第77話 Sideローズマリー&Side???





「レイシェルが拐われた!? ど、どういうことですか、クウラ殿!?」


「……私の失態。敵が一人だと思って油断した」



 クウラはアガードラムーンの城へと戻り、事の次第をアルカリオンへ報告していた。


 その場に居合わせていたローズマリーが血相を変えてクウラに詰め寄る。


 すると、クウラは数歩後ろに下がった。



「ローズマリー、クウラは口下手でコミュ障なので詰め寄ると逃げてしまいますよ」


「え?」


「……うるさい。私はコミュ障ではない」


「あ、そ、そうですか」



 半眼のまま視線を逸らしながら言うクウラ。


 その反応はたしかに、人と話すのが苦手なように感じる。

 ローズマリーは少し距離を取り、ひとまず詰め寄ったことを謝罪した。



「す、すまない、クウラ殿」


「……気にしていない。大切な人が拐われて冷静でいられる方がおかしい」


「おや、クウラ。何故こちらを見るのですか?」



 クウラの視線に気付いたアルカリオンが小首を傾げる。



「私も冷静ではありませんよ。激おこマジギレ寸前です」


「……そう。貴女は表情が読みにくい」



 クウラは悪気なくそう言った。


 しかし、クウラのその発言にアルカリオンは不満だったのだろう。


 無表情ながらも不満気な様子を見せた。



「たしかに、以前であれば分かりやすく怒っていたでしょう。しかし、もう怒り狂って坊やを死なせかけることはしたくないので」



 アルカリオンは未だに覚えている。


 最愛のレイシェルが大臣の手引きで拐われてしまったことを。

 暴走して我を忘れ、うっかりレイシェルを丸飲みにして食べかけてしまったことを。


 幸いにもレイシェルは新たな扉を開いただけでトラウマになるようなことはなかったが……。


 最も大切な相手に怖がられてしまうかも知れないようなことは二度としないと、アルカリオンは心の内で決めていたのだ。



「ましてや可愛い娘の前です。余裕のない姿を見せるのは母としての矜持に関わります」


「は、母上……」



 ローズマリーは母としてのアルカリオンを見て、己を恥じる。


 たしかにレイシェルのことは心配だ。


 しかし、ここで慌てふためいて情けない姿を晒して何になるというのか。


 ローズマリーはお腹を撫でる。


 母親になる以上、生まれてくる子供には頼ってもらいたい。

 ならば目の前の母のように、アルカリオンのように毅然とした態度を取るべきだろう。


 ローズマリーはアルカリオンに問う。



「母上、私にできることはありますか?」


「ローズマリーは身重です。今回は直接出向くような真似はせず、待っていてください」


「……分かりました」



 迷いも不満も感じさせない返事を聞いたアルカリオンが、ちらっとローズマリーの方を見る。


 そして、微かに緩む口元。



「いい返事です。クウラ、貴女には一番槍として鬼ヶ島に突撃してもらいます」


「……了解した。自分の失態は自分で拭う」


「それと」


「……?」



 アルカリオンはまだ何か言いたいようで、クウラは首を傾げた。



「表情が読みにくいのは貴女も同様です、クウラ」


「……ごめん。悪気はない」


「気にしていませんよ。気にする余裕もないですし」



 口ではそう言うアルカリオンだが、ローズマリーには分かった。


 あ、根に持っているな、と。



「すでにアシュハラの天帝、ミタマからの情報で鬼ヶ島の位置は把握していますので坊やを最短時間かつ最高効率で救出します」


「……あっ」


「どうかしましたか、クウラ?」


「……アシュハラの天帝から貴女に渡すよう言われたものがある。これ」


「おや」



 クウラがアルカリオンに一通の手紙を渡す。


 手紙を受け取ったアルカリオンはミタマからの手紙の内容を読み、思考を巡らせる。



「なるほど。これは今後の動きを考えねばなりませんね」


「母上? 何が書いてあったのです?」


「今はまだ内緒です」



 そう言うアルカリオンは、どこか楽しげに見えたのはローズマリーの気のせいではないだろう。


















「そうくるかあ……」


「何を読んでいるんだ、I」


「ん。アガードラムーンの追跡調査報告書」



 薄暗い部屋の中、フードを深く被った女が心底困った様子で項垂れている。

 それを見守っていたのはメイド服を着こなしているヘクトンだ。


 書類を受け取ったヘクトンが内容をざっと読む。



「アシュハラ? 聞いたこともない国だな」


「そりゃあ、新興国家だからね。無数の島々に住まう獣人たちが作った国で、鬼人って種族と敵対してる」


「ん? 新興国家じゃないのか? どうしてそこまで詳しいんだ? この報告書にはそこまで書いてないぞ」


「そりゃあ、からね。こっちから見ようとすると疲れるし、逆探知されるからしたくないけど。今はとにかく情報が欲しいからさ」



 ヘクトンから見ても、Iはたしかに疲れているようだった。


 Iの言う『視る』という行為が何を意味するかは理解していないが、疲労を見抜けるくらいには付き合いがある。


 ヘクトンはフンと鼻を鳴らした。



「どうでもいいが、そこを退け。掃除ができないだろ」


「……なんかヘクトンちゃんさ。最近、掃除とかお料理とかできるようになってきたよね」


「僕の手を煩わせているのはお前らだろうが!! どいつもこいつも部屋を散らかして!! それを片付ける僕の身にもなれ!!」


「い、いや、私は汚してないし……。大体CちゃんとかUちゃんだし」


「言い訳するな。あと靴下を裏返したままにするな。食べた後の食器は水に浸けておけ。汚れが落ちないからな」


「き、気を付けるって」



 ヘクトンは完全にメイドだった。


 元々要領が良かったが、その才覚がメイドという形で開花したのは皮肉だろう。



「さーて、どうしようかね」


「何がだ」


「アシュハラでね、ちょーっと都合の良くないことが起こるかも知れなくてね」


「都合の良くないこと?」


「そ。下手したら計画が全部パーになるかも知れない危険因子がいるみたいでさ、アシュハラには。排除すべきだろうけど、私の正体が露呈するリスクがなあ」



 普段からどこか飄々としているIだが、その声音は真剣だった。



「……ふん、お前が何を目的としていようと僕には関係ない。好きにやったらどうだ?」


「お? 背中押してくれてる?」


「お前が一人いなくなるだけで掃除と洗濯が少し楽になる」


「え、ちょっと傷つくかな。私、そんなに部屋汚してる?」



 少しショックを受けた様子のIに対し、迷惑なものを見るような目で睨むヘクトン。


 Iは肩を竦める。



「もー、分かったよ。ちょっと行ってくるね。二、三日で戻るから」


「ふん」


「そこは素直にいってらっしゃいって言って欲しいなー」



 部屋を出て行くIの背中を、ヘクトンは静かに見つめるのであった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「元王子のTSメイドが少しずつ女子力上がってるの笑う」


レ「うちの弟……妹? すごい」



「クウラはコミュ障だったのか」「ヘクトンメイド本当に笑う」「メイドというよりオカンでは?」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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