第31話 sideヘクトン





sideヘクトン





 王都に住まう民は混乱に陥っていた。


 否、民どころか兵士や貴族ですらも何が起こっているのか分からず、困惑している。


 ことの発端は帝国軍に同胞が追われていると思った王都防衛を担う兵士たちが独断で門を開き、中に招き入れたことだった。


 それは王国軍に扮した反乱軍だったのだ。


 王都に入り込んだ反乱軍は王国軍が動き出す前に行動を開始し、わずか一時間で王都の要所を制圧することに成功した。


 一部の兵士は対応しようとしたが、ほぼ同時に上空を舞う帝国軍のワイバーンを見て戦意喪失。


 怪我人はほぼ出ておらず、死者はゼロ。


 後の歴史書で『アガーラム無血攻略』と記される戦いだった。



「くっ、無能共めッ!!」



 アガーラムの王たるヘクトンは悪態を吐きながら王城の廊下を急ぎ足で歩いていた。

 今、王都に何が起こっているのか正確に把握している者は少ない。


 ヘクトンもその一人だった。


 彼は兵士たちに命じて状況の把握を急がせるが、未だ情報が届かないでいるのだ。


 王城にも侵入者がいるようだが、城の兵士たちは練度の高い精鋭。

 ただちに侵入者を始末して戻ってくることだろう。


 しかし、いつまでも安全とは限らない。



「こうなったら母上を連れて逃げねば」



 ヘクトンが真っ先に心配するのは自らの実母たるオリヴィアだった。


 今は病で伏せっているが、敵に捕まってしまうかも知れない。


 オリヴィアを背負って王族に伝わる非常用の脱出口から逃げようと、彼女の部屋の前までやって来たのだ。


 そして、オリヴィアの部屋の扉を開けようとした、ちょうどその時だった。



『ああんっ♡ らめっ♡ そこはあんっ♡』



 扉の向こう側から、敬愛する母の声で獣のような喘ぎ声が聞こえてきたのだ。


 ヘクトンは硬直する。


 どこか聞き覚えのある男の声とパンパンという乾いた音が響いている。


 ヘクトンはそっと扉を開き、中を覗いた。



「覗きとは感心せんのう?」


「うあっ!?」



 扉を開いたら目の前にいた黒髪の幼い少女が、ヘクトンに毒を浴びせた。


 それは対象を死に至らしめるものではなく、身動きを封じるための麻痺毒だ。


 ヘクトンは倒れ、動けなくなってしまう。


 黒髪の幼女――サリオンがニヤリと楽しそうに嗤った。



「くっくっくっ。そうか、お主が小僧の弟か」


「な、なん、だと……?」


「おお、そこからでは見えんのか。どれ、手を貸してやろう。ベッドの上で愛し合う二人を見ると良い」



 そう言うとサリオンはヘクトンの髪を掴み上げ、ベッドの上で肌を重ねる男女二人の姿を見せつけた。


 その二人を見て、ヘクトンは絶句する。



「なっ……」



 女の方はヘクトンの敬愛する母、男の方はヘクトンがこの世で最も憎む兄だった。


 二人は行為に夢中らしく、ヘクトンの存在に気付かない。



「は、母う――」


「おっと。儂の花婿が楽しそうにしておるのじゃ、邪魔をするでない」


「むぐっ!?」



 サリオンがヘクトンの頭を踏みつけ、無理やり黙らせてしまう。


 ヘクトンの中で怒りが沸き上がる。


 ヘクトンは子供の頃から、お世辞にも優秀とは言えない人間だった。


 兄に万が一のことが起こった場合の予備として生まれてきた彼に見向きする者は、ヘクトンを持ち上げて権力を得ようとする者ばかり。


 しかも、ヘクトンの兄に万が一は無かった。


 暗殺者に何度命を狙われようが、ケロッとした顔で平然と生きているのだ。


 神の祝福を受けていると父は兄を溺愛していたが、ヘクトンには何か別の生き物のようで不気味でしかなかった。


 その不気味な兄の代替品であることは、ヘクトンにとって耐え難いものだった。


 唯一、母であるオリヴィアだけはそんなことはないと言ってくれた。

 その母が何を思ってか、ある時ヘクトンを王にすると言い始めたのだ。


 きっとヘクトンが兄の予備ではないと、王になるに相応しいと思っての行動だったのだろうとヘクトンは信じていた。


 母だけは味方だと、そう信じていたのだ。


 それなのに、何故その母は憎き兄との行為で女の顔を見せているのか。


 隣でサリオンが嗤う。



「くっくっくっ、良い顔をするのう。唯一の味方、信頼する者が己の憎む男に女の顔を見せている……。さぞかし心苦しかろう?」


「ふ、ふざ、けるな、今すぐ母上から、離れ――」


「学習せん男じゃな」



 次の瞬間、ヘクトンの意識は刈り取られてしまう。


 気を失う寸前、ヘクトンは敬意する母に手を伸ばしたが、その母は憎き兄に抱かれることに夢中で彼に気付かなかった……。
















 オリヴィアとの行為に夢中になっていたら、いつの間にかヘクトンがいた。


 いや、本当にいつの間にかだ。


 どうやらサリオンが捕まえたらしく、目的を達成してしまった。



「んー、取り敢えずヘクトンは拘束するとして。これって俺がオリヴィアとエッチしてる間に王都の制圧できちゃった感じ?」


「そうじゃろうな。あとの面倒事はアルカリオンに任せるとして、儂らもお楽しみと行こうではないか」



 こうしてアガーラム王国の王都は陥落した。


 俺は名目上の王となり、王国はドラグーン帝国に組み込まれることになる。


 各地方を治めていた領主たちの中でも、問題の無い者はそのまま統治させ、問題のある者は一斉に権力を剥奪。


 他にも色々と小難しいことはあったが……。


 全て俺に代わってアルカリオンが解決してくれたので問題無し。


 オリヴィアに関してもそうだ。


 俺がお願いしたら、アルカリオンはオリヴィアに帝国籍を与えて俺の専属侍女として側に置いておくよう配慮してくれた。


 ただまあ、またしても問題が発生。



「え!? ヘクトン逃げちゃったの!?」



 帝国の地方都市となった旧王都に幽閉していたヘクトンが脱走したらしい。

 どうやら何者かが侵入してヘクトンを逃がしたそうだ。


 まだまだ色々起こりそうだな……。でも、それは一旦おいといて。


 俺にはやらねばならないことがある。


 そう、ローズマリーやアルカリオンたちとの結婚式である!!


 王国との戦争が終わり、俺は皆との結婚式を執り行うのであった。









―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「作者はこういう展開が好き」


レ「うわー」


作者「あと明日で最終回の予定。続き希望の声があったら再開します」


レ「!?」



★お知らせ☆

新作『勇者パーティーをクビになった召喚士は勇者の仲間(♀)を召喚してしまった……。』を投稿開始しました。よろしければそちらもご覧ください。



「わざわざヘクトン視点で書くことにこだわりを感じる」「ヘクトン逃げたの!?」「レイシェル、お前が引くな」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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