第61話 捨てられ王子、とんでもないことを口走る






「ヘクトン。もう二度と、私やレイシェル様の前に姿を現してはなりません」


「……」



 大幅に後退したアガードラムーンの国境線。


 そこに俺の弟ヘクトンと、その母親であるオリヴィアの姿があった。

 俺は少し離れた場所にある馬車の中から二人の様子を窺っていた。


 あの日、オリヴィアに頼まれたこと。


 それはヘクトンを国外追放で許してやってもらえないかというものだった。


 まだヘクトンが美少女になってしまったことに驚いているが、俺としても弟が処刑されるところを見たくはない。


 俺はオリヴィアの要求を飲み、その足でアルカリオンにお願いしに行った。


 結果は――



『坊やがそれで良いなら言うことはありません。ただし、今後国や坊やの不利益になるような行動を取れないよう、秘密裏に監視を付けます』



 とのこと。


 オリヴィアは毅然とした態度でヘクトンを見下ろし、淡々と言葉を紡ぐ。


 ヘクトンはそれを黙って聞いていた。



「これが、貴方の母親としての最後の慈悲です。次に害意を持ってレイシェル様の前に立ち塞がった時、容赦はしません」


「っ!!」



 ヘクトンは何かを噛み締めるように、その場から背を向けて去って行った。


 オリヴィアが馬車に戻ってくる。


 俺はなんと声をかけたら良いのか分からず、静かに外の景色を眺めるオリヴィアの横顔をしばらく見つめていた。


 もっと何か、いい方法があったのではないか。


 でも、そもそもヘクトンとオリヴィアの間が拗れてしまったのは俺のせい、だと思う。


 ヘクトンの尋問を担当した牢屋番の人に話を聞いたところによると、ヘクトンは俺とオリヴィアのエッチを見ていたらしい。


 以前、アガーラム城に攻め入った時のことだ。


 呪いで死にかけていた母親が憎い異母兄とエッチして喘いでいたのだ。


 さぞトラウマだったことだろう。


 もしかしたらあの時、俺がオリヴィアに手を出すのを少しでも我慢できていたら……。

 一つの親子の仲を拗らせることはなかったかも知れない。



「……レイシェル様」


「んぇ!? あ、な、なに?」



 ふと、オリヴィアが俺の名前を呼んだ。



「レイシェル様。私は、私の選択を後悔することはありません。あの子の母親ではなく、レイシェル様の女であることを選んだことに、後悔はありません」


「……うん」


「ただ、今はどうしようもなく悲しく、寂しいのです。私があの子を追い詰めてしまったこと。もっとあの子を見てあげるべきだったと」


「……そっか」



 オリヴィアはヘクトンの前では毅然とした態度を崩さなかった。


 でも、今は弱々しく泣いている。


 俺はオリヴィアの隣に座り、その手をしばらく握ってあげることにした。

















 オリヴィアとヘクトンの一件から数日が経った。



「ようやく一段落ですね、母上」


「坊やが帰ってきましたから。お陰で坊や成分を補給しながら仕事ができました」


「や、役に立てたならよかったよ」



 ここしばらく、俺はアルカリオンに抱っこされながら過ごしていた。

 ご飯を食べる時も寝る時も、お風呂やトイレに行く時さえずっと一緒だった。


 でもその分、アルカリオンの書類を処理するスピードは凄まじかった。


 もう手が残像を残していたくらいだ。


 更に言うなら独立してしまった周辺諸国との停戦すら実現した。


 ここに関しては宰相さんが頑張ったらしい。


 まあ、停戦と言ってもいつ戦争が再開するか分からない冷戦状態だが……。

 敵に囲まれている現状を考えるなら凄まじいことだと思う。



「しかし、安堵している暇はありませんよ、母上」



 俺とアルカリオンがイチャイチャしていると、ローズマリーが咳払いをしながら言った。


 アルカリオンは俺の頭をおっぱいに埋めさせてぱふぱふしながら、ローズマリーと真面目な話をする。



「分かっていますよ、ローズマリー。冷戦状態が続く間に食料を生産、兵器の開発を行います。幸いにも目欲しい肥沃な土地は先の反乱が起こった際に真っ先に鎮圧しましたし、食料不足に陥る心配はありません」


「問題は兵器の方です。主要な鉱石が採れる鉱山を戦時中に取り戻せなかったことが痛いですね。何より兵器類を動かすために必要な魔石の確保が難しい」


「最悪の場合は私の魔力で国中の兵器を稼働させられますし、大した問題ありません。坊やアイルインが連れ帰ったダークエルフたちもいますし」



 アルカリオンは、転移先から帰ってくる時にアイルインが船に魔力を供給し続けていたことを、言っているのだろう。


 あれをアルカリオンなら国の規模で行えると。


 今更ながら改めて俺の妻ってとんでもない人物だと思う。


 しかし、ローズマリーは首を横に振った。



「如何に母上と言えど、何年、何十年と国中の兵器を稼働させ続けるのは難しいはずです」


「頑張ればいけます」


「が、頑張る、ですか。いえ、その、母上にはやってもらうことが多いわけですし、それでは困るのです」


「……面倒ですね」


「全くです。はあ、せめて国防に優れる地形だったら良かったのですが」



 現在のアガードラムーンは西側に海、その他の方角には平野や盆地が広がっている。

 周囲を山々に囲まれていたら防衛もしやすかっただろうが、無い物ねだりをしても仕方がない。


 俺は二人の重々しい雰囲気に耐えられず、ちょっとした冗談を口にした。



「国ごと場所を移動できたら解決するのにな。俺が転移させられたみたいに」


「「……」」


「え、何? 急に黙り込んでどうしたの?」



 俺の冗談に黙り込むローズマリーとアルカリオン。



「ローズマリー、イェローナを呼んできてもらえますか? 至急、相談したいことができました」


「イェローナ姉上は列車砲の整備をしているはずですので、急いで呼んできます」



 ローズマリーがアルカリオンの執務室を慌ただしく飛び出していった。


 残ったのは俺とアルカリオンのみ。


 アルカリオンは俺の頭を優しくナデナデしながら、相変わらず無表情のまま言った。



「流石は我が夫です。我々にはない発想です」


「え? いや、冗談だよ? そんなことできるわけないでしょ? え、できないよね?」


「流石は我が夫です」


「ちょ、アルカリオンさん!?」



 どうやら俺は大変なことを口走ってしまったらしい。

 







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「ヘクトンがいなくなったなら新しい子を作ればいいじゃない、と思った作者は多分人の心とかない」


レ「うわー(ドン引き)」


作者「あと『いじめっ子と浮気した婚約者の不幸を神社でお祈りしたら妖狐様が嫁になりました。』を投稿しています。時間のある方はどうぞ」


「オリヴィアが息子を抱いてとか言わなくてよかった」「国家転移……」「作者は人の心とかないんか?」と思った方は感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。



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