第12話 sideブチギレアルカリオン
時は僅かに遡る。
神聖ドラグーン帝国の宰相であり、数百年前から帝国を支えているハイエルフ。
オリガ・フォン・バートラー。
ハイエルフが故に恐ろしく整った美貌をしており、同じ女性からも積極的なアプローチを受けるモテ女である。
オリガは焦っていた。
(やってしまった!! 馬鹿な大臣が、よりによって陛下の夫となる者を害してしまった!!)
オリガは各方面に忍ばせている間者から情報を受け取り、大慌てで帝城へやって来た。
同じく帝都に住むハイエルフやエルフの同胞たちには急いで帝都から避難するよう命じ、民衆への避難勧告も行った。
同胞や帝都民にとっては意味の分からない命令だったことだろう。
しかし、数百年に渡ってドラグーン帝国を支えてきた宰相の命令であるためか、渋々ながらも皆が避難に応じた。
(問題は――)
オリガは恐怖で心臓が激しく鼓動するのを感じながら、帝城の大広間を訪れる。
普段は謁見に使われる大広間だ。
その大広間に入ると、そこには玉座に腰掛けるアルカリオンがいた。
「へ、陛下」
「――坊やが拐われました」
オリガは心臓が止まってしまったかのような錯覚に陥る。
「私の宝が、何者かに奪われました」
「す、すぐに捜索の手配を――」
「不要です。すでに居場所を突き止め、ローズマリーを迎えに行かせました」
行動があまりにも早い。
その理由を、数百年の付き合いがあるオリガは知っている。
女帝アルカリオンが有する竜の眼。
それは森羅万象を読み取り、無限に分岐する未来の可能性すらも全て見通してしまう神も同然の力だ。
「ご安心を、オリガ。昔のように暴れ回ったりするつもりはありません。それにしても、ままならないものですね」
「……心中、お察し致します」
神も同然の力があるなら、事前に誘拐を察知して防ぐことができるだろと皆が思うかも知れない。
しかし、それは酷なことだ。
神は生物というよりも、機械に近い。完全な生物は感情を持たず、繁殖を行わず、あらゆる欲求を有しない。
であるが故にアルカリオンは自ら不完全であろうとしている。
全力を出せば出す程、自我が崩壊してしまうから。
だからこそ、アルカリオンは常に自らの力の大半を封じた状態でいる。
今回はそれが裏目に出てしまった。
「民を避難させたようですね」
「っ、誠に勝手ながら、そうさせていただきました」
「良い判断です。以前は我を失って、大陸を滅ぼしかけてしまいましたから」
オリガは安堵する。
少なくとも数百年前と同じように大暴れするつもりは無いと聞いて安心したのだ。
「もっとも、坊やを拐った連中は一族郎党処刑します。――止めたりはしませんね?」
「っ、しょ、承知しました」
「それは良かった。貴女とは家族も同然なので、殺したくはなかったのです」
言外に止めたら殺すと言われ、オリガはぶるっと身震いする。
「と、ところで、誘拐犯のことですが……」
「分かっていますよ。坊やの誘拐を命じたのは軍務大臣です。どうやら彼はよほど戦争がしたい様子。坊や誘拐の犯人をアガーラム王国に擦り付けることで戦争を再開したいようですね」
「っ、や、やはり、ご存知でしたか」
「ええ、今は全て視えていますので。まだ他にも何か企んでいるようですし」
アルカリオンはオリガを見ておらず、明後日の方角をずっと眺めている。
今か未来か、それとも過去か。
いつどこを視ているのかは分からないが、恐ろしい量の情報がアルカリオンには流れ込んでいることだろう。
オリガは下手に話しかけず、アルカリオンが目を閉じる時を待つ。
その時だった。
空気を読まない肥え太った男が大広間に入ってきたのは。
「ぐ、軍務大臣……」
「陛下!! 一大事でございます!! レイシェル殿が拐われてしまいました!! 現場にはアガーラム製の魔導具の痕跡がありました故、奴らの仕業でしょう!!」
オリガは頭を抱える。
ドラグーン帝国の住民ならば、アルカリオンが全てを見通す目を持っていることを知っている。
しかし、それを本気で信じているのはオリガのような長命種のみだ。
軍務大臣は齢五十歳の人間であり、アルカリオンが過去に大陸を滅ぼしかけたことがあると知らない。
あらゆる嘘や策謀がアルカリオンには通じないという話を信じていないのだ。
(愚か者め。しかし、レイシェル殿は話している限りではあまり苛烈な性格ではない。彼が一族郎党処刑をやりすぎだと陛下を止めたら、大量虐殺は避けられるかも知れない)
せっかくここ数百年でアルカリオンの冷酷な面を知る者が減ってきたのだ。
過去三度、同じようにアルカリオンが怒り狂って民衆が彼女を恐れ、せっかく興した国が滅びたことがある。
あくまでもオリガの知る範囲で三度だ。
もしかしたらそれ以前に同じようなことをやらかしているかも知れない。
ドラグーン帝国はオリガの知る中で、アルカリオンが支配者として君臨する国としては最も栄えている国。
軍務大臣の一族を処刑し、民衆に余計な恐怖を与えるのは忍びない。
どうにかして大量処刑が行われる前にレイシェルと会い、アルカリオンを止めてもらわねばならない。
そう考えていた、その時だった。
「――お前、私の娘たちも拐ったのですか?」
アルカリオンの黄金の瞳が軍務大臣を射抜いた。
一瞬、軍務大臣は何のことか分からなくて本気で困惑したものの、すぐに意味を理解する。
「な、なんの話でしょうか?」
「『飲んだくれてばかりの無能な第二皇女と、眠ってばかりの怠け者な第四皇女をまとめて始末しよう』」
「!?」
「『全て他国のせいにしてしまえば、戦争を再開できる。戦争に乗じて儲けることができる。帝国には戦争をしてもらわなくては困る』」
「へ、陛下、それは……」
「十日ほど前、お前が小飼いの軍需品生産会社の人間と話していたことです」
冷や汗が止まらない軍務大臣に対し、呆れ顔のオリガ。
「戦争で懐を儲けるのは別に咎めません。人間はよくやることですし、人間らしいことですから。ですが、私の夫と娘たちに手を出した。私の命よりも大切な宝に手を出した」
「お、お待ちを!! ど、どうか話を――」
「『私は陛下のお望み通りに世界を統一するための手伝いがしたいだけ』、ですか」
「!?」
アルカリオンが軍務大臣の心を読み取り、先の台詞を言い当てる。
すると、アルカリオンは変わらず無表情で言った。
「私が世界征服を目論み、世界を相手に戦争している理由を教えて差し上げます」
「え?」
「その方が、生き物らしいからです」
生き物らしいから。
別に世界が欲しいわけでも、他国を滅ぼしたいわけでもない。
ただ他者を支配したい、そういう行動をすることで自分が人間であると定義したいだけ。
人間ではない、超生物であるが故の行動だ。
「私が戦争をしているのは、自分が自分でいるためです。長い時を生きていると、そういうことをしないと狂うのです。でも、最近は戦争より人間らしいことができるようになりました。恋です。愛です」
人は愛し合うことで人を作る。人は子を愛することで人を育てる。
戦争を止めたのはそれだけの理由だ。
アルカリオンは人を愛する以上に人間らしい行為を知らない。
故に、もう戦争は必要無いのだ。
レイシェルという男を本気で愛する方が生き物らしくいられるから。
「ま、待っ――」
アルカリオンは容赦なく軍務大臣の首を手刀ではね飛ばした。
そして、静かにオリガに告げる。
「今回は大丈夫だと思ったのですが、娘たちにまで手を出されたと知って、我慢は無理そうです。しばらくしたら暴れます。オリガは避難しなさい」
「しょ、承知しました」
「可能な限り早めに、三日ほどで怒りを発散する予定です。それまで民衆は何人たりとも近づけさせないように」
オリガはその場から全力で離脱する。
アルカリオンの命令に従うためではなく、帝都への被害を最小限に抑えるため。
オリガは竜騎士の宿舎に向かい、その通信室にある魔導通信機に手を伸ばした。
連絡する先はレイシェルを迎えに行ったローズマリーだ。
「陛下が激昂しています!! 止められるのはレイシェル殿しかおりません!! 急いで帝都まで戻ってきてください!!」
それからオリガは大慌てで帝都外に出た。
その直後、帝都に体長数百メートルにも及ぶ巨大な白竜が姿を現すのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「作者もこれくらい誰かに愛されたいよ……」
レ「俺がいるぜ!!」
作者「美少女に愛されたいんだよハーレム野郎が!!」
レ「そういうところだぞ」
「マジギレアルカリオン怖い」「宰相は苦労人枠か」「作者そういうところだぞ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます