第76話 捨てられ王子、脅迫される







「んーっ!! 夜中まで読みすぎちゃったな」



 時刻は深夜。


 俺は背筋を伸ばしながら、凝り固まった身体を揉みほぐす。



「そろそろ部屋に戻ろっと」


「む。今宵も朕の閨で過ごしてくれて構わぬぞ、ご主人様」


「うーん、遠慮しとく。ずっとミタマの部屋にいたら他の奴らに嫉妬されそうだし」



 厠に行こうとミタマの部屋から出た時だ。


 複数人の青少年獣人たちが物凄い形相で俺を睨みつけてきた。


 あれは怖かったね。


 でも中には下半身を硬くしている奴もいて、決して意図したわけではないが、ミタマを寝取ったような気分になった。


 断じて意図したわけではない。


 たしかに青少年獣人たちが慕うミタマを独り占めできた。


 更に今では「ご主人様♡」と呼ばれている上、七日七晩を過ぎても俺がミタマを独占してしまっている状態なのも認めよう。


 もうね、優越感が凄いのよ。


 でもあまり調子に乗ると夜道で襲われるかも知れないので程々にしておく。



「むぅ、朕とご主人様のラブラブタイムを邪魔するならいっそ男共を処刑するかえ?」


「ちょ、怖いこと言わないで」



 流石に冗談だとは思うが、ミタマを止めて俺は閨を後にした。


 この時、俺はすっかり失念していたのだ。


 決闘でコジロウ少年に勝利し、ミタマのお気に入りとなった俺を睨みこそすれ本気で襲ってくる輩はいないだろう、と。



「ん?」



 俺の歩く道の先に少女が立っていた。


 月明かりで照らされていて、どこか神秘的ながらも妖艶な雰囲気をまとわせる少女だ。

 顔立ちが整っており、赤紫色の髪が存在を主張していた。


 しかし、俺が驚いたのは少女の美貌ではない。


 少女の額から伸びる、一本の禍々しい角を見て驚愕したのだ。



「え、鬼人……?」


「正解。すんまへんな、こんな夜更けに」


「あ、はい、どうも」



 こちらに気付いた鬼人の少女がにこやかに微笑み、歩み寄ってくる。


 キンコからは、弱肉強食が当たり前の蛮族と聞いていたが、鬼人の少女は至って穏やかな笑顔のまま近づいてきた。


 思わず「何かすれ違いがあったのでは?」と思うくらいには無害そうな少女である。


 その次の瞬間だった。


 鋭く尖った爪が、俺の両目を抉り抜こうと眼前に迫っていた。



「うおわ!?」


「……危ない」


「ありゃ。避けられてもうたわ」



 急にぐいっと襟首を引っ張られて、俺は尻餅をついてしまった。


 何が起こったのか分からず、顔を上げる。


 すると、クウラが険しい表情で鬼人の少女と対峙している光景が目に映った。


 危うく目を潰されてしまうところを、いつの間にか俺の背後にいたクウラが機転を利かせて助けてくれたのだろう。


 俺を庇うように前に出るクウラ。


 そして、明確な殺気を感じさせる声音で鬼人の少女に宣告した。



「……始末する」


「怖いこと言わんといてほしいわ。うちはただ、その子と仲良うしたいだけやねん」


「……目潰ししようとしたのに?」


「んふふ、あないな顔でぼーっとしとったらいじめたくなってまうやん。うちのこと誘ったんはその子やで?」



 いや、誘ってないけど!? なんかこの子、可愛いのに怖い!!



「……そう。遺言はそれでいい?」


「おっかないわあ。あんたはん一人でうちをどうこうできると思ってん?」


「……思っている。私の方が強い」



 そう言ってクウラは腕を大きく振るう。


 すると、鬼人の少女の身体が宙に浮いて手足があらぬ方向を向いた。


 更にはミシミシと骨の折れる音が明瞭に響く。


 俺はあまりにも痛そうな状態に思わず目を背けそうになった。



「――あれま、身体が動かへんわ。どないなってんの?」


「……敵に教えるわけがない」


「んふふ、いけず」



 クウラは言わなかったが、二人から一歩下がった位置にいる俺には見えてしまった。


 クウラの指先から無数の極細の糸が伸びている。


 鬼人の少女の身体を拘束したのは、クウラの操る糸だったのだろう。


 極細の糸は建物や地面などに縦横無尽に張り巡らされており、その様はまるで蜘蛛の巣のようだった。


 す、凄い!! クウラは糸使いだったのか!!



「……このまま身体を切断する」


「んふふ。ホンマ、うちはアカンなあ。殺し合いが楽しゅうて仕方ないわ。でもあんま長居しとるとスズが怒るさかい、今日はお暇させてもらうわあ」

 


 鬼人の少女がそう言った瞬間。


 ゴゴゴ、という地震によく似ているが、何か違う揺れが起こった。


 それは足音のようだった。


 まるで何か巨大な生き物が走って近づいてくるような……。



「クウラ!! 危ない!!」


「……っ!!」



 周辺の建物を全て薙ぎ倒し、破壊しながら姿を現したのは巨人だった。


 目算で身の丈30メートルはあるだろうか。


 その巨大な影はクウラを吹き飛ばし、鬼人の少女を大切そうに両手で持ち上げた。



「もー!! イバラちん、呼ぶの遅すぎ!! あーしめっちゃ心配したんだけど!!」



 ギャルだった。


 金髪をサイドテールにした、どこか軽い言動の頭から二本の角を生やした少女だった。


 色々とデカイ子だ。


 ボンキュッボンで凹凸の激しい身体をしており、身にまとう衣装は露出度が高い。

 というか布で最低限の場所を隠しているだけでほぼ裸だった。


 身体の大きさに合う服がないのだろう。



「んふふ、すんまへんな。スズのお陰で助かったわあ」


「えへへ、もっと褒めていーよー」



 鬼人たちのやり取りを見ていた俺は、ハッとしてクウラの方を見やる。


 息があった。しかし、ダメージは深い様子。


 俺は慌ててクウラに駆け寄り、その身体に触れて『完全再生』を行使した。


 クウラがすぐに意識を取り戻す。



「……回復、助かる」


「痛いところはない!?」


「……ない。ところで、どうして胸を揉む?」


「おっと」


「……破廉恥」



 クウラが微かに頬を赤く染め、胸を隠すように両腕で覆った。


 決してわざとではない。


 うっかりというか、ついいつもの癖で触ってしまっただけなのだ。



「ほーん? その力、他人にも使えるんやね。確かめる手間が省けたわあ」


「え?」



 次の瞬間、俺はでっかいギャル鬼っ娘に身体を掴まれて持ち上げられる。


 クウラが咄嗟に俺を救い出そうと起き上がったが、ギャル鬼っ娘に踏まれて身動きを封じられてしまう。


 俺は予想外のピンチに焦る。


 このままではクウラがでっかいギャル鬼っ娘に踏み潰されて死んでしまう。


 ど、どうしよう!?


 俺はこの危機的状況をどうにか脱しようと思考を巡らせるが、一向に良案など思い浮かばない。


 と、その時だった。



「なあ、お兄はん。うちらと取り引きせぇへん?」


「と、取引?」


「せや。うちらと一緒に鬼ヶ島に来て、さる御方を治してくれはるんやったら、その護衛の女は殺さへん。アシュハラを攻撃するのもやめたるわぁ」


「っ」



 それは夢のような提案だった。


 人質に取られてしまったクウラどころか、アシュハラを救うことができる。


 しかし、この取り引きには問題がある。



「そ、そっちが約束を守る保証は?」



 取り引きとは本来、信用があってこそ成り立つものなのだ。


 でも俺は、目の前の鬼人たちを信用できない。


 夜道でいきなり襲いかかってきた挙げ句、今なお護衛であるクウラの命を握っている奴らを信用できるだろうか。


 いや、できない。



「んー、せやなあ。お兄はんの言う通りやわあ。これやと取り引きにはならへんな。せやったら――」


「っ」



 ギャル鬼っ娘の大きな手に掴まれて動けない俺に鬼人の少女は朗らかに言った。



「言い方変えるわあ。うちらに従わんかったら、その護衛の女を殺す。アシュハラを攻めるのもやめへん」


「……選択肢ないじゃん」


「んふふ、すんまへんな。そういうことやさかい、抵抗したらアカンよ? 手足千切りたなってまうから」



 怖い。


 こうして俺は、鬼ヶ島に連れ去られてしまうのであった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「鬼……西方面の言葉遣い……FG◯……うっ、頭が!!」


レ「隠せてない隠せてない」



「女の子の身長はデカけりゃデカイほどいい」「巨女ギャル鬼っ娘はストライク」「酒呑童……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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