第6話 捨てられ王子、むしろお願いする





 お風呂には、古来より混浴という概念がある。


 男女が同じ湯に浸かり、互いの仲を深め合う素晴らしいものだ。


 ところがどっこい、所詮は名ばかりのもの。


 下心と淡い期待を胸に抱いて混浴に向かった青少年が見るのは同性のオッサン、良くてオバチャンである。


 でも!! 今!! 俺は!!



「……最高すぎるでしょ」


「お、おい、レイシェル。あまり見ないでくれ」


「私はもっと見て頂いても構いませんよ。人に恥じる体型はしておりませんので」


「母上、それだと私が人に見られて恥ずかしい体型をしているみたいではありませんか!!」



 俺の目の前には二人の美女がいる。


 大きなおっぱいにタオルを巻いて隠してはいるが、その存在感は隠せない。


 破壊力が半端ないのだ。

 一歩歩く度に「どたぷんっ」と揺れるおっぱいは見ていて眼福である。


 そして、どちらも抜群のスタイルだった。


 ローズマリーは鍛えているのか、引き締まった印象を受ける身体だ。


 対するアルカリオンは天然ものだろう。


 元からそういうスタイルをしており、生まれながら完成した美とでも言うべきか。


 鍛え上げた美と、完全無欠の美。


 どちらが優れているとか、そういうことはない。どちらも素晴らしいものだ。



「ええい!! 見るなと言っているだろうに!! さっさと風呂に入るぞ!!」


「あ、待った待った。湯に沈むのは身体を洗って汗を流してからだぞ」


「む。た、たしかにそうだな。先に洗わないと湯が汚れて後に入る者に迷惑か」



 数十人が入れるであろう巨大な浴槽の隣に幾つかの小さなシャワールームがある。


 この浴場は皇族と皇族が許可した者しか利用できないそうで、騎士や兵士、侍女たちが使う浴場はまだ無い。


 というのも、どうやらアルカリオンが浴場に乱入してきたのはお風呂を体感するためらしい。


 アルカリオンが自らお風呂に入り、有用なものと認めたら、騎士や兵士、侍女たちも利用可能な大浴場を帝城に作るのだとか。


 そちらにはもっとシャワールームを沢山設置するようだ。


 いくらお風呂に日々の疲れを癒す効果があると言っても、シャワーで十分という考えが当たり前の中、俺の意見一つで浴場をポンポン作るとは……。


 アルカリオンの行動力と決断力、それから帝国の技術力が凄い。



「い、言っておくが、覗くなよ?」


「あはは、分かってるよ」



 シャワールームは壁で隔たれている。


 俺はローズマリーが入ったシャワールームの隣のシャワールームに入った。


 眼前には一枚の大きな鏡がある。


 アガーラムにも鏡はあったが、お世辞にも質の良いものとは言えなかった。

 しかし、帝国の鏡は綺麗に俺の姿を映し出している。



「……まじで五年前と変わってねーな、俺」



 父譲りの灰色の髪は結う必要があるくらいには伸びてしまっているが……。


 身長はそのままで顔付きも変わらない。


 戦場を駆け巡っていたせいか、細身ながらも少し筋肉はある。



「ふむ。こうして改めて見ると、俺って結構な美少年だよなあ」



 母譲りの俺の顔立ちは非常に整っている。


 もっと大きくなったらイケメンアイドルも顔負けになるだろう。



「この容姿なら、たしかにアルカリオンやローズマリーが俺に惚れるのもおかしくないかも知れない」


「私が坊やを愛しているのは、容姿だけが理由ではありませんよ」


「え?」



 声がしたので振り向いたら、何故かアルカリオンが同じシャワールームにいた。



「え? ちょ、もう一回言わせて。え? な、なんで――」


「静かに。騒いだらローズマリーに見つかってしまいます。せっかくなので身体を洗いっこしようと思いまして」


「あ、そ、そうなんですか?」


「はい。親しくなるために背中を流し合うということがお風呂ではあるのでしょう?」



 たしかお風呂を作って欲しいと頼む際、そんなことを言った気がする。


 いや、でも、この状況は流石に!!



「やましいことは何もしません。坊やが嫌なら諦めますが……」



 相変わらず無表情だが、どこかしょんぼりした様子で言うアルカリオン。


 そんな表情されたら断れないって。



「むしろ、お願いします!!」



 これはアルカリオンの誘いを断って、彼女を悲しませないため。


 決して俺が女神のような絶世の美女に背中を流してもらいたいとか、そういうことを思ったわけではない。


 ないったらないのだ。


 俺はアルカリオンに背を向け、背中を洗ってもらうことにした。

 アルカリオンが石鹸を取り出し、それを泡立て始める。


 その次の瞬間だった。


 むにゅ。



「ほあ!?」



 むにゅむにゅ。ぶるんぶるん。どたぷん。


 とても身体を洗うスポンジとは思えない、柔らかくてすべすべの何かが俺の背中を擦る。


 こ、これは……ッ!!


 見えない。

 アルカリオンに背を向けている俺には、その柔らかいものの正体が分からない。


 しかし、分かる。男の直感で理解してしまう。



「あ、ああああの、アルカリオンさん?」


「何か?」


「その、随分と柔らかいものが俺の背中を擦っているようですが……」


「これが何か気になりますか?」



 気にならないわけがない。


 しかし、振り向いてアルカリオンを見るまで正解は分からない。

 こういうのをシュレディンガーの猫とでも言うのだろか。



「とても気になります」


「では自分の目で確かめてみてください」


「――はい!!」



 俺は期待を胸に勢い良く振り向いた。


 しかし、その途端に俺は柔らかいものに包まれて視界が真っ暗になってしまう。


 原因はすぐに察した。


 勢い良く振り向きすぎたせいで、その柔らかいものに顔を埋めてしまったのだ。心なしか甘い匂いもする。


 俺が慌てて離れようとすると――



「坊やは甘えん坊ですね」



 そう言ってアルカリオンが俺をギュッと抱き締めてきたのだ。


 何も見えないが、感じる。


 俺は今、母なる大地にその身を任せているのだと瞬時に理解した。



「よしよし。いいこいいこ、です」



 まるで母が子をあやすように、俺の頭を優しく撫でるアルカリオン。


 もういっそ「ママっ!!」と甘えたい。



「……ふむ、構いませんよ」


「え?」


「私は坊やの妻ですが、坊やのママになることも吝かではありません。好きなだけ甘えてください」



 そうか、俺の女神ママはここにいたのか。



「アルカリオン!! いや、ママ!!」


「はい、なんですか?」



 俺はアルカリオンに抱き着いて、大人の階段を登る決意をする。


 今までは理性を総動員して我慢してきたが、もう無理だ。


 今から俺は獣になります。



「好きだ!! 愛してる!! 俺と付き合ってくれ!! それから結婚してくれ!! 子供も沢山生んでくれ!!」


「はい、良いですよ。今から私は貴方の妻であり、坊やのママ。好きなだけ甘えなさい」



 俺は限界突破して鋭くなった愛刀をアルカリオンに見せつける。



「おや。可愛い外見に反し、こちらは凶悪なのですね」


「はあ、はあ、アルカリオン!!」


「ママはどこにも逃げませんよ。さあ、いらっしゃい」



 小さなシャワールームの中で愛を確かめ合おうとした、その時だった。



「レイシェル、随分と時間がかかっているが、何かあっ……たの……か」


「「あっ」」



 俺とアルカリオンの声が重なった。



「な、なななっ」


「ま、待って、ローズマリー。これは、その」


「ローズマリー、今から母は坊やとママプレイをします。先に湯船に沈むように」


「ちょ、アルカリオン!?」



 正直に俺とナニをしようとしていたのか淡々と話すアルカリオン。


 ローズマリーは絶叫した。



「母上とレイシェルは何をしてるのですかあああああああああああああああああああああッ!!!!」



 ローズマリーの絶叫により、シャワールームの鏡が割れる。


 シャワーのノズルも故障したのか、お湯が溢れてきた。


 な、なんだ今の!?



「ふむ、竜の咆哮ドラゴンロアですか。流石は私の血を色濃く受け継ぐ娘。日頃の鍛練もあり、竜の力に少なからず目覚めたようですね」


「え!? 何を感心してるの!?」



 その後、俺とアルカリオンはローズマリーから小一時間ほどお説教を食らう羽目に。


 それから三人で少し気まずい入浴を済ませる。


 ちなみに二人の大きなおっぱいは見事にお湯に浮いていた。


 シャワーが故障してしまったため、修理の手伝いを申し出たらアルカリオンがオッケーしてくれた。


 そこでまたトラブルが発生するとは、この時の俺は想像もしていなかったのである。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「見えてないからセーフ。ヤってないからセーフ。直接描写していないからセーフ。……と思いたい」



「アルカリオン最高」「くっ、あと少しだったのに!!」「セー……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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