第26話 sideアガーラム王国








「これは一体どういうことだ!!」



 歴史あるアガーラム王国の王都。


 その中心にそびえ建つアガーラム城の会議室には、王国の重鎮らと国王たるヘクトンが一堂に会していた。


 しかし、ヘクトンが重鎮らを大声で叱責し、苛立ちを募らせている。


 彼の手には王国海軍からの報告書があった。



「海戦は軍船の数が物を言うと、そう言っていたではないか!! 軍務大臣!!」


「は、はっ。そ、その通りでございます」



 ヘクトンの怒声に対し、海からの侵攻作戦を提案した軍務大臣がビクッと身体を震わせる。


 ヘクトンはこの数年で青年へと成長した。


 その容姿は整っているが、どことなく威圧感があり、重鎮らは完全に萎縮している。



「た、たしかに当初の計画では、帝国の軍船を数で押し潰す作戦でした。帝国の船は速力で我が国の軍船を上回りますが、数自体は少ない。五倍以上の数を用意すればどうにかなると、判断しました……」


「だが、結果はそうはならなかった!! 何故ワイバーンが海戦に出てくる!! 連中は陸でしか使われていなかっただろう!!」


「お、おそらくは軍船と滑走路を一体化させたものを使っているようで……。対空魔法使いを同行させなかったことが災いし、七割の軍船が帆を燃やされ、航行不能となりました。残りの三割に至っても修繕に時間がかかる損傷を受けまして……」


「王国の軍船には大型バリスタが配備されていただろう!! 何故それでワイバーンを撃墜しなかった!!」



 軍務大臣に代わってヘクトンの問いに答えたのは海軍の総司令官の男だった。



「軍船に備えられているバリスタは船に使うことを想定した代物です。高所を高速で飛翔するワイバーンに当てるのは至難の技。いえ、不可能です」


「ならば何故対空魔法使いを同行させなかった!!」


「陛下が許可しなかったからです。私は以前から万が一海上で帝国竜騎士に遭遇した際の対抗手段として対空魔法使いの練兵を進言しておりましたが」



 平気な顔で「お前のせいだ」と言外に言ってのける海軍総司令官に冷や汗を流す軍務大臣。


 ヘクトンは「ぐっ」と歯噛みしながら怒鳴る。



「黙れ!! どのみち今回の海戦は大敗だ!! もはや陸から帝国を攻めるしかない!! 早急に作戦を練れ!!」


「そ、その件ですが……」


「なんだ!? 僕の命令に逆らう気か!?」


「いえ!! め、滅相もありません!! ただ、陸軍への支援物資が不足しております。主に食料品が……。このままでは陸軍が戦えるのは三ヶ月が限界です」


「な、なんだと!? どうしてそんなことになっている!? 今までは何も問題はなかっただろう!?」



 驚愕するヘクトンだったが、軍務大臣は震えながら進言する。



「い、今までは他国からの支援で食料や装備品を賄っておりました。しかし、帝国が戦争を止め、他国は眠った竜の逆鱗を叩く行為を避けるために支援をやめました。外務大臣の方から支援を再開するよう他国に取り合ってはもらえぬか?」


「……無理だな」


「な、何故断言するのです?」



 外務大臣がはっきりと断言する。


 昔から歯に衣着せぬ物言いをする外務大臣は、ヘクトンの怒りに触れる話題にも躊躇なく触れ始めた。



「たしかに王国は周辺諸国よりも発展している。だからこそ対帝国の矢面に立って戦ってきた。他国を侵略者から守る盾になるという名分は、周辺諸国からの支援を集めやすかった。しかし、今王国にあるのは報復という名分。対して帝国が掲げている名分は――」


「外務大臣!!」


「……今さら下手に発言したところで状況は変わらん。だから敢えて言わせてもらう。帝国は前王太子に王位を返還させるという名分を掲げている。他国はだんまりを決め込むだろう」


「っ、どこまでもあの男は僕の足を引っ張るのか!!」



 激昂するヘクトン。


 その姿を見て、外務大臣は心の内で大きな溜め息を溢す。



(この男はやはりダメだな。これならレイシェル殿下の方がマシだった)



 外務大臣は元々国王派、つまりはレイシェルを王太子に据えた前国王派の人間だった。


 当初、外務大臣はレイシェルを王にすることに猛反対していた。

 というのも、レイシェルは良くも悪くも政治に無関心だったからだ。


 民衆を想う気持ちは感じられるが、それだけ。


 王として国を統治するにはその能力にどうしても不安があった。



(思い返してみれば、レイシェル殿下が政治に興味を持たなかったのは当然か)



 レイシェルは前王から溺愛されていた。


 本人が望まない限り、極力他者との交流を避けさせていたのだ。


 半ば軟禁されていたと言っても過言ではない。



(ならば多少物事に疎い点は目を瞑り、レイシェル殿下が王になってから学ばせる方が良かったかも知れない。……いや、どのみち手遅れか)



 今、王国の王はヘクトンだ。


 そして、その地位は遥かに磐石なものとなっている。



(民衆からの評判を除けば、だがな)



 ヘクトンは今、民衆から暗君だと揶揄されている。


 当たり前だ。


 面子のためにせっかく終わった戦争を再開させようと言うのだから。


 何より……。



「陛下。やはり報復戦争を止め、和平を申し出ては如何でしょうか?」


「お前は妃を奪われた僕に泣き寝入りしろと言うのか!!」


「そ、それは……」



 ほんの一ヶ月近く前の話だ。


 ヘクトンは王妃であるエリザに逃げられ、民の笑い者になった。

 それがヘクトンを帝国への報復戦争に駆り立てている理由だ。



「くっ、今日の会議はここまでとする!! 早急に帝国に勝つ方法を考えろ!!」



 その言葉を最後に、王国の重鎮らは会議室を後にする。


 誰もいなくなった会議室で、ヘクトンは勢い良くテーブルを叩いた。



「クソッ!! レイシェルめ、絶対に許さないぞ!!」



 ヘクトンは昔から兄が嫌いだった。


 別に何かされたわけではない。ただ不気味で、気持ち悪かった。


 生理的に受け付けなかったと言ってもいい。



「こんな時に限って、母上が病にかかるとは!!」



 ヘクトンの母、前王の側室である彼女は今、病に伏せっていた。


 腕の良い治癒魔法使いにも治せない病らしい。


 最後に面会できたのは一週間も前のことであり、命に別状はないらしいが、相当厄介な病とのこと。


 今までヘクトンの代わりに政治を行ってきたことが、ヘクトンの考え無しな行動に拍車をかけていた。


 と、その時だった。



「王様ってのも大変そうだねぇ?」


「っ、だ、誰だ!!」



 先程まで重鎮らが座っていた椅子に腰かけ、テーブルの上に足を乗せる何者かがいた。


 声からして女だろう。


 フードを目深に被っており、その顔は影になっていて見えない。



「兵士は何をしている!! おい、誰か!!」


「あー、無駄無駄。もう結界魔法を張っているから声は会議室の外に届かないよ。ここにはボクと君の二人きり」


「っ、な、何が目的だ!?」


「目的……目的ねぇ? んー、そうだねぇー」



 フードの女が笑う。



「端的に言えば、帝国の女帝の暗殺かな。あれ、邪魔だからさ」


「……帝国の女帝が?」


「そ。せっかく手練れの暗殺者を五十人以上も差し向けたのに、死の呪いを宿した魔剣を一発当てるのが限界だった……。その超強力な死の呪いも奴の生命力のせいで耐えられてたし、いつの間にか治されたし」


「な、なんの話だ?」


「……こっち話。まあ、とにかく。ボクと君の利益は一致している。だから君に、特別に帝国を滅ぼすための方法を教えてあげよう」



 その気になれば大陸を征服するなど容易いであろう国力を持つ帝国を滅ぼす方法。


 ヘクトンは息を飲む。



「な、なんだ、その方法というのは?」


「――勇者召喚」


「勇者、召喚……?」



 フードの女は口元を三日月のようにニヤリと歪め、嗤うのであった。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「一体どんな勇者が召喚されるんだ……」



「兄弟揃って王様向いてなくて草」「あとがき白々しくて草」「一人増えそうだなあ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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