第96話 捨てられ王子、泣く






「……」



 俺は淡々と怪我人を治療していた。


 怪物に襲われて重傷を負った者は多かったが、俺なら元通りにできる。


 欠片でも意識があったら治せるのだ。


 それが致命傷であろうと、首だけであろうと治すことができる。


 でも、間に合わないこともある。


 頭を真っ二つにされてしまったら、死んでしまったら治すことはできない。

 死んだ人間でも生き返らせることは俺のチート能力では不可能なのだ。


 ……本当にそうなのだろうか。


 怪我人の治療を終えた俺は自分の部屋に戻り、発狂する。



「う、あああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 壁や床に何度も拳を叩きつけ、頭を激しく打ち付ける。


 血が出ても関係ない。


 俺はどんな怪我でも『完全再生』を使えば一瞬で治療できてしまうから。

 死んでさえいなければ死ぬような怪我を負っていても治せる。


 もし、この力にもっと先があったなら。


 ローズマリーを死なせることはなかったかも知れない。



「う、ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!! くそっ!! くそがあっ!!」



 自分の顔に爪を突き立てる。


 肌が裂けようと、爪が抉れようと、耐え難い痛みが走っても何とも思わない。


 あの時、少しでも怪物の発見が早かったら。


 ほんの少しでもローズマリーから目を離さなかったら彼女は死ななかったかも知れない。



「……お父様」


「っ」



 俺は咄嗟に身体の怪我を治した。


 部屋の扉の方を振り向くと、そこには暗い顔色のローリエが立っていた。


 俺は努めて冷静に、できるだけいつも通りの声音で話す。



「お、おう、ノックも無しに入ってきちゃ駄目だぞ」


「……お父様……」


「ご、ごめんな。ちょっと疲れてる、から、ええと、休ませてくれるか?」


「……はい」



 俺は駄目な人間だ。


 怪物を一匹倒したからと思って調子に乗って、油断した。


 駄目な男だ。


 大事な女を守り切れず、自分だけのうのうと生きている。


 駄目な父親だ。


 ローズマリーを失って悲しいのはローリエも同じはずなのに、娘のことを気遣ってやることもできない。



「う、うぅ、ローズマリー、ぐすっ」



 俺はベッドで泣いた。


 全身から水分が無くなるのではと思うくらい泣きまくった。


 枕がびしょびしょだった。









 それから何日経っただろうか。


 窓の外を見れば、怪物に壊されてしまった街の復興が始まっている。


 ……俺も何かしないと。


 このまま部屋に籠っていても気が滅入るばかりでいいことはない。



「……お腹、減ったな」



 ここ何日かご飯を食べていなかった気がする。


 ローズマリーがいたら口の中に食べ物を突っ込まれたかもしれない。



「……厨房に何かあるかな……」



 俺は部屋を出て、城の厨房へ向かう。


 その道中、廊下の曲がり角の先から誰かが話している声が聞こえてきた。


 サリオンが誰かと話している。



「のう、どうにかならんのじゃ? レイシェルの小僧が凹んでおる姿を見ておれんのじゃ」


「そう言われましても……。私はあくまでも端末に過ぎません。そういう交渉は本体としてください」


「い、いや、儂はあやつと会うのが気まずくての」


「だからと言って、私にローズマリー様の蘇生方法を聞くのはお止めください」



 ローズマリーの、蘇生……?



「サリオン!!」


「のわあ!? レ、レイシェル、お主いつからそこにいたのじゃ!?」


「そんなことより、ローズマリーを蘇生する方法が、生き返らせる方法があるのか!?」



 俺はサリオンの肩を激しく揺さぶった。


 すると、サリオンが話していた女性は俺の手を止める。



「落ち着いてください、レイシェル様」



 その女性には見覚えがある。


 エリザが昔から連れ回している侍女のエフィリアだった。


 この人がローズマリーを蘇生させる方法を知っているのだろうか。


 俺は縋るような思いでエフィリアに頼み込む。



「お、お願いだ!! 死んだ人を生き返らせる方法があるなら教えてくれ!!」


「……確証があるわけではありません」


「それでもいいから!! 頼む!! お願いします!!」



 その場で土下座すると、エフィリアは困った様子で頷いた。



「私に出来るのは、方法を知っているであろう人物に貴方を紹介することだけです。それでも構いませんか?」


「あ、ああ!!」


「……分かりました。――設置」



 エフィリアが呪文を唱えると、目の前に大きな扉が現れた。


 どこか神々しく、後光が差している。



「この先にその人物がいます。サリオン様もついでにどうぞ」


「い、いや、儂は遠慮して――」


「貴女も行くのですよ、サリオン」


「アルカリオン!?」



 いつの間にかサリオンの背後にアルカリオンが立っていた。

 アルカリオンが抵抗するサリオンを抱き抱え、エフィリアの出現させた扉を潜る。



「ちょ、ま、待つのじゃ!! 儂はあやつと会いとうない!!」


「何千年夫婦喧嘩するつもりですか。いい加減に仲直りしてください」


「それを言うならお主も親子喧嘩の真っ最中じゃろうが!! ええい、はーなーすーのーじゃー!!」



 いまいちアルカリオンとサリオンの会話が理解できないが、俺も二人の後を追って扉を潜る。


 扉の向こう側は真っ白な空間だった。


 正面に上へと続く螺旋階段があるだけで、他には何もない。


 この景色、ずっと前に見たような気がする。


 でも思い出そうと思っても思い出せず、俺は先導するエフィリアに続いてアルカリオンたちと共にその階段を登った。


 先頭を進むエフィリアに迷いはない。


 この不思議な場所を知っているからだろうが、そもそも彼女は何者なのか。


 扉そのものは転移魔法のようなものだと分かるが、何故エリザの侍女であるエフィリアがそんな高度な魔法を扱えるのか。


 俺はエフィリアの正体を知っているであろうサリオンに訊いた。



「な、なあ、サリオン。一瞬のうちに色々あって気にしてなかったんだけど、エフィリアさんって何者なんだ?」


「い、今さらじゃな、お主。うーむ、なんと説明するべきか。エフィリアは駒というか何というか、一種の人造人間というか……」



 要領を得ないサリオンの解答に首を傾げていると、アルカリオンが代わりに答えた。



「以前、私が遠隔操作していたメイド姿の小さな私を覚えていますか?」


「ああ、メイドリオンか」


「あれと同じようなもので、エフィリアはある人物の分身体なのです。まあ、本体とのリンクは極めて弱く、半ば独立した別の人物ですが」


「えーと、なるほど?」



 駄目だ、半分も分からん。


 取り敢えずエフィリアの言う死者を生き返らせる方法を知っている人が凄い人と思っておこう。



「皆様、ご歓談はそこまでに」



 エフィリアが俺たちの方に振り向いて言った。


 どうやら色々話しているうちに、俺たちは螺旋階段を登り終えたらしい。


 階段を登った先にはまた一つ扉があった。


 その扉をエフィリアがゆっくりと押し、少しずつ扉が開く。


 その先で待っていたのは――



「あっ」



 そうだ。思い出した。


 前世の俺が死んでから一度訪れた場所。死後の世界。


 そこで俺に『完全再生』を授けた人物。



「デカ乳女神様だ!!」



 そう。


 扉を潜った先には、俺をこの世界に転生させためちゃくちゃおっぱいがデカイ女神様が待っていた。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「おばあちゃんが飼ってたイッヌを生き返らせたい」


レ「犬派なのか……」



「やったー!!」「ローズマリーが生き返る!!」「わいは猫派やで」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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