第101話 捨てられ王子、親切な亡者と出会う





「レイシェルお兄ちゃん、こっちだよ!!」


「ほ、本当にこっちで合ってるのか?」


「そうだよ!! こっちに村があるんだから!!」



 俺は延々と続く星空の下の草原を歩いていた。


 もう結構な距離を歩いていると思うが、ローズが足を止める気配はない。


 それからどれくらい歩いただろうか。


 空気が猛毒なので『完全再生』を常に使っているから足に痛みはないものの、かなりの距離を歩いていると思う。


 ふとローズが足を止めた。



「着いたよ、お兄ちゃん!!」


「おう!?」



 急に景色が切り替わった。


 さっきまで何もない草原を歩いていたはずが、視界がぐにゃりと歪んだかと思えば目の前に違う景色が広がっていた。


 縦穴式住居が不規則に建ち、それに黒い影が出入りしている。


 そう、黒い影。


 人の形をしており、目と思わしき部分だけが白く不気味に光っている。


 そんな人影たちの目が一斉にこちらに向いたのだ。

 あまりにもホラーな光景すぎておしっこ漏れそうになる。



「ロ、ローズさん? ここ、大丈夫なんだよね?」


「ん? 何が?」


「えーと、いや、な、何でもないよ、あはは」



 ローズは村の中を迷いのない足取りで進む。


 俺は影人にぶつからないよう気を付けながらローズの後に続いた。


 村はそこそこ広いらしい。


 しばらくすると、ローズが誰かを見つけて影人に駆け寄った。



「あ、お父さんお父さん!!」


「……お父さん?」



 ローズがお父さんと呼んだ人物は、他の影人同様に真っ黒な人型の影だった。

 表情は分からないが、ローズから話を聞いているらしい。


 ローズパパが俺の方に歩いてきた。


 咄嗟に身構えるが、ローズパパはその場でピタッと足を止める。



「あぁ、すみません。こんな姿ですものね、警戒させてしまいましたか」


「え、あ、いや、そんなことは……」



 めちゃくちゃ穏やかな声だった。



「……すみません。ちょっとビビりました」


「ははは、正直な方ですね。どうもうちの子が世話になったようで」


「い、いえ、こちらこそ道が分からなかったので助かりました」



 お互いにお辞儀し合う。


 すると、ローズパパは声を潜めてこっそり俺に耳打ちしてきた。



「失礼ながら、冥界の最下層を目指しているというのは本当なのでしょうか?」


「え? ええと、はい」


「……こちらへ。詳しい話は私の家で話しましょう」


「こっちだよ、お兄ちゃん!!」



 ローズが俺の手を握って「私のおうちはこっちだよ!!」と引っ張る。


 思ったより力が強くてビックリした。


 その様子を見たローズパパが穏やかな声音で言う。



「あの子がここまで懐くとは珍しいですね」


「え?」


「あの子は生前から、とても物静かで引っ込み思案な子だったんです。それがどういうわけか、貴方と一緒にいるととても元気に振る舞っている」


「そうなんですか? ずっと元気ですけど」


「もしかしたら、生前で何か縁があったのかも知れませんね」



 生前に縁、か。


 ローズみたいな顔立ちの整った幼い女の子、一目見たら忘れないと思うのだが……。


 あいにくと記憶にない。


 必死に思い出そうと頭を捻っているうちに俺はローズ父娘の住居に到着したらしい。



「お、お邪魔します」


「どうぞ。何もありませんが、寛いでください」



 中には本当に何もなかった。


 寛げと言われても困ってしまったので、取り敢えず胡座を掻いて座る。


 そして、ローズパパは本題に入った。



「冥界は今、不安定な状態にあるのです」


「不安定な状態?」


「はい。冥界神様がやる気をなくしている時期と言いますか、亡者の魂が滞る時期と言いますか。私はここに来て十数年になりますが、ずっと待たされているんです」


「やる気をなくしてるって」


「そこで、なのですが。娘から聞いたところ、貴方は死者ではないのですよね?」



 俺はどこか確かめるような問いに一瞬言葉を詰まらせるが、ローズパパなら大丈夫かと思って正直に頷いた。



「はい、一応」


「ああ、よかった。それならば、冥界神様に一言文句を言ってくれませんか? 我々亡者は冥界神様には逆らえなくて……」


「……大変ですね」


「本当に。まあ、死に別れてしまった娘と再会できた点は感謝したいのですが、やはり苦楽もない冥界は辛いものでして」



 冥界の亡者も色々と大変らしい。


 どのみち女神様の妹、冥界の神様には用があったのだ。

 ついでに亡者の声を代弁するくらいはしてもいいだろう。



「分かりました」


「その言葉を聞けてよかった。ああ、そうだ。よかったら娘も連れて行ってください」


「え? いや、でも……」


「これは勘ですが、娘はきっと貴方の助けになりますよ。私、生前から勘だけはいいんです。まあ、結局死んじゃったんですけどね、ははは」


「死んでる人からそういうジョーク聞いても笑っていいか分かんないですよ」



 ブラックジョークがすぎる。



「ああ、それと一つ警告を。中層、下層にも住人はいますが、生者であることは極力話さない方がいいでしょう」


「なんでです?」


「そもそも冥界に生者が迷い込むことはまれにあるのです。しかし、その誰もが亡者に襲われて亡くなってしまいます」


「亡者って、貴方みたいな?」


「ええ、そうです。とはいえ、理性を失った亡者の方がもっと危険ですがね。ちょうど貴方の頭をずっと噛っている狼、その子も元々は人だったんですよ?」



 ローズパパが今もなお俺の頭を噛っている影狼を指差して言った。


 え、この狼って元人間なの!?



「正気を失った亡者は次第に元の形を失います。そうして次第に他の亡者を襲うようになるのです」


「えぇ、怖っ」


「ですので、自分が生きていることは話してはなりませんよ。理性なき亡者と理性ある亡者、両方から狙われては大変でしょうから」


「ご、ご忠告感謝します!!」



 何から何までありがたすぎる。



「行ってきます、お父さん!!」


「ああ、いってらっしゃい。……レイシェルさんに迷惑をかけてはならないよ」


「うん!! 行こ、お兄ちゃん!!」



 こうして俺はローズパパに見送られ、ローズと共に村を出立するのであった。


 ……ところで。


 俺はローズパパに名乗っていないはずなのに、何故俺の名前を知っていたのだろうか。


 ローズが話したのかな?






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「幼い女の子からお兄ちゃん呼びは全国の男性の夢だよね」


レ「それは知らない……」


作者「ファミ通文庫公式エックスアカウントにてレイシェルたちのキャラデザが公開中。気になる方は検索検索♪」



「ローズかわいい」「ローズパパ親切すぎて怪しい」「オレはお兄ちゃんだぞ!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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