第110話 捨てられ王子、弟(女)と再会する




「ヘクトン!?」


「……久しぶりだな。二度と会いたくなかったが」



 間違いなくヘクトンだった。


 その表情は心底俺を嫌悪しているようだが、思わぬ弟の登場に俺は警戒する。


 このヘクトンは俺の知っているヘクトンなのか、と。



「ほ、本物のヘクトンだよな?」


「ふん、疑うなら好きにしろ。二度とこの幻の世界からは出られなくなるだろうけどな」


「幻の、世界……」


「薄々気付いてるだろう? お前が囚われているこの世界は、お前にとって都合のいい夢を見せる場所」



 都合のいい夢。


 たしかバハムートも同じようなことを言っていたような……。



「い、いや、偽物にしちゃ全部本物みたいだったぞ!?」


「当たり前だ。全てお前の記憶を元に作った代物だからな。偽物は偽物でも、お前にとっては本物の偽物だ」


「な、なるほど!! そういうことか!!」



 ようやく違和感の正体に至った。


 たしかにこの世界にいるローズマリーやアルカリオンは俺のよく知っている彼女たちだ。


 しかし、実際の彼女たちは俺を平然と上回る。


 日常生活でもベッドの上でも、ローズマリーたちは俺の予想を越えるのだ。


 この世界で感じていた違和感の正体が分かった。



「って、ここは俺の記憶から作った幻の世界なんだよな? ヘクトンはどうやってここに?」


「……お前が冥界に入る前から、ある人物にお前の護衛を頼まれていた。お前を追って冥界の下層に入ったせいで僕も幻の世界に囚われてしまったが、すぐに脱出してお前を探した。そうしたら――」



 ひょいっとヘクトンの肩に手のひらサイズのスライムが飛び乗った。



「え、ライム!?」


「マスター、久しぶり。こんな姿でごめん」


「いや、ごめんってそっちが本来の姿じゃ……」



 ヘクトンの肩に乗っていたのは俺のテイムしたスライム、ライムだった。


 人型ではないが、言葉は話せるらしい。



「マスターが脱出に手こずっていたみたいだから、助っ人を呼んだ」


「そ、そうか、ライムが……。って、なんでライムは冥界に?」


「ずっとマスターの服のポケットの中に入って付いてきた」


「……まじか」



 全く気付かなかった。


 というかいつの間に俺の服のポケットに隠れたのだろうか。


 うちのスライム、隠密性が高すぎる。



「おい、雑談してる暇があるなら早く脱出しろ」


「え、あ、ごめん」



 ヘクトンがイライラしながら言う。しかし、俺にはその方法が分からなかった。



「えっと、どうやったら出られるんだ?」


「……お前がこの世界を心から拒否してしまえばいい。お前の仲間はすでに脱出したぞ」


「え!?」



 俺は驚愕してしまう。


 ローズとクーファを探しても見つからないのは、二人ともとっくに幻を振り切って脱出したかららしい。



「俺だけって、まじかー」


「ふん、分かったらさっさとこの世界を否定して脱出するんだな」


「ひ、否定って言われても……」


 

 俺はこの世界が嫌だと自分に言い聞かせる。


 しかし、ちっとも周囲に変化はなく、ヘクトンのイライラが加速した。



「おい!!」


「い、言われた通りにやってるって!! でもなんかできない!!」


「多分、マスターはこの世界を拒否できていない」


「っ」



 ライムの指摘に俺は言葉を詰まらせる。



「うっ、ま、まあ、うん。そうかも」


「そうかもだと? 自覚があるのか?」



 あるかないかで言えば、ある。


 だってここにはローズマリーがいて、アルカリオンがいて、皆がいる。


 更に言うなら前世のような便利な世界だ。


 ゲームのような娯楽や美味しい食事で溢れている世界。

 嫌ではなく、むしろここにいたいと思ってしまっている。


 頭では駄目だと分かっていても、心が「別にいいのでは」と思ってしまっている。


 どうしよう……。



「マスター」


「な、なんだ、ライム?」


「皆がマスターの帰りを待ってる」



 俺はその言葉にハッとする。


 そうだ。地上ではアルカリオンを始め、多くの人たちが待っている。


 ローズマリーも待っているはずだ。


 いつまでもここにいたら、俺は皆の期待を裏切る羽目になる。


 それは、絶対に嫌だ。



「よし。明日、この世界を脱出する」


「……出られるのか?」


「出る。そのために今晩は準備する。ライム、ちょっと力を貸して欲しい」


「マスターの望みなら、何でもする」



 それから俺は明日の決戦に備えて様々な準備を始めた。


 この世界を脱出する上で必要なのは、俺がこの世界を心から否定することだ。

 しかし、ただ頭の中で否定することは俺には難しい。


 だから本能でここを嫌だと否定する。


 そのための作戦を俺がライムに話すと、隣で聞いてきたヘクトンが顔をしかめた。


 まあ、内容が内容だから仕方ない。



「マスター、そのようなことが可能なのですか?」


「俺は冥界に来てからずっと『完全再生』を使いまくってたからな。今ならできると思う」



 作戦は立てた。


 あとは明日になったらこの都合のいい幻の世界に決着を付けるだけ。


 その日はひとまず家に帰ることにした。











「……ところでヘクトン、ちょっとおっぱい大きくなったか?」


「ふん!!」


「へぶっ!?」 



 ずっと気になってたことを言ったら、容赦なくぶん殴られてしまった。



「お前は下半身に脳を支配され過ぎてデリカシーが死滅しているようだな」


「ご、ごめん……」



 だってヘクトン、しばらく見ないうちに巨乳になってたんだもん。


 ミニスカメイド服で太ももとか露出してたし。


 でもそれを言うと今度は蹴られそうなので、俺は口を噤むことにした。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「これはレイシェルが悪い」


レ「ええ!?」



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