第95話 捨てられ王子、間に合わない
セラフィアが縛られて動けないヴァリエルをタコ殴りにしてしまった。
それはもうボッコボコに。
言動はともかく、見た目は綺麗なお姉さんの痛々しい姿に俺は思わず目を逸らした。
「はあ、はあ、アルカリオン様!! た、度重なる無礼をお許しください!!」
「ね、姉さん、どうしてそんな奴らに頭を垂れるのですか!!」
「黙ってなさい!! よりによって、どうして貴方は女神様の縁者に無礼な真似を!!」
「ふぇ?」
女神の縁者……。
このセラフィアという空の国の支配者は、ミタマ同様に何かを感じられるのだろうか。
「め、女神様の縁者……?」
「そちらの少年から漂う神聖なオーラが分からないのですか!! ましてやそちらの女性に至っては――」
「セラフィア」
何かを言おうとしたセラフィアを、アルカリオンが遮った。
「ひゃい!! な、なんでございましょうか!?」
「少しヴァリエルと話したいことがあります」
「ど、どうぞどうぞ!! 拷問でも尋問でも好きなだけどうぞ!!」
「姉さん!?」
「黙ってなさい愚妹!!」
う、うわあ。
妹を平然と差し出したセラフィアに俺は少し引いてしまう。
「少し聞きたいことがあります、ヴァリエル」
「な、何かな?」
「貴方がアガードラムーンに、我が国に攻撃を仕掛けたのは誰かに唆されたからだとセラフィアから聞きました。誰に唆されたのです?」
「そ、それは……」
ヴァリエルは言葉を詰まらせる。
「私の『眼』は全てを見通します。しかし、最近は見えない敵が多い。貴女を唆した相手も見えないのです。なので貴女自身の目で見たその何者かがどういう者だったが、覚えている限り教えてください」
「か、顔は見ていない。夜中に眠っていると、フードを被った女が私の部屋にいたのだ。その女が地上人の国が空の国を征服しようとしている、と」
「その者の名は聞きましたか?」
「あ、ああ、ファルナと名乗っていた」
俺はその名前を聞いて驚いた。
ファルナと言えば、アシュハラの鬼ヶ島で暗躍していた女だ。
「……坊や、嫌な予感がします。早急にアガードラムーンへ帰りましょう」
「う、うん、そうだな」
「セラフィア。また後日、暇を見て来ます」
「へぁ!? い、いやあ、その、可能ならもう来ないでほし――」
「行きましょう、坊や」
それから俺とアルカリオンはトンボ返りでアガードラムーンへ戻る。
アルカリオンが嫌な予感がすると言った。
そのせいか、俺も無性に嫌な予感がして胸の辺りがざわざわした。
「あ、城が見えてき――!?」
『加速します、坊や』
遠目に見えたアガードラムーンの新都を見て、俺は絶句した。
アルカリオンが音速を超える。
身体に砕けそうな、というか実際に砕ける衝撃を受けるが、俺は『完全再生』で治しながらひたすら耐える。
俺が絶句し、アルカリオンが加速した理由。
それは新都のあちこちから火の手が上がり、黒煙が上がっていたのだ。
俺とアルカリオンが留守にしてる間に何かがあったに違いない。
わずか十数秒で新都まで辿り着いた俺は、街中で暴れる奇っ怪な生物に目を瞬かせた。
「な、なんだ、あの生き物!?」
一見するとスライムのような不定形の生物。
しかし、普通のスライムとは違ってゼリー状の身体に目や牙が所々生えている。
いくつか種類があるようで、地を這うタイプや翼を羽ばたかせてワイバーンを駆る竜騎士に襲いかかるタイプもいた。
何あれ気持ち悪い!!
『坊や、耳を塞いでください。まとめて消し飛ばします』
「あ、うん!!」
『ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!』
アルカリオンが咆哮を上げる。
大きな口の中に絶大な魔力と光が収束し、怪物たちに放たれる。
空の国に放ったような日焼け程度の痛みを与える嫌がらせ攻撃ではなく、敵を抹殺するための本気のブレス。
それはレーザーの如く直進し、途中で無数に分裂して怪物のみを狙い穿った。
す、すっげー。
でも怪物が一瞬で蒸発してしまった。もう一安心だろう。
『坊や、まだ終わってませんよ』
「え? うわ、なんか破片が一つにまとまって合体しやがった!?」
レーザーが直撃した怪物は蒸発したが、辛うじて残っていた部位同士が寄り集まって巨大な怪物となる。
スライムですら身体の半分が蒸発したら絶命するというのに……。
まじで何なんだ、この生き物!!
『この世界の生物ではありませんね』
「え? それって、どういう……?」
『詳しい話はあとでしましょう。私はあの大型を仕留めます。坊やは地上で怪我人の手当てを』
「あ、お、うん!!」
俺はアルカリオンの背から地上に下ろされて、新都を走った。
建物はかなり破壊されているが、死体はない。
怪物の襲撃に気付いて無事に避難したのだと思いたい。
「皆、無事でいてくれ!!」
有事の際の避難場所となっている城に向かう。
多分、戦場にいた頃よりも遥かに速いスピードで走ったと思う。
道をいくつか曲がり、城が見えてきた。
城の前ではアルカリオンの分裂するレーザーを免れたであろう怪物が真っ赤な髪色の美女と戦っている。
「ローズマリー!!」
「っ、レイシェルか!!」
ローズマリーは苦戦しているようだった。
怪物のゼリー状の身体には酸のような性質があるのだろう。
彼女の肌の一部が爛れていた。
「俺のローズマリーから離れろ!!」
俺は全力疾走からの跳躍で怪物に飛び蹴りを噛ました。
きっと状況に理解が追いついていなくて、混乱していたのだろう。
うむ、ゼリー状の相手にドロップキックしても無意味だよね。
俺は怪物の中に取り込まれてしまった。
肌が焼けるように痛い。じゅー、という溶けるような感覚に襲われる。
「レイシェルぅ!?」
ローズマリーが顔面蒼白になる。
しかし、全身を溶かされようが脳ミソが無事なら何ともない。
俺は『完全再生』を発動した。
怪物が俺の身体を溶かすスピードよりも、俺が身体を治す方が早い。
凄まじい激痛に襲われるが、それだけだ。
「レイシェル!! 核を破壊しろ!! スライムと同じようにそれが弱点だ!!」
「コクコク!!」
俺はローズマリーの言葉に頷いて、怪物の身体の中にあった野球ボールくらいの大きさの核を破壊した。
核を失ったからか、怪物が形を失っていく。
危うく全身を溶かされてしまうところだったが、どうにか助かった。
「ぷはあっ!!」
「この馬鹿者!! 死んだらどうするんだ!!」
「あ、あはは、ごめんごめん。って、俺のことより皆は!?」
「お前という奴は……。安心しろ、皆無事に城の中へ避難している。怪物たちに襲われて重傷の者もいるが、今のところ死者はいないはずだ」
「なら急いで治療しないと!!」
俺は城の中へ駆け込もうとして、一瞬。
本当に一瞬だけローズマリーから視線を外して、再び視線を戻した。
その時に俺は気付いた。
ローズマリーの背後にいつの間にか怪物の姿があったのだ。
今度はゼリー状ではなく、まるで人のような形だった。
その怪物は両腕は刃物のように鋭く尖っており、今まさにローズマリーへ振り下ろそうとしていた。
俺は叫ぶ。
「ローズマリーッ!! 後ろッ!!!!」
「っ、くっ」
俺は体当たりをしてでもローズマリーを突き飛ばすつもりだった。
でも、そうはならなかった。
逆にローズマリーが俺を守るように蹴り飛ばしてきたから。
「レイシェル、ローリエを頼むぞ」
ローズマリーは穏やかな笑顔でそう言った。
次の瞬間、ローズマリーの笑顔は縦に切り裂かれてしまう。
「あ……うあああああああああッ!!!!」
俺は怪物を無視してローズマリーに駆け寄る。
大丈夫だ。まだ『完全再生』が間に合う。絶対に間に合わせる。
でも、ああ、駄目だった。間に合わなかった。
ローズマリーは、俺が治す前に完全に絶命してしまっていた。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうどもいい小話
作者「実は作者はこういうヒロインが死ぬ展開が大好き。でも同時にハッピーエンド厨。安心したまえ」
レ「信用するぞ? 嘘吐いたら千切る」
「嘘だと言って」「急な激重展開やめて……」「作者、信じるぞ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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