第98話 捨てられ王子、参戦する





 竜化したアルカリオンが先手必勝と言わんばかりにブレスを放つ。


 先日の空の国を襲撃したようなお遊びではない。


 一撃で全てを無に帰そうとする破滅の光が放たれたのだ。



「ふふ、久しぶりに娘と遊ぶのも悪くないわね」



 しかし、女神様は風を浴びるかの如くそのブレスを受け止めた。


 全く効いていない。


 アルカリオンは最初からそれを分かっていたのか、放ったブレスが女神様に着弾する前から次の攻撃に移っていた。


 巨大な尻尾を鞭のようにしならせ、女神様をぶっ飛ばす。


 ここはどこまでも続く真っ白な空間だ。


 女神様は俺の目では見えなくなるくらい最果てまで飛ばされてしまった。


 と思ったのだが。



「今のはいい一撃ね。少し痛かったわ」



 口では痛かったと言いながら怪我一つしていない女神様。


 アルカリオンは続けざまに爪を振り下ろす。


 そんなアルカリオンに対し、女神様は心底楽しそうに微笑んだ。



「こういうのはどうかしら?」


「!?」



 アルカリオンの振り下ろした爪を食らったはずの女神様にダメージは何もなかった。


 逆に、何故かアルカリオンが傷を負う。


 肩から胴体にかけて大きな傷口が生じ、真っ赤な血が降り注ぐ。


 俺は思わず叫んだ。



「アルカリオン!?」


「待つのじゃ、レイシェル!!」


「な、なんで止めるんだよ、サリオン!!」



 アルカリオンを助けに行こうとすると、サリオンが必死で止めてきた。

 非力な俺ではサリオンの拘束を解くことができない。

 


「あんな戦いにお主が行っても巻き込まれて死んで終わりじゃ!!」


「そ、それは……」



 正論だった。


 たしかに俺が参戦しようと思っても二人の戦闘の余波に巻き込まれて死ぬ。


 死ぬのは、とても嫌だった。



「案ずるでない、アルカトレアにアルカリオンを殺すつもりはないのじゃ」


「……でも……」


「ダメなのじゃ。ローズマリーに続いてお主まで失ったらアルカリオンは今度こそ正気ではいられなくなるのじゃ」


「今度こそ?」



 まるで今までギリギリのところで正気を保ってきたかのような物言いに俺は疑問を抱く。



「……アルカリオンは、あの娘はアルカトレアの神の血よりも儂の竜の血の方が濃いのじゃ。竜は自らの宝に執着する」


「宝……」


「宝を失えば失うほど正気を失っていく。あの娘は今まで失いすぎておる。ローズマリーを失っても平然を装っているが、正気を失う寸前なのじゃ」



 知らなかった。


 俺の知っているアルカリオンは基本的に無表情だけど、感情豊かで面白い人だ。


 いや、でも普通に考えてそうだよな。


 アルカリオンは長い人生の中で何度も出会いと別れを繰り返している。


 ただの別れではないだろう。


 死別、二度と会うことが叶わない今生の別れを何度も経験しているのだ。


 俺は自分がアルカリオンに大切にされていることを自覚している。

 俺が死ねばローズマリーを失った時くらいには悲しんでくれるのではと思っている。


 でも、だからこそ。



「……尚更、見てるだけなんてできない」



 何か俺にできることはないのか。


 いや、俺にできることなんて今も昔も一つしかないのだ。


 問題はどうやってそれを生かすかだ。



「……サリオン、一つお願いしてもいいか?」


「む?」



 俺は作戦を考え、それをすぐに実行に移した。




















 勝てない。


 私は直感的に、あるいは現実的に考えて母に勝利するのは不可能だと考えていた。



「あら、今度は何かしら?」



 余裕の態度を崩さない母に一泡吹かせてやろうと何度も全力のブレスを放つ。


 攻撃自体はたしかに当たっている。


 しかし、手応えが全くと言っていいほどない。無効化しているのだろう。


 まるで何か見えない障壁のようなものでブレスの熱や光を完全に遮断していることまでは何となく分かる。


 でも、対処法が思いつかない。


 そもそも私は、戦闘というものがあまり得意ではないのだ。


 何故なら私は最初から強かったから。


 サリオンであれば、もう一人の母であれば格上との戦いにも慣れている。

 同じ状況に陥っても何かしらの打開策は見出だせただろう。


 けれど、私はサリオンではない。


 私にできるのは100%の全力を、いや、200%の全力をぶつけることのみ。



「あら? ……そのやり方は感心しないわね、アルちゃん。限界以上の出力でブレスを放てば貴女が死んじゃうわよ?」


『では、ローズマリーを生き返らせてくれますか?』


「無理ね。何度も言っているけれど、ルールはルール。たった一人のために世界そのものを滅ぼす選択は女神の私にはできないものよ」



 母がどこか聞き分けのない子供に言い聞かせるように言う。


 ……いえ、実際にそうなのでしょうね。



「いい加減に我が儘はやめなさい。そもそも私を負かしたところでローズちゃんが生き返るわけでもないし、完全に無意味な争いなのよ? 貴女はサリオンと違って賢い子なのだから、もう少しよく考えて――」


『黙ってください』



 200%のブレスを放つ。


 数千度にも及ぶ高熱のブレスは母に直撃するも、やはり効いていないように見える。


 ……いや、違う。効いている。


 微かだが、母の長い髪の毛先が少し焦げてちりちりになっている。


 当たる。


 200%以上の出力でブレスを放てば私の攻撃も母にも通じる。


 ならば次は300%で――



『がふっ』



 私は口から血を吐いてしまった。


 否、口からだけではない。全身の鱗の隙間から血が吹き出ている。


 200%ブレスの代償で身体が崩れたのだ。



「ほら、言ったじゃない。じっとしてなさい、すぐ治療してあげ――」


『要りません』



 不用意に近づいてきた母に噛み砕こうと私は大きく口を開いた。


 しかし、その刹那。


 私は瞬きをする間もなく地面に叩きつけられ、意識を持って行かれる。


 ダメです。このままでは終われません。


 私はローズマリーに会いたい。かつての大切な人が残した大切な子に、私の宝にもう一度会いたい。


 ああ、でももう意識が……。



「――『完全再生』!!」



 地の底に沈みかけた私の意識を、誰かが無理やり引き上げてくれる。


 その声は、ああ、私の愛しい宝。



「アルカリオンの怪我は全部俺が治すから、頑張ってくれ!!」


『……坊や。危ないので下がって――』


「だが断る!! ローズマリーを生き返らせたいのは俺だって同じなんだからな!!」



 ああ、そんなことを言われたら、また惚れ直してしまう。


 しかし、坊やがいては本当に危ない。


 仮に坊やを私の背に乗せて戦うとしても、庇いながら戦うことはできない。


 母は私を殺すつもりはないだろうが、巻き込まれて死ぬ可能性がないわけではないのだ。

 坊やまで失ったら、今度こそ私は壊れてしまいそうな気がする。



『坊や。今は大人しくサリオンのところへ』


「大丈夫。作戦を考えたんだ!!」



 作戦?



『……坊や。これは……』


『儂の方を見るでない、アルカリオン』



 まず私の背に坊やが乗った。


 そして、その坊やを更に覆うように竜化したサリオンが乗った。


 親子の亀のような形になった。



「この鉄壁の防御を俺が治し続ければ弱点はない!! まさに動く要塞!! 絵面はちょっと悪いけどね!!」



 ああ、まったく。本当に私の可愛い坊や。


 坊やが背にいるだけで、あらゆる苦痛を全て忘れられる。



「おや、これは……」



 私は口の中にエネルギーを溜める。


 100%……200%……300%……400%……。


 身体が悲鳴を上げて崩壊し始めるが、問題ない。



「『完全再生』!! 『完全再生』!! 『完全再生』!!」



 崩壊する片っ端から、身体が元に戻る。


 だからもっと、もっともっとエネルギーを溜めて撃てる。



「……これはちょっとヤバイかしら?」



 初めて焦りを見せる母。


 しかし、回避行動を取るにはあまりにも遅すぎる焦りだった。


 エネルギーチャージ、10000%。



『坊や、愛していますよ』



 私は全身全霊のブレスを放った。


 恒星すら破壊しうる光線が真っ直ぐ母に向かって突き進む。


 母は、蒸発した。



「え? あれ?」


『……やりすぎました』



 私と坊やは、ちょっと焦るのでした。






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「オーバーキルで草」


レ「……てへっ」



「10000%はチャージしすぎ」「女神様仕留めてどうするw」「本当にオーバーキルで草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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