第73話 捨てられ王子、決闘を受けて立つ
往来でいきなり勝負を仕掛けてきたのは、十代半ばの少年だった。
見たことも会話したこともない相手だ。
「えーと、決闘って?」
「お前が天帝陛下を惑わせようとしてるんだろう!! ぼくが成敗する!!」
「あー、うん。ちょっと待ってね」
ちらりと辺りを見回せば、物陰から隠れてこちらをニヤニヤと見ている青少年たちがいた。
あ、察し。
このいきなり決闘を仕掛けてきた少年は上手いこと乗せられてしまったのだろう。
見るからにそういうタイプだし。
「クウラ、どうしようかな」
「……潰せばいい。敵は黙らせるに限る」
物静かなクウラが見かけに依らずバイオレンスだった件。
いや、言いたいことは分かるけども。
流石にこれから同盟を結ぶかも知れない相手の国の国民と決闘したらまずいでしょ。
とはいえ、どうしたものか。
ここは往来だ。他の人の目もあるし、下手に決闘を断ったら少年の面目を潰してしまうかも知れない。
……冷静に考えてみたら、いきなり決闘とか言い出す相手の面目とかどうでもいいよな。
「お断りします」
「え!?」
「行こっか、クウラ」
「……了解」
そそくさとその場を後にしようとすると、少年は俺を引き止めてきた。
「ま、待て!! 逃げるな!! ぼくと戦え!!」
「嫌です。俺に利がないですし、いきなり難癖を付けてきた相手と話したくないです」
「な、難癖なんかじゃ……」
どう考えても難癖でしょ。
俺は天帝、つまりはミタマを惑わそうとか欠片も思ってないしね。
それにしても気に入らないな。
決闘を仕掛けてきた少年ではなく、少年を唆した連中が気に入らない。
俺が鬱陶しいなら自分で排除したらいいのに、わざわざチョロそうな少年をけしかけてきたのは控えめに言って不愉快だった。
不愉快なのでとっとと退散する。
嫌なものが極力視界に入らないようにするのが人生を楽しく生きるコツだ。
と、その場を立ち去ろうとした時。
「何やら面白い話をしておるな」
艶のある声が響く。
声の主の方に振り向くと、そこにはキンコとギンコを連れたミタマの姿があった。
「て、天帝陛下!?」
「コジロウ、朕の客人に迷惑をかけてはならんぞ」
「うっ」
流石にミタマには逆らえず、その場で少年は俯いて黙り込む。
……この少年、コジロウっていうのか。
何となく物干し竿で燕返しとか繰り出してきそうな名前してるなあ。
とまあ、少年の名前は置いといて。
コジロウ少年はミタマから直にお叱りを受けて相当ショックだったのか、すっかり意気消沈してしまった。
この様子ならもう決闘しろとは言わないだろう。
適当に挨拶でもしたら部屋に戻ってゴロゴロしようそうしよう。
と、その時だった。
ミタマが扇で口元を隠しながら、心底楽しそうに声を弾ませて言う。
「しかし、朕はレイシェル殿に少なからず興味がある。この際だ、朕を見届け人としてコジロウと決闘してみてはどうか」
「え」
めっちゃイヤだが。
というか俺自身は大して強くないし、年下と思わしき少年相手に一対一でやっても勝てるかどうか怪しい。
魔法も得意ではないし、『完全再生』で回復しながらゴリ押すのが精々だからな。
とても人に見せられる戦いはできない。
というわけで俺はどうにか決闘の話を断ろうとしたのだが……。
「勝った方は朕の身体を好きにしてよいぞ」
「「「「「!?」」」」」
俺とコジロウ少年を含め、その場に居合わせた全員が目を瞬かせている。
「このところ仕事ばかりでな。朕も色々と溜まっておるのだ。そうさな、一晩ではつまらぬ。七日七晩、朕を好きにしてよいぞ♡」
「て、天帝陛下、そ、そのような冗談は……」
「くふふ。レイシェル殿、鼻の下が伸びておる。本当は朕の身体を隅々まで貪り尽くしたいのであろう?」
「ギクッ」
そ、そりゃあ、絶世の美女が七日七晩も身体を好きにしていいと言ってきたのだ。
男なら誰だって想像してしまうというもの。
しかし、仮にも一国の支配者が往来で夜の話をしていいのだろうか。
いや、アルカリオンとか出会ってすぐの俺を夫にするとか言ってきたし、今さら疑問に思うのは変かも知れないが。
俺がどうしたものか考えていると、ミタマが近づいてきて耳打ちしてきた。
「ギンコから聞いたが、そなたは相当床上手らしいではないか」
「そ、それほどでも……」
「ちなみに言っておくなら、キンコとギンコに男の扱い方を教えたのは朕だ。朕は二人以上に上手いぞ」
「!?」
「そして、想像するがよい。他の男共が羨みながら自らのモノを慰める中、そなただけは朕の肢体を好き放題できるのだ。それはもう甘美な一時であろうなあ?」
「あ、煽るのがお上手ですね」
「くふふふ。朕はこの美貌で各部族の男共を堕とし、アシュハラを築いたのだ。男の扱いで朕に並ぶ者はこの国にはおらんぞ」
俺は生唾を飲み込む。
国一番の女を七日七晩も独占できると思ったら、嫌でもやる気になってしまう。
仕方ない。
「コジロウ君、だっけ。決闘、受けて立とう」
「!? に、逃げるなよ!! 絶対にぼくが勝つからな!!」
そう言って決闘の準備をするためか、足早に去っていくコジロウ。
「……切り換えが早い」
「クウラ、ちょっと静かにしてて」
「……アルカリオンに報告はしておく」
そう言ってクウラは俺の護衛にも関わらず、姿を消してしまった。
まあ、ミタマが見届け人となる決闘だ。
国のトップが見届け人になると宣言した決闘を妨害しようとする者はいないだろう。
仮にいたとしたら、自国のトップの面子を潰す馬鹿だしな。
それよりもスカッとしたことが一つ。
コジロウ少年を唆して俺にけしかけた連中が、まるで親の仇を見るような目で俺とコジロウを睨みつけていた。
邪魔な俺を潰そうとしたら、利用したコジロウと俺がいい思いをする可能性が出てきたのだ。
彼らにとってはさぞ面白くないことだろう。
……ミタマも俺と同様、他人を唆して利用する奴が嫌いなのだろうか。
彼女が意図したかどうかは俺に知る由もない。
「レイシェル殿。決闘の場へ案内しますので、こちらに」
「あ、ありがとう」
俺はキンコの案内に従って、決闘の舞台となる場所へ向かうのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「皆が慕ってる女性を独占するシチュって興奮するよね」
レ「ね」
「燕返ししてきそうで笑った」「ミタマかわいい」「あとがき分かる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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