第24話 捨てられ王子、夢を見る




「んっ……ここは……?」



 俺は眠たい目を擦り、瞼を開いた。


 すると、目の前には満天の星空と心地よい風の吹く草原が広がっている。



「よし、夢だな。お休み」



 俺は再び目を閉じて、二度寝する。


 さっきまで俺はクリントの部屋で眠っていたはずなのに、いつの間にか大草原の真ん中にいる。


 もう夢で確定じゃんね。



「……ん……正解……」


「ん? クリント? え、クリントさん!?」



 背後からクリントの声が聞こえたので振り向いてみたら、俺は目を疑った。



「そ、その姿は……?」


「……ん……説明するの……少し大変……」



 振り向いた先にいたクリントは、幼い少女の姿では無かった。

 ボンキュッボンの抜群すぎるプロポーションだったのだ。


 ネグリジェ姿や眠たそうな半分開かれた目は変わらないが、更に目のやり場に困る容姿である。


 大人の眠たげなお姉さんって感じの美女だ。



「……ここは……私の夢の世界……私は……ずっとここで生きてる……から……こっちの世界での私の方が……成長してる……」


「な、なるほど?」



 ちょっとよく分かんないけど、どうやら俺が今見ている夢は普通ではないらしい。



「……この世界は……お母さんにも……知覚できない……私の世界……」


「アルカリオンにも? それは凄いな」


「……そう……誰も知らない……私と……貴方だけの世界……だから――」


「え? うお!?」



 不意にクリントが迫ってきて、俺を力強く抱き締めてきた。


 クリントの大きなおっぱいが当たっている。



「な、何を――」


「……ずっと……一緒……私と……永遠に……二人きり……」


「っ!?」



 俺を見つめるクリントの目を見て、思わずゾッとしてしまった。


 クリントは何かがヤバイ。


 本能的な部分が全力で警笛を鳴らすが、ここで逃げてはならない気がした。


 俺はクリントの続く言葉を待つ。



「……貴方は……前にも一度……この世界に来ている……」


「そ、そうなのか?」


「……そう……それで……私たちは……愛し合っていた……」


「え!?」


「……子供も沢山いて……ラブラブだった……」



 衝撃的な内容に俺は目を瞬かせて硬直する。



「す、すまん、何の話だ? 全く記憶に無いんだが」


「……ここでの記憶は……私以外に……外に……持ち出せない……リセットされる……」


「え、まじか」



 ということは、俺は本当に夢の世界でクリントと長い時間を過ごしたのか。


 ヤバイ。全く思い出せない。



「……前の貴方は……外の世界を観測して……お母さんを止めたいって言ったから……特別に行かせた……」


「そ、そうなのか?」


「……でも……もう離さない……貴方は……私だけの大切な人……もう……どこにも行かないで……私を……一人にしないで……」


「それは……」



 俺はクリントの要求に言葉を詰まらせた。


 クリントは今、本気で俺と二人でいたいと願っている。

 断ろうと思っても、心臓がキュッと締め付けられて何も言えなくなってしまう。


 夢の世界で暮らした俺が何を思ってクリントと二人でいようと思ったのかは分からない。


 その記憶が無いから。


 でも、自分のことなので少なくとも俺の考えそうなことは分かる。



「クリントは外の世界が嫌いなのか?」


「……ん……」


「どうして?」



 俺の問いに対し、クリントは真っ直ぐ俺の目を見つめながら言う。



「……私のお父さんは……人族だった……でも……死んじゃった……私が大人になる前に……寿命で……」


「そっか」


「……大切な人が……死ぬのは……嫌……好きな人が老いて……死ぬのを……見たくない……」


「……」



 難しい問題だ。


 生きる時間が違うというのは、長く生きる者にとっての苦痛なのだろう。



「……でも……私の世界なら……寿命はない……誰も死なない……永遠に生きられる……大切な人が……ずっと一緒にいてくれる……」



 ……重い。重いなあ、凄く。


 多分、クリントは長く生きているだけの幼い子供なのかも知れない。


 俺とは見えている景色がまるで違う。


 俺は一度死んでいるから、転生という経験を経ているから普通の人と比べて少し価値観がズレている。


 しかし、クリントは全く違うのだ。


 大切な人を見送ることしかできない立場は、きっと恐ろしいものなのだろう。



「でも、クリントには同じ時間を生きて行ける家族がいるでしょ?」


「……お母さんは……嫌い……お父さん以外の人を……好きになったから……」



 そ、それに関しては何も言えないなあ。



「……お姉ちゃんたちも……嫌い……」


「どうして?」


「……大切な人が……先に死んじゃう苦しみを……悲しみを……知ってるはず……なのに……私と一緒に……夢の世界にいようって……お願いしたら……断ったから……」



 ……なるほど。


 たしかにアイルインとかは、刹那的な生き方をしている人種だ。

 ああいうタイプは永遠や不変というものを嫌っている。



「……妹たちは……嫌いじゃないけど……まだ……私の気持ちを……理解してくれない……」


「そっか」


「……でも……貴方は……違った……私の苦しみを理解して……一緒にいてくれた……だから今回も……一緒にいてくれる……?」


「う、うーん」



 俺は頭を掻きながら、考える。


 ああ、クリントのお願いの断り方を考えているわけじゃない。


 考えているのは、前の俺の考えだ。


 果たして絶世の美少女の願いを放って現実世界に戻るだろうか。


 確信を以って言える。――絶対にしない。


 俺は俺に好意を持ってくれている人を悲しませたくないし、美少女を泣かせたくない。


 少なくとも俺は何らかの解決手段を、クリントよりも長生きする方法を考えてから外の世界に出ようとするはずだ。


 でもその方法をクリントに伝えなかったということは……。

 思いつかなかったか、それとも確信が持てなくて話さなかったかのどちらかだろう。


 ……考えろ……自分のことだろ……。



「……あっ」



 あるじゃないか。


 他の誰にも無い、俺だけが持つ特別な力。女神から授かったチート能力。



「クリント」


「……何……?」


「俺は多分、寿命では死なない」


「……どうして……?」



 クリントが首を傾げる。


 前々から疑問に思ってはいたのだ。俺は身体があまりにも成長しない。


 てっきり栄養不足から成長不良なのかと思っていたが、帝国に来てからの俺は三食きっちり食べて眠っている。


 身長が欠片も伸びないのはおかしい。


 有り得るのは、俺の『完全再生』が老化という状態異常を打ち消している可能性だ。


 俺がクリントにそのことを話さなかったのは、自分が不老であることに確信が持てなかったからだろう。


 ……ここからは勝手な想像だが。


 前の俺はこの可能性に思い至るまで長い時間を要したのかも知れない。


 考えに考えて思い至ったその可能性に気付きながらも、時間を重ねすぎた俺はそれをクリントに伝えられなかった。


 きっと歳を取って無鉄砲さとか、そういうのを失ってしまったのだろう。だから言えなかった。


 俺は前の俺が『こう考えるだろう』と予測したからこそ秒で気付いたが、きっと数年、数十年の時を考え続けていたに違いない。


 だったら前の俺に代わって俺が言う。



「クリント。俺は女神から貰ったチート能力で老いない。だから心配しなくていい」


「……寿命で……死なない? ……本当……?」


「クリントの知る俺は嘘つきか?」


「……違う……」



 俺はクリントの頭を撫でる。


 すると、クリントは気持ち良さそうに目を細めた。



「クリント。たしかに大切な人が先に死ぬのって、辛いんだろうな。俺はそんな経験が無いから、大した慰めは言えない」


「……」


「でもこれだけは約束する。俺はクリントより長生きするぞ」


「……本当……?」


「……ごめん。ちょっと言い過ぎたかも。同じくらいは生きる。俺も大切な人に先に死なれたら嫌だし」



 俺がそう言うと、クリントは小さく頷いた。



「……分かった……信じる……けど……」


「けど?」


「……約束を破ったら……二度と……私の夢からは……出さない……目を覚まさせない……私と永遠に……ここで過ごそう……?」


「お、おう。そうだな」



 ちょっと重い気がするけど、俺は愛が重い方が安心する派だ。


 こうして俺は、夢の世界から帰還する。



「――ありがとう、レイシェル君」



 夢の世界から出る直前、知らない声が聞こえたので振り向いた。


 振り向いたその先。


 そこにはエメラルドグリーンの髪色をした優しそうな男性が俺とクリントを見て微笑んでいる。


 ……あー、そういう……。


 俺はその男性が誰なのか理解して、ぺこりとお辞儀した。

 同時に意識が遠退いて、俺とクリントは現実へと戻るのであった。









―――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「何でもなさそうな美少女が激重感情抱いてたりしたら興奮する」


レ「そ、そっか」



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