第103話 捨てられ王子、シラを切る




 真紅色の全身甲冑をまとった女と思わしき騎士が他の全身甲冑たちを制止する。


 そして、女騎士が一歩前に出てきた。



「貴方の名前は何ですか?」


「……」


「……あ、あれ? 言葉が通じてない? 私の話している言語が分かりますか?」



 俺は女騎士の問いに答えられなかった。


 というのも、この冥界では死者は名前を持っていない。

 もし名前を名乗ったら、生きていることがバレてしまうかも……。


 いや、待てよ?


 そもそもどうしてこの女騎士は他の全身甲冑と違って俺にも分かる言葉で話してるんだ?


 分からない。分からないことが多すぎる。



「……あ、あの、無視しないでください……」


「お兄ちゃん、無視したらメッだよ」


「あ、ごめん」



 しばらく対応に悩んでいると、女騎士は落ち込んでしまった。

 思わず謝罪したら女騎士が明るい声音で反応する。



「っ、やはり言葉は通じているようですね!! 貴方のお名前は――」


「黙秘します」


「え?」


「黙秘します」



 俺は堂々と黙秘を宣言した。


 女騎士が動揺した様子を見せてその真意を問うてくる。



「な、何故!?」


「いや、普通に考えていきなり襲いかかってくるような連中のリーダーと思わしき相手と会話とかしたくないですよ。まだやる気満々の奴もいますし」


「うっ、正論ですね……。――ッ!!!!」



 女騎士が知らない言語で全身甲冑たちに何かを命令すると、全員が武器を下ろした。


 しかし、相変わらず殺意を向けてくる。


 どうして初対面の連中にここまでの殺意を向けられねばならないのか。


 ローズを連れて逃げ出したい。



「まず、急に攻撃したことを謝罪させてください」


「「「「!?」」」」



 女騎士が頭を下げて謝罪した。


 それを見た他の全身甲冑たちが明らかに動揺し始める。


 いや、謝られても困るんだが。



「我々は冥界中層で暮らす悪魔族の者です」


「……悪魔?」



 たしかに冥界中層の景色が地獄みたいだなーとは思っていたが。


 まさか悪魔がいるとは。


 しかし、悪魔というともっと恐ろしいイメージがある。

 それがどうして騎士のような全身甲冑を着て武装などしているのか。


 ましてや初めて冥界に来た俺は悪魔に恨まれるようなことはしていない。


 悪魔たちの攻撃も容赦がなかったし、相手が俺だったから死ななかったものの、普通なら殺されていただろう。


 俺は問い詰めるように女騎士へ話しかける。



「謝罪するより、いきなり攻撃してきた理由を教えてもらえますか?」


「え、ええと、その、人違いです……」


「……は? 人違い?」



 これには俺もキレそうになる。


 人違いでいきなり殺しに来やがったとか、ふざけているにも程があるだろう。



「ひっ、す、すみません!! で、でも本当に似てるんです!! 十数年前に我々の町を破壊しまくった女性とそっくりなんです!! その灰色の髪も、手配書のままなんです!!」



 そう言って女騎士は懐から紙を取り出した。


 俺はその手配書なるものを見て、思わず目を瞬かせてしまう。


 そこに写っていた女性を俺はよく知っていた。



「……まじか」



 俺は前世の記憶を持っているため、母親と言うと前世の母親を思い出す。


 しかし、俺にはもう一人母親がいるのだ。


 それはこの世界で俺を生み、すぐに亡くなってしまった女性。


 アデライト・フォン・アガーラム。


 女騎士が見せてきた手配書に書かれていたのは間違いなくその人であった。

 旧アガーラム城に飾ってある肖像画と全く同じなので間違いない。


 いや、可能性としてはない話ではないだろう。


 母も死んだなら冥界を訪れているはずだし、何もおかしくはない。


 でも何やってんの!?


 何がどうして冥界にある悪魔の町を襲撃しちゃってんの!?


 しかもここは中層。


 普通の人間ならばあまりの熱気で身体が自然発火してしまうような場所だ。

 どうやってここまで来たのか気になって仕方がない。


 いや、余計なことを考えるのは後回しだ。


 息子だとバレたらどうなるか分からないし、意地でもシラを切らねば。



「……すぅー、はぁー」



 俺は大きく息を吸って吐く。


 そして、瞬時にこの場を切り抜けるための方法を実行に移した。



「で、人違いで攻撃してきて謝罪だけとか言いませんよね?」



 これぞ全く関係のない他人として押し切る作戦。


 名付けるならばそう、『あ、知らない人です』作戦だ。


 女騎士は俺が怒っていると雰囲気で勘違いしたのか、慌てた様子で言う。



「も、もちろんです。お詫びになるかは分かりませんが、我々の町へご案内します」


「ふむ?」


「亡者と言えど、その、服は必要かと。中層で採れる素材から作ったものなので、熱耐性もありますから」


「……おっと」



 そうだった。


 俺は服が燃え尽きてしまった今、色々と丸出しだったのだ。


 慌てて前を隠す。


 そこでふと冷静になり、俺は今の状況を客観的に考えた。

 かつて町を破壊した犯罪者とクリソツな男が全裸で徘徊しているのだ。


 ……うん。普通に攻撃するし、容赦しないよな。



「なんか、ごめん」


「え? ええと?」



 唐突な俺の謝罪に、女騎士は首を傾げるのであった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「無視されてしょんぼりしちゃう女の子いいよね」


レ「ね」



「ローズかわいい」「全裸徘徊者は攻撃されても仕方ない」「あとがきに同意する」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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