016 そして始まる物語
ウルティア家の一員になってから一週間が経過した。
この間、俺はクリア邸にあった書庫にこもりっぱなしだった。クリア邸の書庫は主に西国の歴史に関する書物や西国ではメジャーな童謡ものが多い。魔法に関する資料はほとんど無かった。
前世では西国のことは資料でしか情報を知らなかった。ここでは合法的に西国について知れる。
扉からノック音が響く。
書庫はほとんど俺専用と化していた。俺が使う前までは部屋中の本棚に敷き詰められていた書物や資料もそこら中に散乱している。
ノックした人物には当たりがついていた。
「おう」
「ハルくん、夕食の時間ですよ……って、また散らかってる……」
エルルゥは部屋の惨状を見てため息をついていた。俺は散乱した部屋の中心の机に座っていた。隣には大量の書物と資料が積まれている。
「昨日片付けたばかりなのに……」
エルルゥはそうボヤきながら髪の毛を一本抜き取り、ふっと息をかけて飛ばした。髪の毛が消滅すると同時に、書庫内に仄かな光が現れる。
光達は書物や資料に触れると、浮き始めた。ふらふらと宙を移動しながら本棚の元の位置に戻っていく。
数分で書庫が綺麗になった。
「ずいぶん精霊の扱いが上手くなったな」
「え、いえ。わ、わたしなんて……」
エルルゥは頬を赤らめながら照れていた。褒め慣れていないのか、少し褒めるとすぐ照れる。
実際、この一週間俺が西国の情報を集めている間、エルルゥは精霊を使役する魔法の特訓をしていたらしい。対して、俺はこの一週間、特訓は一切行ってない。
流石に鈍ってきてるかも……。
「みんな集まってると思います。行きましょう、ハルくん」
「はいはい」
「はいは一回ですよ」
従者というよりオカンみたいだ。母親の記憶は一切無いが。
夕食はクリア邸の一室で行うのが日常。
クリア邸での生活では、ほとんど自由行動ができており、食事も時間通り用意される。
一室に到着すると既にメンツは集まっていた。部屋の壁には大きな絵があり、長いテーブルが置かれている。
「あら、ハルは相変わらず書庫で一日過ごしていたの?」
「はい、クリア様」
俺はテーブルの最奥に座るクリアに言った。何のつもりか、夕食の時間にはクリアも同席していた。クリア邸に来てから俺、エルルゥ、シーナ、ミチルの四人を加えた五人で夕食を取っていた。
ここ最近、ようやくクリアがいる状況に慣れてきた。
「お、遅れてすいません……」
エルルゥは未だに慣れていないのか、萎縮した様子で謝っていた。クリアはエルルゥを見てクスリと笑った。
「どうせハルが原因でしょう。謝る必要はないわ」
「クリア様の言うとおりですよ。謝るのはハルでしょ?」
ミチルが悪乗りした。
シーナは完全に無視である。
「さあ、食事の時間にしましょうか」
夕食の時間はコミュニケーションの場でもある。
「ハル、今日も書庫にいたの? たまには外にでて遊ばない?」
「お前とだけは遊ぶつもりはない」
ミチルの一週間何をしていたのかは不明だが、度々外出にしていた。
「シーナちゃんもどう?」
「私は勉強があるから」
シーナは一蹴している。
シーナは時折書庫に現れては勉強という名目で書物や資料を漁ったりしている。一日に一回は来ている。
「世間話もこれくらいにして、一週間前に予告しておいた学園の話をしましょうか」
クリアが言い始める。
エルルゥとシーナの表情に緊張感が走る。シーナは特に学園に関して気にしている素振りがあった。
「あなたたちが通う学園は我が国の首都アルザールにある名門校、アルザール魔法学園です」
西国の首都アルザール。
アルザールには西国の心臓とも言える。西国のあらゆる機能の中心地とも呼ばれ、魔法使いの真祖も邸宅を構える。
俺たちがいるのは首都から離れたダリアナと呼ばれる街だ。首都からは大体三日はかかる。
「ここで三年間学び、無事卒業することで魔法使いとして公式に認められます。あなたたちは私の部下であるのは変わらないけど、表向きの経歴はあったほうがいいでしょう?」
それが魔法学園に入れさせる目的か。
目的がハッキリしている方がいい。
白箱の卒業試験のように、何が起きているのか、何の意図があるのかわからない方がよっぽど恐ろしい。
「学園生活に関しては私から干渉するつもりはないわ」
「……?」
またややこしくなってきた。
クリアは一体何が目的なのか。
「何か訊いておきたいことはあるかしら? 明日からは私は用があるから顔を出せなくなるから今のうちよ?」
クリアは俺を見ながら言う。
その視線には何か意図があるのか。
駄目だ、疑心暗鬼になっている。
訊きたいことは山ほどある。
だけど、それを口にしたとしてクリアが真面目に答えるとは到底思えない。答えたとして、それが真実であるかもわからない。
何より、質問したことで俺が東国の人間だったことが繋がる可能性もある。
俺が魔法使いの真祖を上に行く唯一の切り札。それは絶対にバレるわけにはいかない。
「いえ、特には」
「そう。それならいいけど」
夕食の時間は疑念と不安を残しながら終わりを告げた。
* * *
書庫に籠もって幾つかわかったことがある。
一つ目は、西国の歴史について。
西国は歴史がどうも曖昧だった。かつてこの世界には人間がいて、ある日唐突に超常現象を操ることができる人間が現れた。後の魔法使いと呼ばれるものだ。彼らは突発的に現れて、いつしか迫害される対象となったらしい。はじまりの魔法使いを中心とし、独立国家として興したのが西国の始まりだとか。
伝説にも近い形で現在まで語り継がれているが、それ以外の一切の情報が無い。まるで意図的に消滅したかのようにも思える。
そもそも魔法使いとはなんだ?
人間なのか? 化け物なのか?
二つ目は、東国の認識。
西国は東国以外の魔法使いでない人間を旧人類と蔑称している。特に戦争国である東国は憎悪と憤怒で満ちている。どの書物からも窺えた。
その歴史の中でも東国で悪魔と呼ばれた人間がいる。
西国の象徴でもある魔法使いの真祖は何人もの屠り、人間を辞めたとしか思えない存在。
東国の悪魔と呼ばれる存在。
名を、サクヤ・ハルミネ。
俺だった。
初めて知ったとき吹いてしまった。
まさか自分がそんな風に認識されているとは思わなかった。
悪魔か。俺はそういう風に見えるのか。
立場が違うだけでこうも違うのか。
三つ目は、東西決戦。
これが最も重要だった。
俺が一度死んだ日。
東西決戦は西国は魔法使いの真祖と東国の最強部隊デウスマキナの最大勢力が激突した戦いだった。
西国は魔法使いの真祖十人……真祖全員とその傘下、魔法使いたち全戦力を投下していたらしい。
東国も同じようなものだ。デウスマキナを主力とした数千人規模の兵士たち。
この決戦は、引き分けに終わった。
というか引き分けにせざるおえなかった。
東国側の被害状況は不明。
俺の記憶ではほとんど死んでいた。
西国の被害も歴史上初の状況だった。
戦力の八割が死亡。
真祖十人中、八人が死亡した。
その後の出来事は目を瞠った。
東国と西国は一時的な停戦協定を結んだ。お互い、想定以上の戦力を消費してしまい、戦争を行える状況ではなかったからだ。恐らくどちらかが戦力が補強されてしまえばすぐにでも撤回されるほどに儚い協定だ。
クリアが以前言った『来たるべき戦争』
白箱という非人道的であっても求めている戦力。
東国を滅ぼすために俺たちは育てられた?来たるべき戦争とは停戦協定が破棄された後の東国との戦争のこと?
推論はいけない。
情報が足りない。
だが、仮の話だ。
もし、東国と戦争しなければいけないとき、俺はどういった行動をすればいい。
その時の俺はどういう立場だ?
「俺は……、ごほっ」
頭痛がした。
思わず咳き込む。
いつもどおりの吐血だ。
最近は寿命を可能な限り延長しており、今では減速三百倍。俺の中の時間はほぼ止まっている。
俺は床に寝転んだ。
個人部屋にはベッドがあったが、落ち着かないので床で寝てしまうのが日常。無趣味なので部屋は最低限度の生活必需品しかない。白箱の時とそう変わらない。
こういうとき彼女であれば、どう答えるだろうか。
「セイナ姫……」
俺は深い眠りについた。
* * *
夢ではない。
これは、記憶だ。
東西決戦の時だ。
俺は倒れていた。身体の熱が血が流れるたびに冷えていき、感覚が消えていく。死が訪れていく瞬間。
これは、俺が転生する直前の記憶だ。
死ぬ前の記憶はどこか朧気だ。
こういった夢を見るときは、大抵何かを
『――ああ、良かった。まだ生きてる』
死ぬ直前に、誰かが話しかける。
コイツは、誰だ……?
俺を覗き込むように立つ人影。
黒いシルエットにしか見えない。
男なのか、女なのか。
声音から女だと思う、多分。
『世界の、最後の希望。お願い。みんなを救ってあげて。あなただけができる』
この人物は、俺を転生させた張本人。
この後から記憶は曖昧だ。
次の台詞がいつも刻み刻みで聞き取りづらかった。
だけど。この日は。
少しだけ、クリアに聞き取れた。
『第■真祖の名において――廻れ輪廻の輪よ――
この終わらない戦争に終止符を。
夢はそこで終わった。
* * *
跳ね上がるように起きた。
身体が汗でべっとり。不快だ。
時間は深夜過ぎ。
それなのに頭は妙にスッキリしていた。
「んな、あり得ない……!」
夢の記憶を鮮明に思い出せる。
数百年続く東国と西国の戦争。
長きに渡る戦争は、目的すら失い、互いの滅亡と憎悪のみで起こっていた争い。
そのはずだった。
――この戦争はすべて■■によって仕組まれている
「この戦争は、誰かに仕組まれている……?」
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