002 滅びの名

 真祖の女に強制連行された先は、真っ白な広間だった。


 俺が真祖の女に魔法使い認定された直後、何らかの力で眠らされ起きたときには真っ白な広間に寝かされていた。俺以外にも子供がいた。

 視界に入る限り、人数は二十人ほど。

 真っ白な広間はこれほどの人数を入れても広さを持て余していた。窓も家具も無い。ただ広いだけの部屋だ。


 ここはどこだろうか。

 俺はふと懐かしい匂いを感じた。

 消毒液の匂い。

 これは、あれだ。


 東国の実験場のときと同じ匂い。


「皆さん、こんにちはー」


 不意に、白い広間の一部が扉のように開き、そこから一人の女が現れた。

 魔法使いの真祖。

 俺をここに連行した張本人だ。


 子供たちも本能的に真祖の女に口出ししようとはしなかった。


「今年は豊作ですね。規定人数より五人ほど多いわ」


 真祖の女は子供たちを見渡す。

 一瞬だけ、俺と目が合った。

 そんな気がした。


「あなたたちもどうしてここに連れてこられたか知りたいでしょう。私も建前は好きではないの。手早く説明しましょう。まず、私は第六真祖のクリア・W・ウルティア。そして、あなたたちはこれから東国の旧人類と戦うための被験者です」


 クリア・W・ウルティア。

 聞いたことの無い名前だ。

 少なくとも俺が最大戦力との戦争ではいなかった名前。それよりあとに生まれた新規の真祖となる。


 子供たちは驚きの声は出さなかったが、顔が引きつっていた。


「東西決戦から一年。我ら西国は真祖を含む多大な戦力が命を落とした。まあ、簡単に言えば戦力不足ですね。外界にいるあなたたちは来たるべき戦争に参加するために育成することが決定しました。はい、拍手!」


 クリアの拍手だけが響き渡る。

 クリアはごほんっと咳をつく。


「ここは非公式の魔法使い育成機関『白箱』。あなたたちは二年間ここで戦力としての実力をつけてもらいます。ここまでで何か質問はあるかしら?」


 子供たちの輪がざわめき出す。

 俺は質問しようか迷った。  

 聞きたいことは山ほどあったが、聞けるような雰囲気ではない。というか、被験者に対して正直に答えるとも限らない。


 ……しかし、良いことを聞いた。


 東西決戦。

 この単語は恐らく東西の最大戦力をぶつけた戦争のことを指しているのだろう。俺が死んだ日だ。それから一年は経過しているということになる。


 西国の戦力は大幅に削られている。

 つまり、今は弱体化しているのだ。

 俺が西国の戦力になり、内部から西国を荒らせば自滅してくれる可能性がある。


 ――この終わらない戦争に終止符を。


 魔法使いの殲滅。

 俺だけが最もそれができる立場にいる。


「あ、あの……」


 子供たちの中から手が挙がる。

 茶色の長髪と琥珀色の瞳を持つ女の子だった。

 歳は恐らく俺と同じぐらい。

 妙におどおどしている。

 よく手を挙げることができたな……。


「な、なんでわたしたちが選ばれたんですか?」

「いい質問ね。それはあなたたちが魔法使いの素質があったからよ。素質があったのは……まあ、偶然ですわ」

「偶、然……」


 魔法使いにも素質があるのか?

 前世では知らなかったことだ。

 じゃあ素質の無いやつは魔法が使えないのか? 西国にいる者は全員が魔法使いであると思っていたが、そうではない?


「あとはそうね。あなたたちが『外界育ち』だから」


 子供たちの雰囲気が張り詰める。

 何人かの少年少女は露骨にクリアを睨みつけていた。


「あなたたちには戸籍がありません。我が国にとってはいないようなものです。被験体には適してるとは思わない?」


 クリアがそう言ってニヤリと笑った。


「……」


 俺は一瞬戸惑った。

 クリアの物言いに苛立ってしまった。

 このやり口では、東国と西国も変わらない……。


「じゃあ質問はないわね。今日は施設案内もろもろ。明日から本格的に訓練が始まるから。あ、それと結果を出せない子は要らないから頑張ってちょうだいね」




 * * *




 非人道的育生機関。

 白箱と呼ばれる施設。

 自分の個室、実験場、食堂といったある程度の施設が設けられている。特徴的なのは施設内はほとんど白色であることと窓が無いこと。

 監視カメラなどの機器は見られない。

 白箱の出入り口は不明。


 生活の流れは一定。

 食事、訓練、自由時間など、俺たちは常に管理されている。


 白箱には絶対的なルールがある。

 これを守らなかった場合、罰が下されるという。どんな罰であるかは不明だが、ロクでもないことだけは確かだ。


 一、白箱での生活は一日のスケジュールがあり、その時間通りに動かなければならない。訓練以外の時間は自由行動が認められている。

 二、白箱の外には出てはいけない。

 三、白箱内で許可が無い限り、一切戦闘を禁ずる。

 四、真祖の言うことは絶対。


 これが、俺が今わかるだけの現状。

 白箱で被験者になってから翌日。

 俺たちは再び真っ白な広間に集められていた。


「お前たちには最初にマナ制御を学んでもらう」


 俺たちの前に立ったのはクリアではなく、知らない男だった。男の後ろにも男女問わず数人の魔法使いが控えている。


「私はクラウド・アスラカント。貴族である。多忙なクリア様の代わりにお前たちの指導役を承った」


 貴族。

 真祖には及ばないが、はじまりの魔法使いの血を受け継いだ者たち。


「マナとは我らが始祖の因子のことだ。お前たちの中にもある。まずはこれを活性化させ、制御することを第一目標とする」


 説明が足りねえよ。

 すごいツッコミたくなった。


「マナ制御のコツは内なる力を意識することだ。そうだな。心臓辺りを意識しろ」


 子供たちが瞑想し始める。

 俺も場に合わせて目を瞑った。


 心臓辺りをイメージ……。

 やばい、リアルの心臓しか思い浮かばない。


「マナのイメージは多種多様だ。力の根源を感じ取れることができたら、神経のように全身に広げさせろ」

「あ……、」


 どこからか、女の子の声が漏れた。

 俺はその方に目を向けた。

 その女の子は昨日、クリアに発言していた女の子だった。女の子の存在感が高まっている。気のせいか、女の子の周りが仄かに光が籠もっているようにも見えた。


 あれがマナ制御か。

 クラウドもその女の子の方を興味深そうに見ていた。


「お前、名をなんと言う」

「あ、わ、わたし、エルルゥです!」

「お前は才能がある。精進せよ」

「あ、ありがとうございます!」


 エルルゥはペコペコと頭を下げる。


 ……さて、と。


 どうやってマナ制御をしようか。

 エルルゥのマナ制御成功が火をつけたのか、続々とマナ制御に成功する子供が増えている。


 俺は全くできる気配がない。

 これは恐らく価値観の問題だ。

 

 前世では魔法を否定する人生だった。

 それがマナ制御の足枷になっている。


 ……これ失敗したらどうなるんだろう。

 元人体実験の生き残りの勘では、恐らく処分される。


 考えろ。考えろ。

 ひとまずマナ制御について考える。

 マナ制御とはいわば地盤だろう。

 マナは始祖……つまりはじまりの魔法使いの因子ということ。魔法を使うにはマナが必要である。マナを全身に広げさせる。


 東国にも似たような技術があった。

 人体実験の果てに生み出された技術。

 ヒューマニズム・ナノマシン。通称、HNシステム。


 人体にナノマシンを埋め込み、身体能力を爆発的に増加させる。ナノマシンは分子レベルのサイズであり、血液に流れ、全身に行き渡る。人間を辞めたような力を手に入れた。

 まあ代償として寿命がアホみたいに消えるみたいだったが。


 HNシステムとマナ制御。

 これには類似点がある。


 HNシステムを発動するとき、全身に熱が籠もり、血液が全身を回るような感覚があった。


 それと同じ要素で――。


「――!」


 大気が震えた。

 クラウドがパッと俺を見た。

 子供たちも驚いたように俺を見ていた。


「できた……」


 俺はマナ制御を成功させていた。

 HNシステムと同じ仕様で成功できるとは……。成功させてなんだが、自分でも驚いていた。

 マナ制御は全身に熱が行き渡る感覚がある。この熱は恐らくマナだ。


 この感覚が、嫌というほどしっくりきてしまった。


「おい、お前」


 クラウドが俺の前に立っていた。

 流石に目立ちすぎた。


「お前の名は?」

「俺は……」


 そういえば名前何というのだろうか。

 全く考えてこなかった。

 しかし、このマナ制御使える。

 西国を内部から殲滅するのにこれ以上とない武器となる。


 俺の名前は、咲也・ハルミネ。

 今は仮の名を使う。


「――ハルです」

「そうか。ハル、お前も才能がある」


 いつか、お前ら魔法使いを滅ぼす名だ。

 魔法使いは、皆殺しだ。






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