英雄のいない世界より

椎名喜咲

序章 白箱篇

001 転生

 その戦争は終わりを知らない。

 オーバーテクノロジーを駆使した科学大国・東国と未知なる現象を引き起こす魔法使いたちが集められた魔法大国・西国ははるか昔から争いを続けていた。

 戦争の発端は不明。というのも永きに渡る戦争は理由すらも忘却の彼方に置いてきてしまった。

 最早、感情論。お互いがお互いを殺し合い、怒りや憎しみ。様々な負の感情が渦となった醜い戦争と化した。恐らく、この戦争はどちらか一方を滅ぼす、あるいは双方が滅びるまで終わることはない。

 

 科学大国、東国。

 この国の歴史を遡ること数百年前。一人の科学者が発見した原石から始まった。この未知なる原石は数グラムで巨大なエネルギーを含んでいることが判明し、やがて軍事的に利用されることがある。

 この原石を〈感応石〉と命名。

 名の由来は、この原石が人の精神に大きく影響を与えるものであったからだ。感応石研究の発達は、数十年で固有の人物のみが扱うことができる戦略的兵器を開発することに成功し、東国は世界でも有数の軍事国家へとのし上がる。


「どうして人は争うことを止められないんでしょうか?」


 千メートル近い塔の頂上。頂上は必要最低限の高級感のある家具が設けられた一室。そこからは東国全体を見下ろすことができる。

 国全体を見下ろせる窓の前に立つ少女が窓ガラスに手を添えながら呟く。

 少女の名は、セイナ・E・アリスリーゼ。

 齢、十二歳。

 銀色に靡く長い髪。透き通る蒼色の瞳。病的なまでに白い肌。幼さが残しつつも美しい面立ち。

 セイナは、東国の皇帝。その孫娘。王位継承権を持ち、やがて東国の王女として君臨する姫である。


「それは人間がいるからです」


 セイナの呟きに答えたのは、セイナの後ろに控えた男だった。

 男は、十五、六ほどの少年だった。

 少年の名は、咲也・ハルミヤ。

 この世界では珍しい黒髪に、青色の瞳。中庸な顔つきに、鋭い目つき。少年にしては不相応な引き締まった身体だった。

 咲也はセイナの護衛。

 東国が誇る人類兵器。

 最強の軍人だった。

 咲也の返答にセイナは悲しそうな表情を浮かべた。


「争いを生み出すのが人間であれば、争いを止めるのもまた人間でしょう。咲也。貴方ならこの無意味な戦争を止めることはできないのですか?」

「不可能です。失礼ながらセイナ姫。戦争は個ではなく群なのです。所詮私は他者よりほんのわずかに優れているだけに過ぎません」

「ふふ、そんな謙遜しなくてもいいですよ」


 咲也は首を横に振った。


「咲也。私は人は可能性に満ち溢れる生き物だと思うのです。我らが祖先ははるか昔に感応石を見つけました。感応石は、もっと戦争だけではない。人の為にこそ役に立つべきだと思うのです」

「とても良い考えだと思います」


 セイナは理想家だった。

 王家の中でも一部では、セイナを愚者として卑下している。咲也もその意見を否定はしない。しかし、肯定もしない。


「――次の戦線。咲也も参加するのでしょう?」

「はい」


 現在、東国と西国の戦争は佳境を迎えようとしていた。次の戦線はお互い最大戦力を投入するであろうと推測されている。常はセイナの護衛であった咲也も招集を掛けられてた。

 恐らく、この戦争は大きな犠牲が出るだろう。もちろん、咲也も含めてだ。


「本当はね、軍人である貴方は怒るかもしれないけど」

「?」

「私は、東西の和解。永きに渡る戦争の終結をしたかったの」

「東西の、和解……」


 咲也はわずかに目を見開いていた。

 それはあまりにも馬鹿馬鹿しい話だった。

 この戦争は最早感情論。和解案など考える人物は誰もいない。東国は幼少期から西国に憎悪を植え付けるような教育が展開されている。幼い子供すら理由もなく西国を悪と認識する。


「私には力が無いから。本当に、咲也には頼ってばかりだった」

「い、いえ」

「咲也。初めてあった時のこと、覚えてる?」

「え? ……セイナ姫の護衛任命式の日ですよね?」

「……そう、」


 セイナはわずかに顔を伏せた。

 少し遅れて、顔を上げるとセイナは困ったような笑みを浮かべた。


「次の戦線。ちゃんと帰ってきてくださいね」

「――御意」


 咲也は頭を垂れた。

 セイナは咲也の姿を寂しそうな表情で見ていたのだった。




 * * *




「咲也ー。あんた、昨日のパーティー不参加だったでしょう? どこで何してたのさー?」


 科学大国が誇る最強の部隊。

 名を、デウスマキナ。

 構成人数はたった十人。

 それぞれの位と軍隊を与えられており、東国の最高戦力である。デウスマキナ隊の一人が咲也に聞いてきた。

 全身、鎧を被る人物の名は、レプリカ。

 性別不明。常に戦闘服を欠かさないこの人物はデウスマキナ隊でも次席の実力を持っていた。

 咲也とは同期に当たる。デウスマキナに入隊時からやたらと咲也に構っていた。


「例のお姫様のところ行ってたんだろ? 相変わらず護衛熱心なことだねー」

「別に。お前らには関係ねえ」


 咲也が素っ気なく返す。

 セイナの時とは随分印象が違う。

 これが咲也の元々の性分だった。


「隊長。レプリカ。お喋りはそこまでだ」

「はーい」


 咲也とレプリカを諌めたのは二十代前後の青年。東国の頭脳とも呼ばれた司令塔。

 名は、イルミネ。

 戦場には不釣り合いな白いスーツをビッシリと着込み、知的な雰囲気を醸し出す。


「隊長。最後に一言ぐらい」


 イルミネがそう言う。

 咲也は顔を上げた。


 ――そこは、戦場だった。


 かつては栄えた都市だった。崩れ落ちたビル群や建物、薄暗い空。血色に染まった大地。

 ここは東国と西国の国境付近。これから数分後には歴史上でも大規模な戦闘が開始される。死者も絶えない。無意味な戦争が始まろうとしていた。

 咲也の視界には仲間の姿が映る。

 彼らは、元は孤児の集まりだった。

 所謂、戦争孤児。東国の人体実験によって生み出された咲也たちは人類兵器として戦場を駆け巡る。咲也たちは戦うために生まれた存在だった。

 自分の人生を否定したことはない。

 否定することは死と同義だったからだ。


「レプリカ。イルミネ。ウル。シュナ。チサキ。ナッセ。ハルネ。ミウラ――」


 咲也は仲間の名を紡ぐ。


「この戦争には魔法使いのどもも出てくる」


 真祖。

 魔法使いの頂点に君臨する化け物達。


「まあお前らも誰かしら死ぬだろ。俺は死なないけど」


 咲也は鼻で笑った。

 咲也の言葉に真っ先にシュナがいう。


「士気下げるような言葉を言うなっ! 咲也!!」

「……」

「無視するなっ!!」


 咲也は暴れるシュナをよそに言う。


「五年だ。お前らとチーム組んで五年が経った。最初はクソみたいな連中だと思ったが今は……嫌いな奴らだ」

「何も変わってない!!」

「だが、お前らは仲間だ。俺は仲間は死なせない」


 咲也の号令が戦争の合図となった。


 

「――魔法使い共は、皆殺しだ」




 * * *




 視界が真っ赤に染まっている。

 視界の先には何かが積まれている。

 レプリカ。イルミネ。ウル。シュナ。チサキ。ナッセ。ハルネ。ミウラ――。

 東西による最大戦力を投入した戦争は凄惨の一言に尽きる。東国の最強部隊と西国の魔法使いの真祖の激突。都市の形を残していた戦場は更地と化し、血色の海に染まった。

 更地を歩く男が一人。咲也だった。

 咲也の手には真祖の首が握られている。この真祖の首を刎ねるのに中隊規模の人間が死んだ。

 咲也の視界がブレる。

 咲也は地面に倒れ込んでいた。右腕が欠損しており、出血多量で今にも死にかけていた。この戦場には咲也しか生き残っていなかった。


(こんな呆気なく終わりか)


 悔しさの感情すら湧いてこない。

 咲也は身体の熱が少しずつ抜けていくのを実感した。死が近づいてくるのがわかる。咲也は諦めるように目を瞑ろうとした。



 ――咲也。ちゃんと帰ってきてくださいね



 目を開けた。

 咲也は震える身体に鼓舞するように立ち上がっていた。咲也は彼女と約束していた。帰らなければならない場所があった。


(まだ、死ねるかッ……!!)


 歩く。歩く。歩く。

 咲也は歩みを止めない。

 それでも、限界はあった。

 咲也は倒れていた。

 身動き一つすらできない。意識すら朦朧としていた。


(動け……! 動け……!!)


 咲也はそれでも諦めなかった。

 意識が薄れていく。


(あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!??)



「――ああ、良かった。まだ生きてる」



 不意に、誰かの声がした。

 咲也を覗き込むように立つ人影。咲也の視界からはぼんやりとしたシルエットにしか見えない。


「世界の、最後の希望。お願い。みんなを救ってあげて。あなただけができる」


(……? 誰だ……? 何を、言っている……?)


 薄らぐ意識では思考も回らない。


「第■真祖の名において――廻れ輪廻の輪よ――この戦争はすべて――まれている。だから――」


 言葉が途切れ途切れになる。

 咲也の視界が黒に染まり、聴覚が消えて、身体の感覚が完全になくなり、冷たい感覚も消えた。

 咲也は最後に聞こえた一言と共に意識が完全に消え去った。



 ――この終わらない戦争に終止符を。




 * * *




 ……。

 …………。

 ………………ん?


 意識が消えない。


 俺の意識が一瞬だけ消えたと思ったが、すぐに意識が戻った。俺は死んだのではないのか?


 視界がぼんやりとしている。

 少しずつ視界が晴れていく。

 最初に見えたのは腕。

 細い弱々しい腕だった。


 ……誰の腕だ?


 こんな弱い腕では、剣一本すら振るうことができないだろう。腕がピクリと動いた。

 この腕は、俺なのか……?

 俺はゆっくりと腕を動かす。

 腕が思ったように動かない。

 俺はゆっくりと立ち上がった。

 どこか暗い小屋だ。掃除もされていないので蜘蛛の巣やらゴミやらと辺りが散乱している。人が暮らす場所ではない。


「ここは、どこだ……?」


 俺は小屋の扉を見つけると歩こうとした。そこで気づいた。

 歩幅が違う。声音が違う。骨格が違う。この身体が咲也・ハルミネのものでないことに。


「は、は……?」


 俺は身体をペタペタと触る。

 空腹を訴えるガリガリの身体。

 俺は無意識の内に小屋の扉を開いていた。

 瞬間、視界が広がる。

 突き刺すような陽光に俺は目を細める。目が慣れてきて、広がる光景を見た瞬間、俺は息を呑んだ。



 ――巨大な壁。



 その壁の先には街が広がる。街の中心には大きな城が建てられているのだ。それがこの国の象徴と化している。

 俺は知っていた。

 一度、ここに来たことがあったからだ。

 だけど、あり得ないことだ。

 何故なら。ここは――。


「何で、俺は西国にいるんだ!?」




 * * *

 



 状況を整理しよう。


 俺――咲也・ハルミネは東国の最強部隊の隊長だった。魔法大国である西国と何百年にも渡る戦争が繰り返し行われてきた。そんな中、歴史上でも最大規模の戦線が始まった。


 東西の最大勢力の激突。

 結果、俺は死んだはずだった。


 そして、何故か西国の子供の身体になっていたのだ。



 ……巫山戯るな!!



 俺が西国の子供!?


 吐き気がした。

 俺は、ひとまず目を覚ました小屋に戻り、ヒビの入った鏡の前に立った。


 歳は九……いや、十ほどか。

 髪は白色。西国では珍しいのかはわからない。瞳は赤色だった。弱々しい身体に、痩せ細った顔つき。ちゃんとした生活ができていれば、そこそこ整った顔つきではあっただろうに。


 これは、いわゆる。

 生まれ変わり、というのだろうか。


 物語の産物。実際に自分が体験するとは思わなかった。それも憎き西国の魔法使いとは。


「クソっ……!」


 俺は目の前の鏡を叩きつけた。

 バリッと音が鳴る。

 殴った拳が傷つき痛みを訴えていた。最悪だった。この程度の打撃で負傷するなんて。あまりにも脆弱な身体だ。


 とにかく今は考えなければならない。

 俺は、これから何をすべきか。


 一、このまま西国の魔法使いとして生きる。

 二、なんとかして東国に戻る。


 どちらもすぐに思いついて却下した。前者は生理的に無理だった。東国の人間が西国に下るような真似を俺は許せなかった。後者は転生した経緯を説明できない。東国は屈指の科学大国。など信用しない。


 ……セイナ姫は無事だろうか。


 帰還の約束を破ってしまった。

 少しだけ胸が痛い。


「……ごほんっ」


 俺は周囲を見渡す。


 そもそも俺はどうやって転生したのだろうか。仮に転生するとしても赤ん坊から生まれる訳ではないのか。

 ルールがある?

 あるいは偶然?


「……なにもわからない」


 小屋はかなりボロい。

 築は四、五十年ほどか。

 生活水準は驚くほど低い。

 とても子供が一人で住むような場所ではない。


「……いや、違うな」


 俺はある方向に視点を向けながら呟く。

 視線の先からは臭いがやって来た。

 この臭いを俺は知っていた。

 腐臭。それも肉が腐る臭いだ。

 俺はゆっくりと近付いていく。前世の時と身長が合わないせいか、今の身体に慣れていないせいか(あるいは両方か)歩きづらい。

 そこには人の死体があった。

 長い黒髪を持つ女の死体。

 死因は、餓死。

 恐らく、今の俺の母親だ。

 この身体は元々死んでいた。あるいは瀕死の状態だった。何の因果か、様々な偶然や必然が揃った結果、俺はこの子供として転生したことになる。


 この場所もスラム街に似た場所だ。


「こういう場所はどの国でも変わらない、か……」


 戦争孤児だった頃の記憶が甦る。


「今やるべきことは二つ。一つは東国との戦況。もう一つは……、」


 俺は小屋から出る。

 目の前には巨大な壁。

 この先には魔法使い共が住む街がある。


「あの壁を越えること」


 方針は決まった。

 俺はとりあえず今晩の食事を探すためにゴミを漁ることにした。




 * * *

 



 俺が西国に転生してから三日が経過した。

 その間、方針の一つ目である東国の情報を手に入れることはできなかった。というか、西国の情報すら手に入れることができなかった。

 俺のいる場所は外界と呼ばれた場所らしい。ようはスラム街という認識でいい。

 この場所では常に盗みや殺し、ありとあらゆる犯罪が頻繁に行われている。俺のような子供では太刀打ちできない。


 ……不甲斐ない。


 俺は今日も食事探し兼外界の探索を行っていた。


「さて、今日はどうしようか……」


 外界の探索をして幾つかわかったことがある。


 外界に住む人間は少年少女が多い。

 歳は最大でも二十代前半。俺と同じ十代が多くいる気がした。

 外界は広い。巨大な壁は円形に包んでおり、壁よりも外の領域を総称して外界と呼んでいる。まるで選民思想だ。

 壁の出入り口である門は一つしかない。


 今日は門に行ってみることにした。

 前世の能力はある程度受け継がれているらしく、力こそ無いが、気配を消したり元々の動きを模倣することはできる。

 数分後、門に到着した。

 門は不用心にも開かれていた。しかし、妙に近寄りがたい雰囲気を発している。確か、東国の情報では選ばれた者しか門を通ることができないだったような。

 門番一人置かれていない。

 恐らく、侵入されるとは思っていないのだろう。


 舐めている。舐めてやがる。


 俺は三時間ほど見張っていたが、特に変化がなかった。俺は見張りを止めて小屋に戻ろうとした。


 不意に、人影。


 俺は咄嗟に隠れる。

 気配を完全に殺す。東国の体術の一つだ。

 綺羅びやかな服飾とローブに、スカーフをした女だった。整った顔つきはどこか造り物めいている。髪色は白。瞳の色は緑。


「嘘だろ……、」


 あれは、真祖だった。


 魔法使いの真祖。

 魔法使いの頂点に君臨する者たち。

 魔法使いは血脈を何よりも重視する。かつてはじまりの魔法使いと呼ばれた存在の血を色濃く受け継いだ者ほど、強い魔法使いとして重宝される。血の濃さで、その魔法使いの一生を決めつける。まさにクソみたいな風習。

 真祖は位付けがされており、順位が高くなるにつれて実力もある。


 綺羅びやか特徴。独特の雰囲気。

 真祖と一致する。

 観察するか。逃げるか。

 考えたのは数秒。

 俺は気配を殺しながら小屋に帰った。


「真祖は全員皆殺しにしたはずだ」


 あのとき。

 まだ昨日の事のように思い出す。

 東西の決戦。結果は知らないが、俺一人だけでも真祖は三人殺した。

 あのときの生き残りか。


「あるいは、新しい真祖――」


 新しい真祖が補充された場合、決戦から数年の時が過ぎていると考えられる。今が星暦何年であるか把握できないのは痛手だ。

 そもそも真祖は何故あの場に現れた。

 わからない。わからないことだらけだ。

 とりあえず保留にした。

 俺は本来の予定を思い出した。


「……あ、今日の食糧」


 結局食糧を見つからず。

 その日は何も食べることができなかった。

 腹が空いては何も出来ぬ。




 * * *




 ――この終わらない戦争に終止符を。



 俺は目を覚ました。

 瞬時に起き上がる。

 何かの夢を見た。


「この終わらない戦争に、終止符を……?」


 まるでセイナ姫のような。

 理想とすら思える言葉。

 同時に、俺は直感した。


 この言葉を言った人物こそ、俺を転生した張本人であると。


 他にもまだ言われた気がする。

 この戦争は……なんちゃら?

 何も思い出せない。


「この転生が故意によるものだとすれば、今の状況にも意図がある、はず!」


 俺は今日の方針を決めようとした直後、ノック音が数回。


 だれだ?

 客……という可能性は低い。

 この小屋に用があるとは思えない。

 強盗も無い。そもそも盗むようなものがない。


 俺は警戒しつつ扉を開けた。


「……ッ!?」


 俺は驚きを、隠した。

 それでも内心動揺していた。

 目の前にいたのは軍服にも似たローブを着た女。

 このローブは魔法使いである証。


「規定人数分発見しました、クリア様」

「ええ、それは良かったわ」


 女は後ろを振り向く。

 瞬間、俺は悪寒に襲われた。

 

 クリアと呼ばれた人物が俺の前に立つ。

 昨日見た、魔法使いの真祖。

 真祖の女は俺をじっくりと見ていた。その目は心の奥底を見られているかのような、気味の悪い視線だ。

 俺は自分の正体がバレてしまったのではないかと思った。即座に否定する。俺が転生した事実を知れるはずがない。


 真祖の女はゆっくりと手を伸ばした。

 くすり、と笑いながら。


「おめでとう坊や。貴方は栄えある使として選ばれたわ」

「………………へ?」


 嫌な予感がした。

 ほぼ確信的な意味で。




 * * *




 この英雄譚に英雄は存在しない。

 物語は誰にも語られることはない。

 どうか見届けほしい。


 彼らだけは覚えている、其の物語の結末を――。







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