第80話 捨てられ王子、お姫様に懐かれる





「あ、あの、姫様?」


「嫌ですわ、レイシェルさま。妾のことはどうかトモエとお呼びくださいな」



 俺は鬼人のお姫様改め、トモエにめちゃくちゃ懐かれてしまった。


 いや、懐いてくれることは嬉しい。


 さっきから角がグサグサと頬に刺さっているが、そこは別にいいのだ。


 問題は――



「ふふふ、貴方様こそ妾の運命の人♡ 妾たちの愛を引き裂こうとする者は――ゼッタイにユルサナイ♡ 物理的に引き裂いてやります♡」



 目がヤバイ。キマッてる。


 今まで沢山の美少女美女を見てきたが、多分一番ヤバイ目をしてる。



「あの、イバラさんイバラさん。助けて」


「んふふ」


「あ、助ける気ない目してる……」



 近くで俺とトモエを見守っていたイバラに助けを求めるが、実にいい笑顔でスルーされてしまった。


 さっき俺を好きとか言ってたじゃん!!


 俺のことが好きなら助けてくれてもいいと思いますけど!?


 い、いや、落ち着こう。


 まずはトモエに俺に複数人の妻がいることや、他にも多くの女性と親しい仲であることを説明せねばなるまい。



「えーと、トモエ。その、実は俺、既婚者なんだ。妻が何人かいるし、それ以外にも親しい女性がいて――」


「……」



 うわー!! 目が怖い!! 瞳孔が開き切った怖い目をしてる!!



「なるほど。つまり、その方々を妾が倒せばよいのですね?」


「よくないのです!! いや、その、だからほら!! 俺ってクズなんだ!! トモエは可愛いし、きっと俺よりいい男が見つかるはずだよ!!」


「まあ♡ 可愛いだなんて♡ 妾は嬉しくて胸がドキドキしてしまいます♡」



 ダメだこのロリ鬼っ娘。


 自分に都合のいい言葉しか聞こえない耳をお持ちでいやがる。



「……トモエ。真面目な話、俺は貴女と恋仲になることはできません」


「まあ、何故ですの?」


「何故って……」



 明らかに目がキマッてるから。


 さっき仲を引き裂こうとする奴らを引き裂いてやるとか言ってたから。


 別にトモエが守備範囲外だからとか、そういう理由ではない。

 サリオンやクリントのようなロリっ娘も抱けるし、ラミアも抱けるからな。


 しかし、万が一俺の女たちに危害が加えられるようなら許容することはできない。


 ローズマリーや、そのお腹にいる子に何かあったら俺は絶対に許さないし、地の果てまで追い詰める。


 だからトモエのさっきの発言は怖いのだ。


 俺はその旨を説明し、改めてトモエの告白を断ろうとしたら。



「まあ!! それは心外です、レイシェルさま!!」


「え?」


「妾、貴方様の大切な人を傷つけるほど野蛮な女ではありません!!」



 え? んん?



「でもさっき、仲を引き裂く奴は物理的に引き裂くって……」


「ええ、裂きますわ。妾とレイシェルさまを邪魔する者は八つ裂きにします。その上で煮て魚の餌にしてやるのです」


「ひぇっ」


「でもレイシェル様に奥様方や愛人様方がいるとして、それが妾とレイシェル様の仲を裂くことになるとは思いません。むしろ、妾は夜の情事に疎いので教えを乞える方がいるのはありがたいことです。紛らわしいことを言ってしまったのは謝罪しますね」



 あれ?


 もしかしてトモエって、目がキマッてるだけで凄くいい子なのでは?


 と、そこでイバラがくすくすと笑った。



「んふふ。姫様は言動が危ないだけやさかい、お兄はんが心配するようなことはあらへんよ」


「イ、イバラ……」



 イバラが俺を助けなかった理由が分かった。


 さてはイバラ、俺があわてふためく様子を見て面白がっていたのだろう。


 この性悪鬼っ娘め!!


 イバラは俺の批難の目を気にもせず、トモエの方を見て片膝をついた。



「トモエ様」


「皆まで言わずとも分かっています、イバラ。妾が昏睡状態に陥り、マスラ辺りがアシュハラを襲い始めたのでしょう?」


「……左様でございます」


「マスラは妾の言うことなら聞きますし、話せば分かる子です。ただ、問題はマスラの側近、外界から招いた女です」


「?」



 話についていけず、俺は首を傾げる。


 マスラの側近というのは、さっき祭壇部屋に来る途中でイバラが言ってた厄介な相手という奴か。

 外界から招いたということは、鬼人じゃなさそうだな。



「妾が眠っていたのは、マスラの側近が渡してきた杯を使ったからです」


「っ、まさか毒を……?」


「いえ、さっき確かめましたが、毒を塗った後や塗られた後はありませんでした。妾が眠ってしまった後で隠滅したのかもしれませんが……とにかくその杯を使った途端に身体が気だるくなり、眠ってしまったのです」


「あ、毒じゃないよ」


「「え?」」



 俺は二人の間に割って入ることを申し訳なく思いつつ、そこはハッキリ言うべきだと思った。



「毒やあらへんて?」


「トモエが眠っていた原因は毒じゃなくて、呪いだよ。前も同じ呪いを見たことがある」



 忘れもしない。


 何故ならトモエを蝕んでいた呪いは、アルカリオンやオリヴィアの身体を蝕んでいたものと全く同じだったから。


 じわじわと対象を弱らせ、殺す呪い。


 ただ、呪いの強さはアルカリオンにかかっていたものほど強力なものではなかった。


 オリヴィアにかかっていた呪いと同じ威力だ。



「つまり、お兄はんの嫁はんを呪い殺そうとした奴とうちの姫様を殺そうとした奴は同一犯、そう言いたいんやね?」


「うん、可能なら捕まえたい。末端だったら情報は持っていないかもだけど……」



 大切な妻を狙う輩を放置するつもりはない。



「では参りましょうか」


「え? どこに?」


「マスラたちを〆に」



 可愛らしい笑顔でバイオレンスなことを言うトモエがちょっと怖い。


 というわけでマスラのところへやってきた。



「ト、トモエ様!? 目が覚めたんで!?」


「はい、妾のことで心配をかけさせてしまいましたね」


「い、いえ!! とんでもねぇです!! おではトモエ様が目覚められただけで満足でさあ!!」


「ふふ、ありがとうございます」



 マスラは本当にトモエを慕っているようだった。


 イバラと話している時は怖いくらいガンを飛ばしてきたのに、今は借りてきた猫のように大人しい。


 むしろ怖いのは……。



「それはそうとマスラ。貴方、妾が寝ている間に随分と好き放題やっていたようね?」


「っ、そ、それ、は……」



 慕う主の復活は喜ばしいが、自分のやってきたことが人と友好的な関係を目指すトモエの意志に反することだと理解しているのだろう。


 マスラはガクブルだった。


 そこまで怯えるくらいなら最初からやらなければいいのに……。


 まあ、鬼人って強い奴が正義、みたいな考え方が当たり前みたいだし、トモエが目覚めなくなって調子に乗ってしまったのだろう。


 自分が一番になったら好き放題したくなる気持ちは分かるけど。


 幸いイバラのお陰で獣人たちが食べられることはなかったし、まだ鬼ヶ島とアシュハラの関係は修復可能な範囲だろう。



「でや、マスラはん。あんたはんの側近はどこにおるん?」


「ん? ファルナのことだか? 知らね。あいつたまにふらっといなぐなるからよ」


「はあ、ほんまにボンクラは困るわあ。そのファルナはんが姫様を殺そうとした犯人なんよ?」


「ん、んだど!? あ、あの女ァ!!」



 異常が起こったのは、その時だった。



「んぁ? がっ、ごふっ」


「「「!?」」」



 マスラが口から大量の血を吐き出したのだ。


 その尋常ではない出血量に驚いたが、俺は咄嗟にマスラに触れて『完全再生』を使う。


 しかし、何も起こらなかった。



「があ!! な、なんだぁ、ご、ごれ、おで、どうなって!?」


「……る」


「お兄はん!! はよマスラはんを治したってぇな!!」


「む、無理だ。俺には、どうにもならない」



 俺の動揺が伝わったのだろう。


 イバラとトモエがどういうことかと詰め寄ってくるが、どうにもならないものはならない。



「俺の『完全再生』は、物でも人でも元に戻すことができる。でも、死んでる人間は生き返らせられない」


「は?」


「どういう、ことですの?」


「マスラは死んでる。生きてる、死体なんだ」



 戦場で何度も味わった感覚。


 まだ間に合うと思って死者に『完全再生』を使った時のような手応え。


 間違いない。


 マスラという鬼人はとっくに死んでいる。目の前にいるのは、どういうわけか意識がある死体なのだ。


 あまりにも意味が分からなくて困惑していると。



「いやはや、またしてもボクの邪魔をしてくれるとは」



 マスラがさっきまでとはまるで違う口調で、別人のように話している。


 そして、聞いてもいないのに語り始めた。






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「激重ヤンデレも好きだけど、ほどよい重さのヤンデレが好き。関係ない人を傷付けないヤンデレに傷つけられたい」


レ「このマゾヒストめ……」


作者「何か問題でも?」



「ロリヒロインだ!!」「珍しくシリアスな展開」「開き直る作者が清々しい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。


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