第23話 捨てられ王子、お寝んねする
「うーむ。ちと鬱陶しいのう、この鞍」
帝都から魔導列車で西に一時間移動した場所には、帝国が保有するワイバーンたちの宿舎がある。
そのすぐ隣にワイバーン用の滑走路があり、俺はローズマリーとサリオンを伴ってそこでちょっとした作業をしていた。
俺の目の前では通常のワイバーンの倍近い大きさの漆黒の竜が一頭、鞍を鬱陶しそうにしている。
この黒竜はサリオンだ。
流石はアルカリオンの母と言うべきか、彼女も竜の姿になることができるらしい。
では何故、サリオンが鞍を装備してワイバーン用の滑走路に来たのか。
その答えは――
「ほれ、小僧。さっさと儂の背に乗るのじゃ」
「う、うん」
そう、俺がサリオンに乗って空を飛ぶためである。
どうやらアルカリオンはサリオンを攻撃に使う気は無いらしい。
今回、アルカリオンは俺の希望通りにアガーラム王国を無血攻略するつもりのようだ。
しかし、俺の希望は所詮理想論。
上手く行くとは思えないが、アルカリオンの目は本気だった。
サリオンは王国に絶対に勝てないと思わせるためのいわば脅しであり、その背に俺を乗せることで色々と演出する予定らしい。
どこから持ってきたのか、アルカリオンが一昔前の映画監督のような格好をしていたのは笑った。
とまあ、アガーラム王国の無血攻略のためにも俺はサリオンに乗って自由に空を舞えるように練習しに滑走路まで来たのだが……。
「どうしたのだ、レイシェル?」
自身のワイバーンに跨がったローズマリーが小首を傾げている。
俺がいつまで経ってもサリオンに乗らないからだろう。
でも、ちょっと無理なのだ。
「そ、空が怖いっ!!」
以前、俺は暴走するアルカリオンを止めるためにパラシュート無しのスカイダイビングをした。
自分の意思でやったなら、まだトラウマになることもなかっただろう。
しかし、あの酔っ払い皇女改めアイルインのせいで地味にトラウマになってしまった。
ぶっちゃけ空が怖いです。
でも飛ばなきゃアルカリオンの作戦が上手く行かないだろうし、どうしたものか……。
「まったく、まどろっこしいのじゃ!!」
「のわあ!?」
サリオンが俺の首根っこを咥え、宙に放り出して背中でキャッチする。
痛い!! 股打った!!
俺は『完全再生』で痛みを消しながら、サリオンに苦言を呈する。
「乱暴反対!! 乱暴反対!!」
「では飛ぶのじゃ」
「話聞こうよ!! って、うお――」
「口を開くと舌を噛むぞ」
景色が一瞬で流れて行く。
そして、サリオンが大きく羽ばたいたと思ったら宙に舞い上がった。
俺は振り落とされないよう両足をしっかり締めて鞍にしがみつき、手綱を強く握る。
一応、サリオンに乗る前にローズマリーからワイバーンの乗り方は習った。
しかし、サリオンはワイバーンなど比べ物にならないくらいの加速力と上昇力を有しており、風で圧死しそうだ。
あまりの風圧で骨が折れてしまいかねない。
思わず『完全再生』を使い、俺は全身の骨を治しながら飛翔する。
竜騎士が使う呼吸を補助するヘルメットみたいな魔導具が無かったら、息ができなくて窒息死していただろう。
帝国の技術に改めて感嘆する。
サリオンはローズマリーの騎乗するワイバーンをあっという間に置き去りにしてしまった。
「どうじゃ? 儂の乗り心地は?」
「――ッ!!」
サリオンはテレパシーみたいに直接脳内に語りかけてくるため、向こうの声は聞こえる。
しかし、こちらの声は届かない。
必死に「もっとスピード落として!! やだ、死ぬ!!」と言っても全く通じていなかった。
むしろ……。
「ほう!! もの足りぬようじゃな!!」
もっと加速しやがった。
このメスガキのじゃロリドラゴン、後で絶対にベッドの上で泣かせてやる!!
俺の訴えも虚しく、更に加速する。
全身の骨から常にバキバキ音がして、景色を楽しむ余裕など無い。
多分、マッハ出てるんじゃないかな。
通常のワイバーンの巡航速度が大体時速300km程度らしい。
改良種はもっと速いそうだが、どのみちサリオンには遠く及ばない。
現代の日本の戦闘機にしがみついて風に晒されているようなものだろう。
そんな経験は無いから分かんないけど。
「――ッ!!」
俺は必死にサリオンの身体をぺちぺちして停止するよう求めたが、分厚い鱗のせいで気付かない。
アカン。これ死ぬ。意識が……。
「む? ぬあ!?」
俺は少しずつ意識が暗闇に消え、手綱を放してしまった。
ふわっという浮遊感が身体を襲う。
サリオンが焦って俺を追いかけてくるが、急降下は苦手なようで、ギリギリ間に合いそうに無い。
「はぐあっ!?」
意識が落ちたのは一瞬だったと思う。
次に目を覚ました俺は、ふかふかのベッドの上にいた。
上を見ると、天井に大きな穴が空いている。
もしかしたら俺はどこかの民家に落下してしまったのかも知れない。
「土下座で謝ったら許してくれないかな……?」
というか俺、結構なスピードで落下したと思うが、何故生きているのだろうか。
まさか『完全再生』を無意識で使った?
いや、それなら身体の痛みが消えているはず。身体はしっかり痛い。
「……大丈夫……?」
「え?」
声をかけられて、そちらを見る。
眠たそうに目を擦るエメラルドグリーンの髪の少女が身体を起こしていた。
薄くウェーブのかかった綺麗な髪の少女だ。
華奢で小柄な体躯に反し、ネグリジェという目のやり場に困る格好。
俺はその少女を知っている。
以前、拐われた際に俺の服の袖を握って眠っていた幼い少女――クリントだ。
「あ、え? ここ、帝城か?」
「……ん……」
どうやら俺が放り出されたのは帝都上空で、しかも帝城のクリントの部屋の真上だったらしい。
流石に人が落ちてきたら、クリントも目を覚ましてしまったようだ。
そうか、このふかふかのベッドはクリントが眠るための高級ベッドだったのか……。
クリントが俺を心配そうに見つめている。
「あー、えっと、俺は大丈夫、です。その、ご迷惑をおかけしました」
「……ん。……おいで……」
「え?」
「……ん」
クリントがベッドの上で正座し、自らの膝をポンポンと叩く。
膝枕、だろうか。
「お願いしまーす!!」
多分ちょっと具合が悪いかも知れないからな。
あんな高い場所から落ちたせいで『完全再生』でも治すのに時間がかかる怪我をした可能性が少なからずなくはない。
ならばちょっとくらい、天使のように可愛らしい少女の膝枕で休んだっていいじゃない。
「……ん」
お言葉に甘えて膝枕に頭を置くと、クリントは優しく俺の頭をナデナデし始めた。
優しい手つきに思わず眠くなってしまう。
「……ねぇ」
「え?」
「……一緒に……寝んね……する……?」
いや、それは流石に……。
もうすぐローズマリーやサリオン、その他にも騒ぎを聞きつけて誰か来るかも知れない。
「する!!」
でも今日は疲れたので寝る。
もう空は嫌だ。
俺はクリントと一緒にベッドで横になり、瞼を閉じた。
すると、クリントが身体をすりすりと寄せてきたではないか。
可愛い。
そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちた。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「ロリっ娘お姉ちゃんに頭撫でられながら一緒に寝たい」
レ「分かる」
「これはサリオンが悪い」「クリントかわいい」「一周回って正常な願望」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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