第13話 捨てられ王子、目覚める




 ワイバーンの背に乗って大空を羽ばたく。


 面白いように眼下の景色は移り、この調子なら帝都まであっという間だろう。


 俺はローズマリーから事情を聞く。



「アルカリオンを止めて欲しいって?」


「ああ。母上が怒りを抑えられず、自らの真の姿を解き放って暴れているらしい」



 竜人の真の姿ってことは、ドラゴンか何かなのだろうか。


 しかし、アルカリオンが激昂するとは。


 彼女に愛され甘やかされている自覚はあったが、そこまでとは思いもしなかった。


 正直ちょっと嬉しい。



「あー、多分レイ君が想像してる何百倍も酷いよ。今頃帝都が半壊してるんじゃないかな~」



 と、そこでアイルインが言った。


 何やら帝都で起こっている事態について、少し焦りを覚えているようだ。



「あたしがまだ十歳くらいだった時かな? ママったらパパを敵国の人間に暗殺されて、その国の人間を皆殺しにしちゃったんだよね〜。民族浄化だ~つって」


「母上がそんなことを? いや、親しい者を殺されて怒るのは当然だろうが……」


「今よりバチクソ尖ってた時期だし、ママってほら。割と愛が重めで本質的にはお子様だからさ。自分の大切なものを害されるとマジギレするの。今回は怒りを発散できる対象が少ないから、暴れたくなっちゃったんだろうねぇ~」



 流石はお義姉さん。


 アルカリオンへの理解度が高いというか、分かりやすくて助かる。


 そうこう話しているうちに帝都が見えてきた。


 すると、何やら帝都の各所から無数の火の手が上がっているではないか。


 その中心には一つの巨大な影がある。



「何あれ!? 超カッコイイ!!」



 その巨大な影の正体は、ドラゴンだった。


 四足歩行で背中からは帝城よりも大きそうな翼がはためいている。

 純白の鱗が炎に照らされて紅く輝いているせいもあるだろう。


 暴れ回る姿はまさに破壊神。


 迸る黄金の魔力は大気を震動させ、その姿を見た者に畏怖を抱かせる。


 男の子なら多分全員憧れるビジュしてると思う。



「ぶふっ、あっはっはっ!!」


「アイルイン姉上? 笑っている場合ではないと思うのですが……」


「いや、だって!! ママのあの姿を見てカッコイイとか!! 普通ならビビってちびるのに!! こりゃママの夫に相応しいわ!!」



 どうやらアイルインのツボに入り、義父認定されたらしい。

 この調子で義弟認定もしてもらいたいところだな。


 それにしても、あの白い竜がアルカリオンの真の姿なのか。


 もしかしてローズマリーも本気を出したら、ああいう感じのカッコイイドラゴンに変身したりするのだろうか。


 気になる。超気になる。



「な、なんだ? レイシェル、その視線は?」


「あー、無理無理。レイ君、ローズマリーはドラゴンに変身できないよ~。あれは純粋な竜人が永き時を経て成る姿、真なる竜だ。混ざり者の私らにはできないよ」


「あ、そうなんだ……」


「っ、な、何故かレイシェルの期待を裏切ってしまった気がする!!」



 いやいや、そんなことはない。


 ローズマリーもドラゴンになったらカッコイイと思っただけである。



「しかし、どうしたものか……。完全に母上は暴走しているな」


「……俺が誘拐されたばかりに……」


「いやー、それは違うっしょ〜。悪いのはレイ君を拐った奴らであって、更に言うなら癇癪を起こしてるママ。君は悪くないって」



 そう言って俺を慰めるアイルイン。


 どこかアルカリオンに対してトゲのある物言いに感じられるのは俺の気のせいだろうか。



「ローズマリー、アルカリオンとアイルインって不仲なの?」


「い、いや、そんなことはない。ないが、私が生まれる前に何かあったらしくてな。確執とまでは言わないが、数年ほど喧嘩が続いているのだ」


「な、長いね……」


「長命者の喧嘩は長いと言うからな……」


「二人とも聞こえてるよ~。早くママを何とかしようよ~」



 俺とローズマリーは揃ってビクッとしながら、どうやってアルカリオンを正気に戻そうか考える。



「上空から呼び掛けても聞こえないだろうし、近づいたら危ないよな……」


「ああ、今の母上は無差別だ。レイシェルだと気付かない恐れもある」


「んー。なら、あたしが考えた作戦で行こう」



 と、酒瓶の中を呷りながらアイルインがニヤニヤ笑って言う。


 ローズマリーは少し訝しそうに顔をしかめたが、アイルインの指示に従ってワイバーンを更に高空まで上昇させた。


 眼下には炎上する帝都と、その帝都を闊歩するアルカリオンの姿だ。


 高い。ここから何をするのだろうか。



「んじゃ、いってら」


「え?」



 ドンッ!! と、アイルインに押される。


 俺もローズマリーも完全に理解が追いつかず、硬直してしまった。


 心なしか、ローズマリーの騎乗しているワイバーンも目を見開いている気がする。


 その場で落ち着いていたのはニヤニヤ笑っている酔っ払い女と、今もすやすやと気持ち良さそうに眠っているクリントちゃんのみ。



「うわあああああああああああああああああああああああッ!!!! 何すんだこんの酔っ払いいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」



 俺は前世も含めて、はじめてのスカイダイビングを経験する羽目になった。


 しかもパラシュート無しである。


 ローズマリーは慌ててワイバーンを降下させて俺をキャッチしようと試みるが、俺の落下速度の方が速かった。


 どうやらワイバーンは急降下や急上昇のような動きが苦手らしい。


 やばいやばいやばい。


 地面に落下する瞬間に『完全再生』を使えば何とかなるか?

 いや、絶対に無理。死ねば『完全再生』は発動しない。


 やるなら地面に落下した瞬間、意識が消滅する前に『完全再生』を使うしかない。


 落下は今までに経験したことがないから、どうやったら死なずに治癒できるのかが全く分からない。


 ……結論、詰み。



「ちっくしょー。あの酔っ払い、絶対に祟ってやるぅ!!」



 俺は恨み言を吐きながら、地面に向かって落ちて行く。


 その時だった。



「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!」



 大気を震わせるような咆哮が響いた。


 声の主を見ると、暴走していたはずのアルカリオンが真っ直ぐこちらに向かってくる。


 その巨体からは想像できない超スピードで飛翔してきたアルカリオンは、衝撃波を全く生じさせることなく俺の真下にまで来た。


 そして、俺に向かって大きく口を開く。



「え、ちょ、食べられ――」



 ぱくっ。視界が一瞬で真っ暗になってしまう。


 どうやら俺はアルカリオンに食べられてしまったらしい。


 性的にではなく、物理的に。


 しかし、落下は駄目でも咀嚼なら大丈夫かも知れない。

 しぶとく『完全再生』で生き残り、アルカリオンが正気になるまで噛まれ続けてやる。


 アルカリオンを夫殺しの女にさせてたまるか。


 気分的には歯茎の隙間に挟まった野菜の繊維や肉の筋みたいなモンだろうけどな!!



「……あれ? 中々咀嚼しないな……」



 口の中で過ごすこと十数秒、いつまで経っても咀嚼する気配は無い。


 唾液でぬるぬるしていて温かいだけだ。



「……ふむ。冷静に考えてみると、今の俺ってアルカリオンの口の中なんだよな……」



 ちょっと想像してしまう。


 竜人の姿の、白髪金眼の高身長爆乳無表情ママな美女の口の中に入って舐め回されているイメージを。


 ……やっべ。興奮してきたな。



「ん? おわっとと!?」



 しばらくして、俺は急に吐き出された。


 それも丁寧に地面の近くで、優しく下ろすような感じで。



「……坊や」


「うわ!? あ、なんだ、アルカリオンか」


「申し訳ありません。迷惑をかけました」



 竜の姿のまま、アルカリオンは俺に向かって頭を下げた。

 巨大な竜だからか、頭を少し下げるだけでも迫力が出ている。



「いや、別に迷惑なんて……。ちょっと興奮したし。ってそうじゃなくて!! もう大丈夫?」


「はい。本当に、申し訳ありません」


「謝らなくて良いって」


「しかし……」


「あ、じゃあお詫びってことでお願いしたいことがあるんだけど……」


「なんでしょう?」



 俺はアルカリオンに、少し興奮しながら言った。



「こ、今度ローションプレイとか、どう?」


「……坊やがそれを望むなら、いくらでも」



 よっしゃあ!!


 ついでにローズマリーにもお願いしてみようかな。

 美人母娘のぬるぬるハーレムプレイとか最高すぎるだろ。


 くっ、愛刀が今から疼くぜ!!









―――――――――――――――――――――

あとがき


作者「アルカリオンが咀嚼しなかったのはハムスターが硬直する感じのアレ(伝われこの表現)で脳がフリーズ、冷静になった」


レ「へぇー」



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