第100話 捨てられ王子、冥界に行く





 扉を潜り、冥界に立ち入った瞬間。


 吐き気と立ち眩みがして、俺はその場から動けなくなった。


 え? え? なんだ、身体が……まさか毒!?


 俺は大慌てで『完全再生』を発動し、身体から異常を取り除く。



「おぇ……これ、まさか常に『完全再生』を使い続けなきゃいけないのか」



 冥界は空気そのものが猛毒だった。


 なるほど、たしかに普通の人間が立ち入ったら数秒と持たないだろう。


 それでもアルカリオンなら平気そうだが……。



「いや、今はとにかく進まないと」



 一応、女神様の妹がどこにいるのかは聞いた。


 冥界の最下層、そこで引きこもり生活を満喫しているのだとか。



「で、ここどこなんだろ? え、うわ、すごっ」



 俺は辺りを見回して感嘆の息を漏らす。


 まず周辺にはどこまでも続く広大な草原が広がっていた。


 では俺が何に感嘆したのか。


 というのも、冥界の空には満天の星空が広がっていたのだ。


 地球の山奥でも見られないであろう星の数々。


 こっちの世界に来てから何度か沢山の星が見られる日があったが、冥界の星空はそのどれよりも美しい。


 冥界と言う割には絶景だった。



「……あ、入ってきた扉が消えてる……」



 ふと振り向くと、扉が消えていた。


 一方通行とかあの乳デカ女神様、ナチュラルに鬼畜だな。


 ま、気にせず行こう。


 ローズマリーに会えるなら多少の苦難や困難などそよ風と同じだ。



「グルルル……」


「って、うおわ!? な、なんだこいつら!?」



 しばらく当てもなく歩いていると、真っ黒な狼に遭遇した。


 いや、狼の形をした影と表現すべきか。


 明らかに魔物とは異なる異形の怪物が俺を包囲していた。


 先に言っておくが、俺に自衛手段はない。


 最低限動けるだけで敵を排除するような攻撃など扱えない。

 ではどうやって影狼たちの包囲を突破するというのか。


 答えは単純だ。



「ちょっと通らせてもらうぞ」


「グルル!?」



 気にせず進む。それが突破方法だ。


 影狼たちは困惑しながらも、俺に勢いよく噛みついてきた。


 腕、肩、足、首……。


 とにかく身体中を噛まれるが、それでも気にせず進む。

 猛毒の空気で常に『完全再生』を使っている以上、影狼の与えてくるダメージも即座に回復する。


 まあ、当然めちゃくちゃ痛い。


 でもその程度の痛みが何だというのか。死ぬほどではない。


 ローズマリーに会えるなら何とも思わない。



「グルルル!!」


「がうがう!!」


「はいはい、ワンちゃんは退いてねー」



 全身に影狼がまとわりつくが、気にせず歩く。


 しばらく歩いていると草原を抜けて、白い樹木が生い茂る森に入った。



「がうがう!?」


「きゅうん、きゅうん?」


「え、どうしたんだ、急に? あと可愛い声で鳴くなら噛むのやめない?」


「あぅーん!!」



 森に入ると同時に何故か影狼たちがぷるぷると震え始めた。


 ちょっと可愛い。


 今まさに現在進行形で俺の頭をガブガブしていなかったらだけど。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


「うおっ、狼の次は巨人か!!」



 森の木をへし折りながら近づいてきたのは、身の丈五メートルはある巨人だった。

 影狼同様にその姿は全身が黒く、巨大な影が歩いているようにも見える。


 でかい。


 巨人は俺を見つけると、いきなり全力で拳を振り下ろしてきた。



「それはまずい!!」



 頭から潰されるような攻撃は死ぬので慌てて回避する。


 俺のすぐ横に拳が落ち、地面が凹む。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」



 拳を避けられて苛立ったのか、巨人が今度は俺を蹴飛ばしてきた。


 これは受けてもいい。


 蹴られると同時に内臓がひっくり返りそうな衝撃に襲われるが、即座に治せば問題ない。


 大事なのは頭を守ることだ。


 蹴り飛ばされた俺は木に激突し、背中を強く打ち付ける。

 骨から嫌な音がしたが、生きているので問題はない。



「うーん、これは逃げるか」



 幸いと言うべきか。


 この森は木々の間隔が広いので俺ならば迷うことはなさそうだが、背が高いと生い茂る葉っぱで視界が悪い。


 俺は木々の合間を縫うように移動し、巨人を撒いて森を抜けることができた。



「はあ、はあ、あー、怖かった」


「がう!!」


「……なんでお前はずっと俺の頭かじってんの?」


「がうがう!!」


「ちょ、痛い痛い。食い込んでる食い込んでる」



 逃げている途中で大半の影狼は離れたが、一匹だけ俺の頭をかじり続けている奴がいる。


 今もグサグサと牙を突き立ててくるので懐いているわけではないだろうが、ちょっと可愛く思えてきた。



「ねーねー!! お兄ちゃんはこんなところで何してるの?」


「お兄ちゃんは好きな人を生き返らせるために冥界の最下層を目指してるんだよ」


「へー!! よく分かんないけどなんか凄そうだね!!」


「ん? え、誰?」



 急に声をかけられて、俺は思わず返事をしてしまった。


 今度は言葉を話す魔物でも出てきたのかと思って声の方に振り向くと、そこには綺麗な赤い髪の女の子が一人。


 非常に容姿の整った可愛らしい少女だった。



「本当に誰!?」


「私は私だよ!!」


「え、あ、うん。俺はレイシェルって言うんだ。よろしくね」


「よろしくね、お兄ちゃん!!」


「お兄ちゃん……。むふ、ちょ、ちょっといい響きだな……」



 妹がいたらこんな感じなのだろうか。



「でもお兄ちゃん凄いね!! 死んでるのに名前があるんだ!!」


「ん? どういう意味だ?」


「名前は向こうの世界で定められたものだから死んでこっちに来ると忘れちゃうんだよ!!」


「そう、なのか」



 なるほど。


 冥界にいるということは、俺みたいな例外を除いて死んでしまった者。


 つまり、こんなにも幼い女の子が……。



「……名前がないと不便だな。適当に考えてもいいかな?」


「え、名前を付けてくれるの!? 嬉しい!!」



 よかった、名前を付けてもいいそうだ。



「じゃあ、ローズなんてどうかな?」


「ろーず? どういう意味なの?」


「あー、いや、その。俺が好きな人と同じ真っ赤な髪だから、その人からちょっと拝借した」


「どんな人なの?」


「めちゃくちゃスタイル抜群の綺麗な女の人だよ。あとカッコよくて可愛い。夜は激しい」


「お兄ちゃん惚気てるね!!」



 こうして俺は冥界の住人、ローズと行動を共にすることになったのだ。






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「エッなシーンマシマシで書籍化するって言ったら、信じる?」


レ「え、嘘だぁ」


作者「検索したら出てくる」


レ「……まじ?」



「主人公イカれてて草」「狼かじってんの草」「早速アマゾンで予約しとくぜ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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