第79話 捨てられ王子、既視感を感じる





「さて。全員の治療が終わったことだし、脱獄計画を立てよう」


「ほなら大声で話すのはやめた方がええと思うわあ」


「……」



 獣人たちの脚を治療したことで、皆が動けるようになった。

 なので脱獄するための計画を立てようとした矢先の出来事である。


 早速、イバラに見つかってしまった。



「……ま、まだ実行してないし。計画だし。なんなら立てる段階だし」


「んふふ」


「ひぇ!? あ、あのぉ、こ、これは……お、俺に手を出したら大変なことになるぞ!!」


「この状況で脅すのは予想外やわあ」



 俺の必死の抵抗も虚しく、イバラは俺を引っ張って牢屋から出した。


 やっべぇわ。まじやっべぇわ。


 これもしかしなくても殺されるのでは? 土下座したら許してくれないかな。



「あ、あの!! 待ってください!! レイシェル様に酷いことしないでください!!」



 というところで、ラピが震えながらイバラに待ったをかけた。


 は? 女神かよ。


 いつの間にか呼び方が『さん』から『様』になっているのは気になるが……。


 目に涙を浮かべながら訴えるラピに対し、イバラは邪悪さを感じさせない、どこか困ったような笑顔で答える。



「別に取って食ったりせぇへんよ。ちょっとしたお願いがあるだけやわあ」


「ほ、本当ですか?」


「ホンマやで。うち、嘘は言わへんよ?」



 まるで子供を宥めるような、どこか温かい眼差しでラピを見つめ、頭を撫でるイバラ。


 ラピにイバラのことを聞いた時は半信半疑だったが、たしかにラピに対してはあまり怖い顔を見せないようだった。



「ほな行こか」



 俺はそのまま引きずられ、再びどこかへ連れて行かれる。


 やばいなー。怖いなー。



「あの、イバラさん。俺はどこに連れて行かれるんでしょうか?」


「最初に言うた通りやわあ。お兄はんに治してもらいたい御方がおるんよ」


「御方って、偉い人なのか?」



 俺の問いに対し、イバラは丁寧に答える。



「鬼ヶ島の頭領、鬼人の姫君やわあ。その御方が原因不明の病を患って倒れてもうたんよ」


「原因不明の病?」


「厄介なんは、うちら鬼人は一枚岩やあらへんってこと。姫様は獣人とも人間とも仲良くしたい。でも、一部の鬼人は獣人や人間を食いたい」


「……なるほど、合点が行った」



 俺はイバラの言いたいことを理解して頷いた。


 イバラはその姫様派、つまりは人間と仲良くしたい派ということか。



「じゃあ今、鬼ヶ島で実権を握っているのは人を食べたい派ってことか?」


「せや、姫様が倒れてから調子乗りよってなあ。ほんま気に入らへんわあ。別に人やのうても家畜の血肉でもうちらは生きられるちゅうに」


「……友好的な鬼人、か」



 たしかにその姫様とやらを治療したら、鬼ヶ島の鬼人たちはアシュハラに攻撃をしなくなるかも知れない。


 友好的な関係を築くこともできるはず。


 問題は姫様を治したところで、姫様を邪魔に思う奴らが一定数いることか。


 いや、もしかして原因不明の病というのも……。



「というかイバラさんって、人を食べたい派じゃないんですか? 出会い頭に目潰ししようとしてきたよね?」


「んふふ。うち、惚れてもうた男はイジめ尽くしたいんやわあ」


「怖っ。……え、惚れ?」


「前にこっそりアシュハラまで花見に行った時、お兄はんが決闘しとるとこ見たんよ。ほんま、素敵やったわあ。あないな血まみれになって、さぞ痛いやろうに。でも全然怯まへん、退かへん。せやから――」


「!?」



 急にこちらに振り向いたイバラが、俺の胸板を細くしなやかな指で撫でる。


 あひっ、ちょ、くすぐったい!!



「うち、惚れてもうたわあ。思わず食べたなってまうくらい」


「そ、それはどっちの意味で……?」


「両方」


「……お、俺、き、既婚者ですから……」



 食われる。このままでは両方の意味で。


 トーカに食欲を向けられることはあったが、何というか。


 イバラはもっとヤバイ気がする。


 俺は既婚者であることを理由にイバラのアプローチを断ろうとするが……。


 どうも俺には逃げ場がなかったらしい。



「んふふ。うち、そこそこお兄はんのこと調べたんよ。浮気ばっかしとるさかい、そないな言い訳されても説得力あらへんで?」


「ひぇ!?」



 美少女にモテるのは嬉しいけど、イバラはちょっと怖いんだけど!!



「ま、冗談はさておき……。しばらく黙っといてな」


「え、あ、はい」



 イバラが急に険しい顔を見せる。


 その視線を辿ると、俺たちのいる通路の反対側から大柄な鬼人が歩いてきた。


 筋骨逞しい鬼人だった。



「あ? イバラでねぇが。何してんだぁ?」


「嫌やわあ、マスラはん。あんたはんにいちいち行動を報告せなあかん理由なんてあらへんやろ?」


「……調子に乗るんでねぇど。姫様が病に伏せってる今、偉ぇのは一番強ぇおでだ」


「はいはい、せやな」



 イバラとバチバチに睨み合う鬼人。


 威圧感が半端なく、俺は居心地の悪さを感じながらも黙っていろと言われたので黙っていると。



「あ? んだ、その人間は」


「うちの新しい獲物やさかい。手ぇ出したら殺すで?」


「野郎の肉にゃ興味ねぇだ。やっぱ人間は女だべ。女のガキが一番うめぇだ」


「地下牢の奴らもうちの獲物やさかい、食ったら殺す」


「……ふん」



 互いを牽制しながら睨み合い、すれ違う。


 ようやく緊張が解けて、俺は思わずその場でへたり込みそうだった。


 イバラが笑う。



「んふふ、ようマスラはんの威圧に耐えたわあ。流石、うちが惚れた男や」


「な、何者なんだ、あの鬼人。威圧感が凄かったぞ」


「現鬼ヶ島最強の鬼人、マスラ。人食い派筆頭やけど、あれはただの馬鹿やさかい気にせんでええで。厄介なんはマスラの側近やわあ。その話は追々するとして――着いたで」


「んぇ?」



 ある扉の前でイバラが足を止める。


 そして、イバラが軽くノックしてから扉を開き、中に入って俺を手招きした。



「お、お邪魔しまーす」



 薄暗い部屋の中を歩く。


 蝋燭の灯りで最低限の視界は確保できるが、目の前を歩いているイバラを見失ってしまいそうなほど暗い。


 そうこうして歩いていると、祭壇のような場所に辿り着いた。


 いや、ここは祭壇というより寝床だろうか。


 石製の硬そうな寝床に横たわっているのは幼い少女だった。


 年齢は十歳くらいだろうか。


 ラピよりも更に幼く、サリオンと同じくらい小さい幼女である。


 浅紫色の髪をしていた。



「よ、幼女が生け贄にされてるみたいだな」


「んふふ。うちの姫様を生け贄呼ばわりすんのは堪忍な」



 そう言って微笑むイバラだったが……。



「お兄はんには、この御方を治してもらいたいんやわあ」


「……分かった。その代わり約束してほしい。もうアシュハラを襲わないって。それと、鬼ヶ島で捕まってる獣人たちを解放するって。あと可能な限り仲良くしよう。お隣さんなんだから」


「んふふ、ほんま面白い人やわあ。他国のことをそこまで心配するとか、ほんまに」


「……約束するのか、しないのか」


「姫様が目覚めたら、万事解決やさかい。約束するわあ」



 そういうことならやろうじゃないか。


 俺は祭壇で横たわる少女の小さな身体に触れて、『完全再生』を行使した。



「あれ? これって……」


「ん……」


「あっ」



 俺は治療中にあることに気付いた瞬間、ぱちっと姫様の目が開く。



「んっ、ここは……妾は……」


「目が覚めましたか?」


「……」


「えーと、あのー? 意識はありますよね?」


「……」



 どういうわけか、俺の顔を見た途端に硬直してしまう姫様。


 え、何? どういう反応?



「妾、運命の殿方を見つけてしまいましたわ」


「ん?」


「名も知らぬ貴方様!! 妾の夫になってくださいまし!!」 



 あれ? 既視感あるぞ。


 この展開、アルカリオンの時もあったような……。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「でっかい鬼っ娘もちっちゃい鬼っ娘も可愛いと思うの」


レ「前者はともかく後者は通報しないと」


作者「捕まるのは手を出したおまえだぞ」


レ「捕まるのは書いた作者だぞ」


作者&レ「イラッ」


作者「新作『やらかし女神様と始めるスキル農園。~収穫したスキルは産地直送します~』を投稿開始しました。時間がある方はどうぞ」



「どこまでハーレムが拡大するのか」「既視感あるなあ」「喧嘩すな」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る