったが。
「あなたたちのマナ制御を見せてください」
クリアが言うと同時に、俺たちはマナ制御を行った。
コンマ一秒未満でマナ制御を成功させる。クリアも興味深そうに見ていた。
「あなたと、あなた」
クリアがゆっくりと指差す。
差されたのは二人の少年少女。
先程俺と話していた子どもたちだ。
差された子どもたちも何の用かと首を傾げていた。
「――あなたたちは不要ね」
瞬間、二人の身体が全方向に潰れ出す。
「あ、ががぁぁあ……!?」
「え、えあ、あぁああ!?」
骨の折れる音と内臓が潰れる音が不快音となって広間に響き渡る。子供たちはその様子を青ざめた顔で見ていた。
グシャッ。
二人の子供が塵も残さず消えた。
広間に静寂が満ちる。
「二人だけしか処分せずに済むなんて今年は優秀ね。クラウド」
「その通りでございます、クリア様」
クリアは何事もなかったかのように笑っていた。
俺は拳を握り締め、歯を食いしばっていた。流石俺の自制心。この自制心が無かったら殴りかかったところだ。
――そして、数秒後には俺も塵芥となっていた。
あの二人は魔法使いの見習い。
それでも面識があった。話してみると、割と良い奴らだった。少年のハウは外界に残した妹を常に心配するほどの妹思いだったし、少女のマリは身なりに気を遣う女の子だった。
どこにでもいる普通の女の子だった。
……どこにでもいる?
何故か、引っかかってしまった。
「それと、かわいいあなた」
クリアが指差した先はエルルゥだった。
エルルゥは顔を真っ青にしていた。
「ひっ……!」
クリアに差されて露骨に恐怖を露わにしていた。
「あなたの名前は?」
「は、はい。え、あ、エルルゥ、です」
「エルルゥちゃん。綺麗なマナね。才能があるわ。それと、そこの坊や」
クリアが向いた視線が俺と合った。
俺は咄嗟に睨み返しそうになってどうにか抑える。
「あなたもいいわね。名前は?」
「……ハルです」
「そう。ハルね。今のところ二人がトップクラスよ。これからも頑張ってね」
「は、はい!」
「……はい」
俺は視線を落としながら頷く。
子供二人を虐殺した後でこの言い様。
あの虐殺は、見せしめだ。
能力の無い人間は不必要であると知らしめると同時に、クリアという存在が圧倒的強者であるのを子どもたちに刻みつけたのだ。
……腐ってる。
それじゃあ東国と西国もやっていることは何も変わらない。
「前置きも済んだところで今日の本題。あなたたちには次のステップに移行してもらいますわ」
クリアは淡々と話を始めた。
「我々魔法使いは生まれながら一種類の魔法しか使うことができません。例えば火を操る魔法使いは水を操る魔法を使えない、といったようなものです」
魔法使いの制約、いやルールと言ったほうがいいか。魔法使いにはある種の縛りがある。
それは東国でもある程度の周知。
問題はその魔法使いがどのような魔法を使うのか。使う魔法が知られれば対策される。つまり、魔法使いにとって魔法とは生命線であり、アドバンテージなのだ。
俺の中にある魔法も今は不明。
戦闘に役立つものであれば大歓迎だ。
憎き魔法使いの力を使わなければならないというマイナスを入れればプラマイゼロといったところか。
「魔法の『発現』はマナ制御と同様。
なにがロマンだ。
「発現方法は、各々個別のメニューを出しますわ。一人ずつメニュー内容を説明するのでこなすように。あとは頼みますわ、クラウド」
「御意」
クリアはそう言うと去っていった。
まるで台風のようなヤツだ。
それも飛び切りの暴風雨。
人間を家畜同然としか見ていない。
これだから魔法使いは……。
「メニュー内容を連絡する! 呼ばれた者から前に出てこい!」
クラウドは愛しのクリア様に任されたことがそれほど嬉しかったのか、意気揚々と口を開いた。
俺は内心舌打ちをしたい気分だった。
ああ、胸くそ悪い。
* * *
クリア襲来からひと月。
魔法発現の為の訓練が実施されていた。
俺の訓練内容は組み手。
ようは、戦闘訓練である。
俺は三体の土人形と対峙していた。
この土人形はゴーレムと呼ばれる代物。
指導役のクラウドの魔法である。
ゴーレムとの戦闘。
ゴーレムは人の形をしていて、俺よりも頭ひとつ分大きい。大人サイズだ。
俺は構えた。
ゴーレムも構える。
「……」
『……』
ほぼ、同時に動いた。
俺はマナで高めた身体能力を駆使して、ゴーレムの懐に入り込む。上段突きをかまそうとしたが、ゴーレムがで回避した。
ゴーレムの設定が昨日より厳しい。
今の俺よりも格上に設定されていた。
三体のゴーレムが俺に襲いかかる。
襲いかかる攻撃に対して、俺はボソリと紡いだ。
「加速。指定【思考】」
瞬間、ゴーレムの攻撃がスローモーションのように視えるようになる。
俺はゴーレムの攻撃を寸でのところで回避する。ゴーレムは攻撃を続けて行うが、俺はすべてを捌き切って見せる。
ゴーレムの弱点は核があること。
これは前世の時から知っていた知識。
核はゴーレムの体内のどこかに位置しており、強い魔法使いだと一秒ごとに核が転移するゴーレムもいる。
クラウドはその域には達していない。あるいは、そこまで実力を発揮していない。
魔法使いであれば、マナの流れを知覚することで核を見つけることができる。
右、右肩。
真ん中、右太腿付近。
左、左足付近。
……といったところ。
「よっと」
俺はゴーレムの攻撃を掻い潜り、核という一点を狙い一撃を放った。
数秒後、ゴーレムの身体が崩れ落ちた。
戦闘終了だ。
「一分二十九秒。一分半を切ったな」
「クラウド、様」
一回切った。
魔法使いを様付けとか生理的にキツイ。
「お前の魔法【加速】は使える。お前は天賦の才がある。これからも精進するよう心掛けろ」
「はい」
クラウドはそう言うと去っていく。
加速……。加速かー。
「……部屋に戻るか」
俺は部屋に戻ろうと白の広間(最近は広間と呼ばれるようになっている)から出ようとした時、声を掛けられた。
「ようっ、ハル! 訓練終わりかー?」
「ああ、トゥトゥか。今日は終わりだ」
「相変わらずエリート様は終わるのが早いねー」
友人であるトゥトゥがからかってくる。
トゥトゥの魔法は火を操る。
魔法使いの中でも典型的な部類だ。
「はーる。訓練おっつかれー」
いきなり後ろから抱きつかれた。
俺は引き剥がそうともせず無気力に流れに任せる。
「重いー」
「女の子にはNGワードですぜ。ハル」
ポニーテールに結いだ赤髪がひらりと揺れる少女の名は、アカリ。
魔法は……なんだっけ?
忘れたが、戦闘向きではなかった気がする。
「トゥトゥはお喋りしてていいのかなー?」
「お前こそ、訓練終わってんのかよ」
「終わってるよー。あたしの魔法は【危険察知】なんて戦闘向きじゃないからねー」
「ああー。そういえばそうだったなー。ハルも加速? だっけ。割と地味だよな」
「ははは。俺に勝ってから言ってくれ」
「いつか勝つ!!」
トゥトゥは訓練に戻ってしまった。
残るのは俺と背中に抱きつくアカリ。
「アカリ。そろそろ降りて――」
「あたしさ。要らない子じゃないよね?」
「……?」
「気配察知なんてさ。クリア様が気にいるかな? マナ制御があればどうにかなるし。必要ないんじゃないかな」
背中からぷるぷると震える感覚があった。
俺は少しだけ驚いていた。
いつも明るいアカリからは考えられない台詞だったから。いや、明るく振る舞っていたからなのか。
魔法の発現は千差万別。
ゆえに、運と実力がはっきりと出る。
クリアは俺たちに容赦ない。
それは見せしめからもわかっている。
「あたしもいつか……」
「アカリ――」
「なんってね!」
アカリが勢いよく俺から降りた。
いきなり飛び降りるな。
「ハル。また明日ね〜!」
「……ああ」
アカリは去ってしまった。
その背中は、どこか弱々しかった。
* * *
アカリと別れて、部屋に戻ると俺はどっかりとベッドに飛び込んだ。
白箱から与えられた部屋は小さなベッドが入るぐらいの狭さしかない。まあ、被験者に部屋が与えられるだけでも上々といったところか。
俺は無意識に手を伸ばした。
手の甲が腫れていた。
あー、これはゴーレムの攻撃が原因か。
ゴーレムはかなり硬い構造なので、マナを纏っていても十分痛い。
今の現状を把握する。
白箱内で俺の位置は優秀。
戦闘訓練においては負けなし。
前世では知らなかった魔法使いの知識も少しずつだが得ることができている。
……何よりも大きいのは。
俺の魔法だ。
「加速。加速ねー。良いように解釈したなー。クラウドのやつ」
俺の魔法は、
「遡行。指定【人体】」
俺が紡いだ瞬間、腫れていた手の甲が治癒されていく。
正確には、怪我自体が無かったことになった。
「魔法使いの最大のアドバンテージは戦うまで魔法が解らない事。使えるものはとことん使い切ってやる」
俺の魔法の表向き【加速】にする。
思考のみを加速させて、戦況を誰よりも速く俯瞰する能力。
実際は違う。
いつか、俺が魔法使いを皆殺しにするその時まで。俺の魔法は誰にも知られてはならない。
――時間を操る魔法。
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