第8話 空浮く絨毯を叩き売る少女!


 冒険者ギルドの受付嬢の笑顔は、不断の努力によって作られているものなのである。


「『オーク討伐依頼』をご受注いただきありがとうございました、アレン・バードウェル様。討伐依頼でございますので、クエスト完了後は、証明のために魔物の体の一部を最寄りの『冒険者ギルド』へご持参いただきますよう、よろしくお願いいたします」


 私は、いつもの受付嬢スマイルを作り、これから魔物討伐に赴く冒険者の姿を見送った。


 冒険と商売の街、オルメディア。

 その冒険の方の顔ともいうべき冒険者ギルド本部が、私の職場だ。御大層な5階建ての建物、その1階には10席の受付カウンターがあり、私はそこで毎日、冒険者たちを相手に受付業務を行っている。


 世界を股にかけ、危険な魔物と戦い、前人未到の地に足を踏み入れる冒険者達と比べ、一介の受付嬢である私の世界は、非常に狭い。椅子に座り、冒険者を相手に仕事をするだけでほとんど一日が終わってしまう。私の席は窓際だから、時折、窓から外をチラ見して気を紛らわせることが出来る分、まだマシだろうか。


「ここが、かの有名な『冒険者ぎるど』でござるか! まっこと大きな建物じゃのう!」


 出入口付近で、一際大きな感嘆の声が上がった。見ると、一人の異国風の男性が立っており、爽やかな笑みを浮かべつつ辺りを見渡していた。


 最近になって交易が始まった、ジャポン国からの来訪者に違いない。

 彼が履いている丈の長いスカートのような履物は、確か「ハカマ」というのだ。腰に差している二本の長物が、ジャポン特産の武器「カタナ」なのだろう。見聞屋が発刊している「世界オドロキジャーナル」で読んだことがある。


 異国の剣士は、ひとしきり建物内を見回した後、私のいる受付カウンターへ悠然と歩いてきた。私は勤続5年目のベテラン受付嬢スマイルを作り、

「冒険者ギルドへようこそ。今日はどのようなご用件でしょうか」

 お決まりの言葉を口にした。


 異国の剣士は私を見るなり、

「おおっ、受付の女子も別嬪じゃのう! 流石は、世界に名高いおるめでぃあ……ああっ、失敬! これは失礼なことを申した。なにぶん、『仁本』を出たのは初めてなものでしてなあ。見るもの見るものが新鮮で、気分が高揚しておるのだ。お許しいただきたい」


 快活な調子でまくし立てた後、どっかと椅子に腰掛けた。そしてわたしが口を開こうとする前に、彼は再び話し出した。


「拙者は風間誠次郎と申す。剣の道を極めんと、仁本より……まてよ、確か、こちらでは我が国のことを『じゃぽん』と申すのであったな。そう、じゃぽんより、世界見聞を兼ねた武者修行のため、この国を訪れたのじゃ。しかし、おるめでぃあという街は、実に活気ある街じゃのう! 将軍のお膝元である『江渡』とは、またえらく違っておる! お主は、江渡をご存じかの? おるめでぃあと比べると大いに趣が異なるが、ぜひ一度――」


 ……すごくよく喋る人だ。それに、声もずいぶんと大きい。


 しかし、世界見聞かあ。ああ、うらやましい。

 一日ずっと、受付業務をしていると、ふと旅行に行きたくなることがある。他国出身の冒険者を相手にする機会も多いからなおさらである。

 そうだ、秘密裏に計画している世界一周計画に、ジャポン国を加えよう。カザマ氏の言う、「エド」をこの目で見てみたいし。


「なるほど。ではカザマ様は当ギルドへは――」


 私の言葉が終わる前に、彼は揃えた指でおでこをペシリと叩いた。


「これはしたり! 拙者が冒険者ぎるどを訪れた理由をお伝えせねば、話が前へ進みませぬよなあ。拙者がこちらへ出向いた理由は、剣の道を究めるためでござる。我が師より、冒険者になって魔物と揉まれるがよいと勧められたがゆえ、修行のために馳せ参じた次第じゃ」

「そうでしたか。では、冒険者ギルドへの新規登録をご希望ということでよろしいですね」


 セージロー氏は「左様、呑み込みが早くて助かり申す」といい、豪快に笑った。


「では、登録手続きに――」

「ちと、すまぬ。実は少々おたずねしたいことがござってな。拙者、冒険者という職に就くにあたって、肝心なことを何一つ知らぬのだ。仁本、ああつまり、じゃぽんには、冒険者なる職はまだ存在せぬのでなあ。師よりあらましは聞いておるのじゃが、こういうことは実地で聞き知ることが確実と思うてのう。申し訳ないのじゃが、冒険者とはいかなるものか、この田舎侍に手ほどきいただけないだろうか」

「分かりました。そう言うことでしたら――」

「今は亡きアラビアーン王国で生まれた奇跡の絨毯を持って来たったで! このとんでもない掘り出しモンを、先着一名様にご奉仕や!」


 突然、よく通る子供の声が、窓の外から割り込んできた。


 窓から外を覗くと、赤い頭巾を被った10歳そこそこの女の子が、聞きなれない言葉遣いで声をはり上げる姿があった。


 口上から察するに、彼女は商売人なのだろう。

 彼女のすぐそばには 鮮やかな色合いの絨毯が、物干しに掛けられていた。絨毯には格子状の、まるで迷路にも見える文様があしらわれている。あれが奇跡の絨毯であるらしい。


 冒険者ギルド本部前も、ギルドの許可を受ければ商売が認められる区画の一つであるが、普通は冒険者向きの道具類が主で、それ以外の商品を並べる商人は少ない、というかいない。

 それなのに、果たして絨毯が売れるのだろうか。


「おっ、そこのオッチャン! この絨毯が気になっとるようやな。ええで、ウチが懇切丁寧に教えたるわ!」


 さっそく彼女に客がついたようだ。相手は中年男性のようである。


「ちと、すまぬが……窓の外に気になるものでもあるのかの? こちらからはよく見えんのじゃが」


 カザマ氏の声で我に返り、慌てて彼の方へ向き直る。


「申し訳ございません。では、冒険者という職業について説明いたしましょう」

「ぜひ、お頼み申す」

「冒険者とは、魔物や危険動物の討伐、人類未踏破地帯の探索や調査、野盗からの護衛任務等、様々な依頼を引き受けることで、生計を立てる人々を指す言葉です。彼らの活動によって、危険生物から人々の暮らしが守られ、人間の活動区域の開拓、保全が為されているといってよいでしょう。そして冒険者ギルドは、彼らの活動を全面的にサポートするべく、サンライト歴1,250年、今から二百五十年前に設立された支援機関なのです」

「この絨毯はな、空に浮く力が秘められた、世に一枚しかないと思われるとっても希少価値の高い品なんやで。名付けて、『空浮く絨毯』や! 絨毯に座って念じれば、アラ不思議。持ち主を乗せたまま、フワッと宙に浮きよるねん。つまり、こいつはただの絨毯やのうて、空に浮くことが出来るすんばらしい乗りモンやっちゅうことやな! 他では絶対に手に入らん逸品やで!」


 窓の外から少女の語りが聞こえてくる……が、なんだろう、少し雲行きが怪しいぞ。


 絨毯が、空に浮く? 絨毯に乗って、移動する? なんなのだ、それは。


 普通の絨毯になんらかの曰くをつけたいのは、まあ分かる。そうする方がお客さんの気を引けるのだから、売る側の努力というものだろう。

 しかし、それをするにしたってせいぜい、「どこそこの国の絨毯職人が仕上げた贅沢な品」ぐらいに留めるのが普通だろう。

 空想にしたってあり得ない、馬鹿馬鹿しい話を盛りつける必要がどこにある。


 そもそも、空を飛ぶ絨毯に乗って移動するなんて発想、どうやったら思い浮かぶのかしら。悪いけどわたしには、よからぬクスリをやっているぶっ飛んだ人の発想に思える。本当に悪いのだけれど。


……ああ、だめだ、今は仕事に集中しなければならない。


 わたしの前で、カザマ氏はアゴを撫でつつ愉快気に笑った。

「ほほう。どれもこれも、強さに自信が無ければ引き受けられない仕事ばかりじゃの。『冒険者の仕事を通じて、己のためのみならず、人のためとなる剣を究めよ。さすれば人の道をも究められん』……お師匠様は拙者にそうおっしゃった。道場で木刀を振るのみが修行ではない。うむ、確かにそのとおりじゃ。これはこれは、実に面白くなってきたのう」

「面白い模様やろ? ジグザグした迷路みたいなこの模様こそが、不思議な力のヒケツなんやで。あ、不思議な力って言うても、魔法師達や神官が扱うようなモンとはちゃうで。ああいうのとは別次元の、今は失われし神秘の力や」


 ……本当に宙に浮くのかしら? あの絨毯。

 いや、浮くわけがない。絶対に浮くわけがないのだけれど、さっきから妙に自信ありげに聞こえるのよ、あの子の口調。


「人のみならず、人ならざる魔物を相手にするとあっては、あらたな剣の技を啓くことも出来そうじゃ! そう考えるだけで血が騒ぐと言うか何というか……いやあ、武者震いがするのう!」


カザマ氏の声で、私は慌てて頭を仕事モードに切り替える。


「冒険者の仕事には危険が付き物ではございますが、誤解の無いように補足させていただきます。冒険者ギルドは、ご登録された冒険者の皆さまに対し、危険地帯の探索や、魔物の討伐を強制いたしませんし、実力以上の成果をあげることを望むこともありません。あくまでも人命が最優先。それが私たちのモットーです」

「えっ、聞きたいことがあるって? ええでええで! お客さんの疑問には何でも答えるんが、ウチのモットーって奴やからな。何でも好きに聞いてや!」

 

 どうやら、お客さんがあの子に質問するらしい。

 本当にその絨毯で空を飛べるのか、どこで製造されているのか、色々と問いただしたいことはあるけれど……。 

 

 ……いやいや、いい加減仕事に集中しなさいよ、私。


「人命最優先、とな」

「ええ、当ギルドは冒険者の方にノルマを課すことはない、ということでございます。冒険以外の危険を伴わないお仕事、例えば街の清掃や飲食店のお手伝い等、日常的なお仕事も当ギルドより紹介可能です。そして他にも、冒険者の方々へ様々なサポートを――」

「ほへ? 何や、絨毯の洗い方かいな。そりゃあ、水で丸洗いして、天日干ししたったら終いや。普通の絨毯と何も変わらんで。定期的に洗濯したらんと、ダニがわきよるかもしれんから気ぃ付けるんやで」


 ……えっ、洗い方? 最初にそれを聞く?


 ねえお客さん、聞くべきところはそこじゃないでしょ、他にもほら、色々と気になるところがあるでしょ?


「いかがなされた? 他にも色々とありそうな口ぶりじゃったが……」

「あっ、で……では、冒険者ギルドが展開しておりますサポートについてお話いたしますね。まずは、『階級審査制度』について説明いたします。冒険者ギルドは、登録された冒険者の方々へのサポートの一環といたしまして、個々の実力に見合った仕事を紹介させていただいております。そのためにまず、私共で皆さまの実力を審査し、階級付をさせていただきます」

「階級、でござるか」

「そのとおりです。当ギルド所属の審査官が、当ギルド独自の審査項目に則り、皆様の冒険者としての実力を測らせていただきます。そして、下は十等級、上は一等級まで、十段階で階級付けをいたします。昇級されるほど、当ギルドが皆さまへ紹介できる仕事の幅が増えるとお考えください。例えば――」

「どこまでの高さまで浮けるかやて? ムフフ、驚くなかれ。空浮く絨毯はな、地面スレスレの、ほんのチョイとだけ浮くぐらいから、雲をズドーンと突き抜けるほどの高さまで、自由自在にフワフワと浮けるらしいで! 試してないから知らんけど」


 ……って、知らんのかいっ!

 空を飛ぶ怪しい絨毯を売りつけたいなら、そこんところは自信を持って貫きなさいよ!


「むむ、どうされたのじゃ? なんだか顔が険しゅうなっておるようじゃが……」


 なんだかカザマ氏が、私を心配げな目で見つめている。

 マズイ。外のことに気をとられすぎて、業務に支障が出始めている……。

 ……さっきからあの子の話が、仕事中の私の耳にズカズカと土足で入り込んでくるのが悪いのだ。気が散って仕事にならない。

 私は気を静めつつ、いつもの熟練受付嬢スマイルを復活させた。

 

 あの絨毯が浮こうが浮くまいが、私には何の関係もない。

 

 関係ないったら関係ない。

 

 だから、声が聞こえてきても無視して、目の前の仕事に集中しないといけない。


「コホン……大変失礼いたしました。例えば、危険性が極めて高い竜種の討伐依頼は、実績を積んだ五等級以上の冒険者に限り、ご案内させていただいております」

「拙者が十等級である場合は竜に挑めぬと……そういうことでござるな」

「その通りでございます。この措置は皆さまを格付けするためではなく、あくまでも人命最優先の考えに基づき、皆様の実力に合った仕事を提供するという、サポートの一環として行っているもの……そのようにご理解ください」

「実力が伴わなければ、強き者に挑もうとしても、犬死するだけでござるからなあ。まあ、これは致し方ないことじゃな」

「自由自在に浮けるけども、いきなり高く浮こうとするのはおススメせえへん。慣れてへんのに高く浮きすぎて、うっかり落っこちてしもたら、命が危ないやさかいな。ウブなジュウタニスト《絨毯使い》は、まずはその場にチョイ……とだけ、浮いてみるところから始めなアカンで」


 ……ねえ、ジュウタニストって、何?


「階級については分かり申したぞ。拙者も冒険者となったあかつきには、己より強い者に会いに行くため、日々精進いたしまする。して、他にも支援を受けられるのでござるかな?」

「……あ、は、はい。当ギルドは冒険者の皆様に対して、他にも様々なサービスを展開しております。例えば、冒険者ギルド主催の講習会。三等級以上のベテラン冒険者の方々を講師に迎えまして、剣術、弓術、魔法学等の、身を守る術を会得するためのものから、薬草学や魔物学、野営のための基礎知識まで、非常に幅広い内容の講習を開催しております。ご興味がございましたら、受付からお申込みいただけますので、ぜひ——」

「ベテランのジュウタニストになったら、絨毯に乗ったままビューンと世界一周することも夢やないで! メリケーンやインドールや東の国ジャポンまで、どこでもより取り見取りや!」

「……こ、コホン! ぜ、ぜひ、お申し込みください。二つ目は、勲功制度です。特別な功績を挙げた冒険者については、当ギルドより勲章や称号を授与し、あわせて表彰金を支給しております。勲功を挙げることを目標に、日々努力されている冒険者の方も多いですよ。そして他には――」

「口酸っぱく言うけど、いきなり高く浮きすぎんように気をつけるんやで。夢の世界旅行は、ベテランのジュウタニストになってからや。練習場所としておススメなのは、そやな、オルメディアの東のほうにカルデン湖があるやろ。あそこは静かで景色もええさかい、のんびりくつろいで練習できると思うで」

「……ええと、ほ、他の冒険者とパーティーを結成されたい場合も、冒険者ギルドにお任せください。当ギルドは、冒険者の皆様の技能、得意とする役割、実績等、幅広くデータを集積し、それらを綿密に分析することで、独自のマッチング方式を構築しております。冒険者ギルドが、皆様の新たな出会いをお手伝い――」

「他に空浮く絨毯を使っとる人はおるんか、やって? はて、どないやろ。少なくともウチは見たこと無いけどなあ。でも、そやなあ、空浮く絨毯で浮いて遊んどるうちに、ひょっこりお仲間と会うこともあるかもしれんで。そや! もし空浮く同志を見つけたら、皆でパーティーを組んだらどないやろ。一人で浮くより仲間と一緒に浮くほうが、断然楽しいで!」


                バン!!


「絨毯で空を飛ぶ人間が存在するわけが無いでしょ! 宇宙人の方がまだ信じられるわ! それにその絨毯、『世に一枚しかない』ってさっき言っていたわよねえ! 自分で言ったことを忘れて適当なことをふかしてんじゃあないわよ! あと、ジュウタニストってなんなのよ!」


「……やはりお主、何か心配事でもあるのではないか? いきなり台をバンと叩いて立ち上がるなんて、尋常ではないぞ。それに、絨毯がどうとか宇宙人がどうとか……受付の仕事も色々と大変じゃと思うがの、抱え込み過ぎは良くないと思うのじゃ。拙者で良ければ相談に乗るが、いかがされるかの?」


 はっ、と気が付くと、カザマ氏が心配顔でこちらを見つめている……。


「……たっ、大変申し訳ございません! ええと……えと……ど、どこまでお話ししましたっけ?」


 自分でも思う。

 今の受付嬢スマイルは、とってもぎこちないものであると。


「う、うむ。ぱあてぃの結成の話であったが、本当に大丈夫かの? 無理はせずともよいのじゃぞ?」

「え、ええ! 何も……なんにも問題はございませんとも!」


 私が呼吸を整え、説明を再開しようとしたとき、

「ちょっ、洗い方まで聞いといて、いまさら何言うてまんのやお客さん! パチモンちゃうわ! この絨毯は、ホンマモンの空浮く絨毯……なに笑てんの。え、ホンマモンであると証明してみいって?」


 ナイス、お客さん。

 これで、あの絨毯が本当に宙に浮くかどうかが分かるでしょ。まあ、浮くわけがないのだけれど!


「見い! これで一目瞭然やで!」


「えっ」


 自信に満ちた少女の声が聞こえたので、思わず窓の外を見ると、

「ムフフ……確かに浮いとるやろ、絨毯がフワフワと! 絨毯の上に座って、『ちょいと浮いてみい』って心の中で念じるだけで、持ち主を乗せたまま宙に浮きよるねん。どやっ、凄いもんやろ!」


 うわあ……本当に浮いている。


 絨毯が、腕組をしてドヤ顔を決める少女を乗せて、宙に浮いている……ほんの一メートルほど。


「どないや! この絨毯がホンマモンの空浮く絨毯やって分かったやろ! これで、証明完了っちゅうやっちゃな!」

 

 ……て、手品でしょ。だって、本当に絨毯が浮くわけがないじゃないの。空を飛ぶなんて、魔法師や神官にだって出来ないのよ!?


「実はウチも初めて浮いてみたわけやけどな、こりゃあ思った以上にオモロイもんやで! ほれほれ、オッチャンも浮きたくなってきたんとちゃうか?」


 ……もう分かった。やっぱりあれは詐欺商品で間違いないわ。

 とんでもなく高い値段で、ただの絨毯を売りさばくつもりに違いない。あの宙に浮く手品は、客の信用を勝ち取るための悪魔の手口よ!

 アコギな商売に若いうちから手を染めて……まったく、将来が思いやられるわ!


「やはり、外を気にされておるが……一体何があるのじゃ? 拙者の方からは、ちょうど木が陰になって、よう見えんのじゃが」

「な、何もありませんわ! し、し……新規登録料として1万ディールをいただきます。なお、半年に一回、更新料として階級に応じた金額を徴収しておりますが、よろしいですか?」

「うむ。1万ディールはここに用意しておる。小判を両替したものじゃ。どうぞお納めくだされ」

「あ、ありがとうございます。では、預からせていただき――」

「この不思議でありがたい空浮く絨毯を、なんと1000ディールでご奉仕や! ウッキウキな気分で買い求めたくなるゴキゲン価格やで!」


「安っ!」


 私は思わず、立ち上がって窓の外を見た。


 たったの1000ディールっ!?

 なんでっ!? どうしてっ!?

 高値で売りつけるために手品をやったんじゃないのっ!?


 ……そうか、そうなのね。

 まずは安価な商品で客を釣ってから、徐々に高い商品を売りつけていくつもりなのね! かわいい顔をして、恐ろしい子……!


「拙者は確かに一万ディールを揃えたと思うのじゃが、安いということは、もしかして足りなかったかの?」


 私は大慌てで椅子に座り、カザマ氏へ向き直った。


「す、すいません! 確かに一万ディールをいただきました……で、では、冒険者登録の手続きに入りますので、あちらの待合スペースにてお待ち――」

「通りすがりのオッチャンが、伝説の空浮く絨毯をお買い上げや! 今日はありがとうやで!」


 って、売れるんかーい!


 受付嬢の笑顔も、たまには崩れることもあるのである。


_____________________________________


 本作の「空浮く絨毯」は、アラビアンナイトに登場する「空飛ぶ絨毯」を元としております。ディズニー映画のアラジンを鑑賞したことがありますが、絨毯で雲のさらに上を飛ぶ主人公たちの姿が実に印象的でした。

 残念ながら、高所恐怖症の私には使えそうが無いのですが……。

 

 

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