第81話 捨てられ王子、挟まれる
マスラの身体を介して、何者かが話している。
その声音は良く言うなら無邪気だったが、どこか禍々しいものを感じさせた。
「マスラを傀儡にし、鬼の姫様を呪い殺してアシュハラを攻め込む。アシュハラの獣人どもを生け捕りにして実験に使おうと思ってたけど、全部台無しだよ」
「そこにいるのは誰ですか? 妾の配下に何をしたのです?」
「んん? 何って、簡単だよ。呪い殺して生前の記憶を植え付けた肉人形にしたのさ。本人は自分が死体であることにも気付かないからね」
何者かがトモエの問いに嬉々として答える。
「どう? ボクって凄――」
「黙りなさい」
トモエが凄まじい威圧を放った。
それは思わず呼吸を忘れてしまうほど重苦しい威圧だ。
怒り狂った時のアルカリオンを彷彿とさせる。
「妾の配下を殺したと、そう言ったのですか? よろしい。ならばその命を以ってマスラへの手向けとしましょう」
「ふ、ふふ、あはははは!! できるもんならやってみたらいいさ!! できるもんならね!!」
その時だった。
天井から何か巨大な影が落ちてきて、マスラを踏み潰してしまったのだ。
それは、大きな足だった。
「いやあ、本当に苦労したよ!! このでっかい鬼人を洗脳するのは!!」
崩れた天井から、マスラを操っていた何者かと同じ口調の声が聞こえてきた。
俺は天井の穴から外を見やる。
すると、そこには目に光のないでっかいギャル鬼っ娘ことスズがいた。
その目は虚ろで感情を感じさせず、まるで人形のようだった。
そして、スズの肩に乗る外套をまとう女が一人。
「スズ!! あんたはん、何してんの!?」
「……」
「あははは!! 無駄だよ、無駄無駄!! こいつはボクの力で洗脳済みさ!! もう自由意志などない!! ……本音を言えばこいつも傀儡にしたかったけど、時間がなかったからね。ま、欲張らないのは大事なことだよね」
……正直、何が起こっているのか分からない。
マスラはアシュハラを襲った主犯で、ラピの脚の腱を切った酷い奴だ。
庇うつもりは微塵もない。
でも、だからと言って亡骸を弄られていい理由にはならない。
「ほーら!! お姫様も邪魔者もまとめて踏み潰しちゃえ!!」
スズが脚を大きく持ち上げ、勢いよく踏み潰そうとしてくる。
真っ先に動いたのはイバラだった。
人間では有り得ない跳躍力でスズの肩に乗る女の眼前に飛び出し、躊躇なくその首を狙う。
「うわ、危な!?」
「スズを元に戻しぃ!!」
「やだね。せっかく使える駒が手に入ったんだ、ミスミス手放すわけないじゃん!! ほら、どんどん潰しちゃえ!!」
「――は? やだけど」
「え?」
「は?」
フードの女とイバラが間の抜けた顔を見せる。
「は? え、なんでボクの洗脳が解けて!? 魂を直接縛ってるはずなのに!?」
「俺が治した」
俺はスズの脚に触れて、『完全再生』を発動していたのだ。
今までなら異常のある部位に触れている必要があったわけだが……。
多分、能力が成長したのだろう。
行けると思ったのでやってみたら上手いことできてしまった。
「はあ!? ふ、ふざっけんな!! お前は患部に直接触れなきゃ治せないんじゃなかったのか!? 魂すら治せるなんて情報はなかったぞ!?」
「……俺のことに詳しいみたいだな」
ファルナが何者かは知らないが、やったことの責任は取らねばならない。
正気に戻ったスズがファルナを鷲掴みにした。
ファルナが「ぐぇ!?」と蛙のような悲鳴を上げた次の瞬間、地面に叩きつけられる。
スズはプンプンと頬を膨らませていた。
「あーし何も覚えてないけど、酷いことされたのは分かんだからね!!」
「く、くそがぉ……」
最後に恨み言を吐いてファルナは気絶した。
「妾たちの勝ち、でいいのですよね? 何というか、あっさり勝ちましたわね」
「まあ、お兄はんとこの女の相性が悪かったんですわあ」
「あんがとー、レイち!!」
俺はスズに優しく持ち上げられて、人差し指でナデナデされる。
お、おうふ、ギャルの距離感は慣れないな。
しかし、改めてみるとスズの身体は中々どうしてグラマラスだなあ。
身長が30メートルはあるから、あのおっぱいに全身を挟まれたりとか、そういうこともできるのだろうか。
などと下心のある目で見ていたのがバレたのかも知れない。
「レイち、あーしのおっぱい見すぎ!!」
「あ、ごめん」
「んー、でもレイちも男の子だもんね。助けてもらったし、少しくらいなら好きにしてもいいけど」
そう言いながらスズが頬を赤らめる。あらやだ、可愛い。
「是非お願いします」
「めっちゃ正直じゃん、ウケる。特別だよー?」
スズが俺を自ら谷間に挟み、そのままぱふぱふしてくれた。
はい、極楽です。
俺がしばらくスズのぱふぱふを満喫していると、不意にイバラが空を見つめて「あっ」と呟くように言った。
「何やの、あれ?」
イバラが指差す先を見る。
その先には、まるで丸いお皿をひっくり返したような飛行物体があった。
誰がどう見てもUFOである。
以前、那由多ががっかりしていたイェローナ考案の空中戦艦。
俺が設計図で見たものと瓜二つの空飛ぶ船が鬼ヶ島へと迫っていた。
「あ、迎えが来たっぽい。おーい、ここだよー!!」
スズの頭の上に乗せてもらって大きく手を振る。
きっと拐われた俺を救出に来たのだろう。事情を説明しないと。
「む、むぅ、何という超技術。空の上では妾たちが逆立ちしても蹂躙されるだけですね……。鬼ヶ島の鬼人たちには抵抗しないよう命令しておきましょう」
「あんなもんがあるなんて知らへんかったわあ」
「すごーい!! あの空に浮いてるやつ、あーしよりでかい!!」
と、三者三様な反応を見せる中。
俺たちがファルナの姿が消えていることに気付いたのは、もう少し後のことであった。
◆
「はあ、はあ、くっそ、アイツら!! このボクを虚仮にしやがって!! 次は殺す!! 鬼人も、あのクソチビ男も!!」
ファルナは怨み節を吐きながら、腹這いになって逃走を図っていた。
レイシェルたちがUFOに気を取られていることが幸いしたのだ。
もうすでにそれなりの距離を移動し、あとはあらかじめ用意しておいた船で鬼ヶ島を脱出するのみ。
「ふふふ、いいさ。今回は負けを認めてあげるよ。最後に勝てばいいんだからね!!」
「君に次なんか与えるわけないでしょ」
「がふっ、え?」
ファルナの胴体を誰かの腕が貫いた。
「だ、誰だ、おまえ……?」
「……名乗るほどでもないし、この顔を見たところで君には理解できないと思うよ」
ファルナの背後に立っていた女は、深く被っていたフードを外して顔を見せる。
「お、おまえ、は……」
「仇敵の一人をこの手で始末できて嬉しいよ。まあ、どうせ肉体を捨てて魂を別の肉体に移すんだろうけどさ」
ファルナがその顔を確認する前に絶命した。
しかし、ファルナの亡骸が淡い光を放って端から粒子となって消えてしまう。
それを静かに見つめるのは――Iだった。
「それにしても、まさか彼が鬼人に捕まってこいつを追い詰めるとは思わなかったなあ。こいつがここにいることも想定外だし、計画を一から練り直すべきかな? ……いや、でもそんな余裕はな――」
と、その時だった。
いなかなったファルナに気付いて探しにきたであろう一人の男にIは見つかってしまう。
「ここにもファルナがいない!! あいつどこに逃げやがったんだ!? って、あれ?」
「っ、やばっ」
「こんなとこで何やってんだ?」
焦っていたIは深く被っていたフードの中を見られてしまった。
「アイルイン?」
「……ひ、人違いじゃないかな? さ、さよなら!!」
Iはフードを被り直し、慌ててその場を離脱するのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「秒で倒される黒幕っぽいキャラに全作者が泣いた」
レ「そんなことより展開が気になる」
「巨大っ娘のおっぱいに挟まれるのは男の夢だよね」「Iがアイルイン!?」「展開が気になる!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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