第93話 捨てられ王子、キレる





「おい、いつまでだらけている。掃除の邪魔だ」


「あー、うん。ごめんねー」



 メイド服を着こなしたヘクトンが、モップの柄でソファーに寝転がってだらんとしているIの脇腹を突く。


 しかし、Iは謝罪こそ口にすれど動こうとしなかった。


 否、動く気力がなかった。



「はあ、最悪だ……。今まで上手くやってきたのにドジった。なんであそこにレイシェル君がいるかな」


「おい、あいつの名前は口にするな」


「ごめんねー。でも、こればっかりはなあ。あそこにレイシェル君がいなかったら、今も動けたんだけど……」


「ただ怠けているだけだろ。掃除の邪魔だ」


「酷いなー。ちゃんと説明したじゃん。私の体調不良には理由があるんだって」



 Iが天井を見つめながらぼやく。



「同一存在が同じ次元、同じ時間軸にいるのって本来は有り得ないことだからさ。誰かに観測されちゃった時点で修正力というか、運命力というか、本来あるべき形に戻そうとする力が働く。その場にいないはずの方が消滅しちゃうの」


「小難しい話は分からん」


「要するに私の寿命が一気に短くなったってこと。というわけでヘクトンちゃんにお願いがあります」



 ヘクトンが掃除の手を止め、Iを睨んだ。


 そして、Iが何かを言う前に首を激しく横に振った。



「僕は絶対に何もしないぞ」


「そう言わずにさー。世界を秘密裏に救っちゃうヒーローになる気はないかね?」


「ない」


「ありがとう、流石は私が見込んだ男だ。あ、今は女の子だけど」



 Iの発言に対し、青筋を浮かべるヘクトン。



「……聞くだけ聞いてやる」


「なに、簡単な話だよ。私の代わりに動いて連中の動きを潰してほしい。今ごろ邪魔をしてきたレイシェル君の抹殺を目論んでいるだろうから、彼の護衛を――」


「絶対に断る。むしろ僕が奴を殺してやる」


「もー。大好きなママを奪われたからってそうカッカしないの」


「カッカなどしていない!!」



 顔を真っ赤にしながらも、ヘクトンは掃除の手を緩めなかった。


 そんなヘクトンにIが真剣な声音で言う。



「ま、別にいいけどね。もし君が動いてくれないなら皆が死ぬだけ。レイシェル君も私も、君すらも」


「……なんだと?」


「忌々しい侵略者からこの世界を守るためには、速やかな兵器の発展と種族を越えた一致団結が必要不可欠。前者は達成した。奴らの技術を使うのは癪だし、それなりの数が死んだし、奴らの目的達成を手助けしてしまったことは否めないけどね」


「……奴ら、というのはお前が接触してくる前に僕に近づいてきた奴か?」


「そ。あれは尖兵だけどね」



 ヘクトンは思い出す。


 異世界人を召喚したらいいと提案してきた得体の知れぬ相手を。


 今になって考えれば、そんな相手の言葉に耳を傾けた自分を不思議に思うヘクトン。



「でもそうしなきゃ、魔法やワイバーンだけじゃ、私たちは奴らに太刀打ちできない。アガードラムーンだけが強くても意味がない。人類が大幅に文明を発展させる必要がある。そのための戦争、アガードラムーンで起こった反乱だ。後者の一致団結に関しては奴らが現れれば自然と達成できる。でも、それはレイシェル君が生きていることが前提だ。彼が死ねば人類滅亡エンドさ」


「僕に転移石を持たせてレイシェルを異大陸に飛ばし、殺そうとしてた奴が言う台詞とは思えないな」


「あ、ごめん。それは君を利用するための方便だから。レイシェル君は女の子が相手なら基本的に仲良くなれる。あの大陸の住人は大半が女の子だし、下手に反乱に巻き込んで死なれちゃ嫌だから一時的に隔離しただけ」


「……今日は随分と余裕がなさそうだな。急に聞いてもいないことを話し始めてどうした?」



 そこまで言われてIが口を噤む。



「……たしかに、話しすぎちゃったね。ま、私にしか『視る』ことができない未来があるってこと。あと数年で奴らがやってくる」


「……」


「私はもう後悔したくない。ママもローズマリーも、誰も死なせたくない。独りは嫌だからさ」



 Iはフードを深く被っており、ヘクトンには表情が見えなかった。


 しかし、その声音から暗いものを感じ取る。


 ヘクトンは心底嫌そうに、大きな溜め息を吐いた。


 そして、掃除道具を片付け始める。



「はぁー、チッ。不服だが、今回は従ってやる。僕は何をすればいい?」


「お、さんきゅー!! やっぱ持つべきものは優秀な下っ端だね!!」


「お前、いつか殺すぞ」



 急に元気な様子を見せるIに、ヘクトンは明確な殺意を抱くのであった。















「こっちから宣戦布告したぁ!?」


「はい。レッツ開戦です」



 アルカリオンが相変わらず無表情のまま、とんでもないことを言った。


 と、流石に言葉が足りないと思ったのだろう。


 ローズマリー自身も困惑していたが、アルカリオンに詳しい説明を求めた。



「母上、一から説明してください」


「……端的に言えば、ペガサスに乗ってきた騎士たちは先遣隊であり、こちらの威圧が目的だったようです。彼らは空の国の住人を名乗り、自らを女神の寵愛を一身に受ける天の使いだと称しました」


「天の使いって、天使ってこと?」


「……ふむ。実際に騎士たちには翼が生えてましたし、そうですね。空の国の住人を天使と呼称しましょうか」



 アルカリオンが手をポンと叩いて言う。


 いまいち状況は理解できないが、アルカリオンは話を続けた。



「彼らの主張は『空に生きるのは我らのみで十分。猿は地を這え』というもの。要するに、空は女神に愛されている自分たちのものなので地上人は大地に土でも食ってろ、ということです」


「え、えぇ……。いや、でもこの場合はこっちが領空侵犯? してるんじゃ?」


「いえ、今回は開き直ります。彼らは空を自分たちの領域と主張しながら、今まで存在を外界にアピールしてきませんでした。悪いのは向こうです」



 アルカリオンが淡々と言う。


 しかし、今回はアシュハラの領海を侵犯してしまった時と状況が近い。


 にも関わらず、アルカリオンはヤる気だ。


 前回と今回でアルカリオンの態度がこうも違う理由が分からない。



「アルカリオン、天使たちに何か言われたの?」


「先遣隊を率いていた者が接触してきた際、口説かれました」



 ……は?



「詳しく聞いてもいい?」


「はい。軽薄そうな天使でした。私を下卑た笑みを浮かべながら舐め回すような目で見てきました。終いには『君はオレの女にして特別に空の国に住まわせてやってもいい』と言われました」


「……アルカリオンはどう答えたの?」


「当然ですが、既婚者ということを理由に断りました。すると、その者は『どうせつまらない男だろ、捨ててしまえ。女の悦びを教えてあげよう』と言いやがりました。私の可愛い坊やを侮辱しました。なので滅ぼします」



 ……なるほど。


 一通り話を聞いたところで、ローズマリーが難しい顔を見せる。



「し、しかし、母上。敵方の戦力は全くの未知数です。こちらもある程度余裕ができたとは言え、せっかく回復した国力を消耗してしまうのは得策ではないかと。レイシェルもそう思うだろう?」


「ローズマリー。俺には許せないことが二つあるんだ」


「ん? レ、レイシェル?」



 俺は静かな怒りを抱いていた。



「一つはローズマリーたちを、大切な人たちを害されること。それともう一つは――」


「も、もう一つは?」


「――俺から女を奪おうとすること!! アルカリオンに言い寄った野郎は一回ぶっ殺してやる!!」


「な、お、落ち着け、レイシェル!! 母上もですよ!! レイシェルを侮辱されて腹立たしいのは分かりますが、戦争は反対します!!」


「ローズマリー。たしかに貴方の言う通り、私の個人的な感情で民を巻き込むわけにはいきません」



 と、そこでアルカリオンはローズマリーの意見に反対することなく頷いた。


 そうだな。たしかに戦争はよくない。


 俺も勢いでぶっ殺すとは言ったが、人殺しなんて真っ平だ。


 可能なら誰も殺さず、この問題を解決したい。



「なので私が竜化し、ちょっと空の国を焼いてきます。ああ、ご安心を。本気で滅ぼすつもりはありません。ちょっとした嫌がらせです」


「俺も行くよ、アルカリオン」


「……ふむ。坊やがいるなら多少加減を間違えても大丈夫ですね」



 アルカリオンが無表情ながら、どこか悪い顔をしながら言った。


 多分、俺も悪い顔をしていると思う。



「ああ、これはもう止まらない……」



 その場でただ一人。


 ローズマリーだけは遠いどこかを見つめて黄昏ているのであった。









―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「アルカリオンを口説いた奴が男だとは名言していない。あとは分かるね?」


読者「「「「「!?」」」」」



「次は天使っ娘か」「オレっ娘っていいよね」「あとがきに読者が出てきて笑った」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る