第74話 捨てられ王子、ゴリ押しする





 やってきた場所は、島の中央に生える大きな桜の木の前だった。

 巨大な鳥居を潜った先には決闘を見ようと人が集まっている。


 この衆人環視の中で決闘をやるようだ。



「わざわざ俺の鎧届けてくれてありがと、クウラ」


「……もう重いものは運びたくない」


「ごめんて」



 決闘の件をアルカリオンに報告しに行ったクウラは戦時中に俺が使っていた鎧を抱えて帰ってきた。


 アルカリオンが渡してきたらしい。


 ぶっちゃけ俺が取れる戦法は回復しながらのゴリ押しなので、鎧があってもなくてもあまり変わらないのだが……。


 アルカリオンは神出鬼没でどこからか見てるかも知れない。


 心配させないためにも装備しておこう。



「ぼくが絶対に勝つ!! それで、その、ぼくが天帝陛下を抱く!!」


「あー、うん。正直だね」



 俺でももう少し取り繕うが、獣人というのはこうも素直なのだろうか。


 それはそれとして、俺も一応短剣を構える。


 対するコジロウ少年は刀ではなく、身の丈よりも長い槍を構えた。


 別に期待していたわけじゃないけど、個人的には物干し竿みたいな長い刀を振り回して欲しかったところだ。



「……刀じゃないんだな」


「は?」


「い、いや、何でもないよ」



 コジロウ少年と正面から向かい合い、ミタマが決闘開始の合図をする。



「では、決闘を始める。言っておくが、相手を殺してはならんぞ。それから朕が戦闘不能と判断したらそこまでとする。これは朕を楽しませるための余興。つまらぬ戦いを見せるでないぞ」


「うおおおおおおおおおおっ!!!!」



 コジロウ少年は槍を正面に構え、脇目も振らず突撃してきた。


 めっちゃ速い。


 よく見たらコジロウ少年、ネコ科の獣人っぽい耳と尻尾だった。


 足の速いネコ科の獣人……。


 もしかしなくてもコジロウはチーター獣人なのだろうか。

 しかもミタマは「殺しはナシ」と言ったのに容赦の無い首を狙った一突きだ。


 俺はその一撃を、防御はしないで受けた。



「ぐふっ」


「え?」



 回避も防御もしなかった俺を見て、コジロウ少年が目を瞬かせる。


 まあ、そりゃそういう反応するわな。


 そして、それは確実な隙だ。それを狙わない手はない。


 俺はコジロウ少年に向かって剣を振るう。



「くっ!!」



 でも当たらなかった。


 コジロウ少年は俺の反撃を察知したのか、槍の柄を手放し、慌てて俺から距離を取る。


 速い上に動体視力がいいようだ。


 今のカウンターを当てられなかったのは痛い。ただ俺の喉に槍が刺さっただけだ。


 痛い。超痛い。



「ぼ、ぼくの勝ちだな!!」



 どこか遠慮がちにコジロウ少年が宣言する。


 あまりにも呆気ない結果に観客からはブーイングが巻き起こった。



「おい!! もう終わりかよ!?」


「コジロウ、手加減してやれよー!!」


「ちくしょう!! 賭け金返せ!!」



 しかし、当然ながらまだ終わらない。


 俺は喉に刺さった槍を抜いて『完全再生』で怪我を綺麗さっぱり治した。


 槍はコジロウ少年に返さない。


 わざわざ返す理由がないし、仕留めたと思っても敵が目の前にいるのに武器を手放してしまった方が悪い。


 え? 相手は子供なのに大人気ない、だって?


 いや、知らんがな。

 最近はエロいことばかりしがちで忘れるが、こちとら戦場の最前線経験者である。


 相手が少年兵だろうが、向かってくるなら手加減はしない。



「な、なんだそれは!?」


「秘密」



 俺の『完全再生』について言及してくるコジロウ少年だったが、今は内緒にする。


 しかし、限界はあると踏んだのだろう。


 コジロウ少年は武器を失ったが、獣人特有の鋭い爪を構えて向かってきた。



「うおおおおおおおおおおッ!!!!」


「痛い痛い!!」



 コジロウ少年の引っ掻き攻撃は軽く肉が抉れる威力があり、めっちゃ痛い。


 なのでその都度、怪我を治す。


 タイミングを見計らってカウンターを放つが、コジロウ少年は見事に躱してしまった。


 ノーガード戦法は強いが、とにかく痛い。



「痛い……超痛い……」


「ぜはあ、ぜはあ、な、なんなんだ、お前!!」


「こっちの台詞だよ!! さっきから人の肉を抉りやがって!! もっと躊躇しろよ!! 痛い!!」



 総合的なダメージは俺の方が上だろう。


 しかし、疲労は端から見ても分かるくらいコジロウ少年の方が蓄積している。


 この調子なら俺が勝つだろう。


 余裕が出てきたので周囲の反応を確認したら、三者三様だった。


 まず決闘を観戦していた者たちの大半が血塗れの俺を見て引いている。

 きっと彼らには俺が死にそうな怪我をしても平然と動いている怪物にでも見えているのだろう。


 キンコとギンコに至っては青ざめている。


 まあ、俺の『完全再生』について知らなかったらそういう反応にもなるよね。


 クウラは決闘そのものに興味が無いのか、感情を感じさせない表情で近くを羽ばたいている蝶々を眺めていた。


 そして、ミタマは――



「……」



 何やら驚いたように俺を見つめている。


 決して引いているわけではないが、唖然としているようだった。



「くっ、お、お前、化け物か……」


「失礼な。俺ほど人間らしい人間はいないぞ!!」


「……怪物め……」



 恨めしそうに俺を睨みながら、その場で膝をついてしまうコジロウ少年。


 俺は痛いのが大嫌いだし、綺麗なお姉さんや可愛い女の子とエッチなことがしたい。

 あと美味しいものを沢山食べたいし、午後まで眠っていたい。


 俺より人間らしい人間はいないだろう。


 それはそうと、コジロウ少年は体力が底を突いてしまった。



「俺の勝ち、でいいのかな?」



 勝ち方としては卑怯かも知れないが、別に指定はなかったからな。


 勝ちは勝ちである。



「はあ、はあ、ま、参った……」


「ん?」



 その時、俺は見てしまった。


 激しく動いたせいでコジロウ少年のまとっていた衣がずれて、少し見えてしまった。

 微かに膨らみのある胸にサラシを巻いている様子が。


 ……え? コジロウ少年、少女だったりする可能性とかある?



「そ、そこまで!! この勝負、レイシェル殿の勝利とします!!」



 キンコがハッとした様子で宣言する。


 観衆もどう反応していいか分からないようで、微妙な空気が流れていた。


 俺も俺でコジロウ少年がコジロウ少女だった可能性があって反応に困っていた。


 でもまあ、勝ちは勝ち。俺は構わずガッツポーズを取る。



「俺の勝ち!!」


「……いっそ清々しい」



 ボソッと呟くように言ったのはクウラだろうか。


 決闘には興味がない素振りだったが、しっかり見ていたようだ。


 と、そこで誰かが俺に近づいてきた。


 何かを考え込むような、難しい顔をしているミタマだった。



「レイシェル殿、見事だった。少し話がある。今宵、朕の閨に来てたもう」


「え、あ、はい」



 有無を言わせぬ様子のミタマ。


 ちょっぴり怖かったが、俺は何かしてしまったのだろうか。


 多分大丈夫、だと思いたい。
















 アシュハラの象徴とも言える桜の大樹。


 その大樹の幹に腰かける少女が一人、楽しそうに笑っていた。



「ふーん、面白そうな子やなあ」



 その額には一本の角が生えており、一目見て人間ではないと分かる。


 レイシェルがその少女と邂逅を果たすのは、そう遠くない先の話である。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「ははは!! ボーイッシュ女子とは想像もしなかっただろう!?」


レ「女の子かも? って思ったら愛刀が反応しました」


作者「流石は正面から倒すのがゴキブリを素手で倒すくらい難しいレイシェルである。素直でよろしい」


レ「例えが嫌すぎる!!」



「クソゲーで草」「頑張れコジロウ少年……少女?」「生命力高いから似たようなものだね仕方ないね」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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