第5話 捨てられ王子、ダメ人間になる






 俺がドラグーン帝国に来てから一週間の月日が経った。


 同じく帝国に連行された部下たちは、治療対象を民間人に限るという条件で帝都の治療院にて厚待遇で雇われている。


 治癒魔法の腕前に見合った給金が貰えてホクホク顔だったし、心配は無さそうだ。


 対する俺はというと、ぶっちゃけ暇している。


 アガーラムのものよりも遥かに美味しい料理を朝昼晩と三食食べて、眠たくなったらふかふかのベットでぐっすり。


 たまーに帝城の書庫で読書するくらいだ。



「ダメだ。このままだとダメ人間になる」



 いやまあ、望むところではあるが。


 でも微かに残った文明人としてのプライドが怠惰な生活を許さない。



「俺も何かやりたいな……」



 しかし、残念ながら俺は帝城から出る許可を貰っていない。


 アルカリオンが駄目って言うから。


 いくら捕虜と言っても、他国の王子を労働に従事させるのは駄目らしい。

 どうやらアルカリオンは俺をアガーラム征服の際の交渉のカードに使いたいみたいだ。



「一つ断っておくなら、私の坊やに対する好意は本物です。アガーラム征服のために坊や、レイシェルを利用するのは本意ではなく、私は本気で坊やを愛して――」



 と、アルカリオンが無表情のまま捲し立ててきた時はちょっぴりビビった。


 別に彼女の好意を疑っていたわけではないが、アルカリオンはそういうことを気にするタイプだったらしい。


 そういうわけで、捕虜にした王族を労働力として酷使するのは可能な限り避けたいそうだ。


 俺はただ美味しいご飯を食べて、ふかふかのベッドで眠る。

 たまに様子を見に来たローズマリーやアルカリオンとお喋りするだけの生活。


 ハッキリ言おう。



「……最高すぎる……」



 実はもう手遅れで、俺は駄目人間になっているのかも知れない。


 え? 何が最高かって?


 理想のぐうたら生活もそうだけど、一番はローズマリーとアルカリオンである。


 ちらちらと好意的な視線を送ってくるローズマリーと、俺をギュッと抱き締めながら頭をナデナデしてくるアルカリオン。


 特に後者に至っては抱き締められる際に大きなおっぱいに埋もれて脳汁がどばどば出る。

 未だに下半身に脳を支配されていない自分を褒めてやりたい。



「……それにしても、帝国は凄いな……」



 俺はふと借りている客間の窓から改めて外の景色を見下ろす。


 帝国の文明は凄まじかった。



「……魔石で動く機関車や電球……いや、魔力で光るわけだし、魔球かな? ちょっと文明レベル高すぎないか?」



 もしかしたら明治初期くらいの文明レベルはあるかも知れない。


 明らかに周辺国より技術が突出している。


 たった一国で世界征服を目指し、四方八方に宣戦布告するだけのことはある。


 その反面、銃や大砲のような兵器は発想すら無い状態だ。

 魔法という破壊力を伴った攻撃手段が昔から存在するからだろうか。


 ワイバーンという圧倒的な航空戦力もあるため、飛行機も発展していない。


 歪な発展の仕方だ。


 でも、それらの兵器を作る下地がドラグーン帝国には確実にある。



「……帝国が本気で兵器開発に着手したら、まじで現代兵器とか作り出せそうで怖い」


「何が怖いのだ?」


「どわあああああああっ!!!! び、びっくりした!!」


「す、すまない。ノックはしたのだが……」



 どうやら考え事に集中するあまり、ローズマリーが部屋に入ってきたことに気付かなかったらしい。



「い、いや、こっちも考え事してて気付かなかったので……。それより、どうしたのです?」


「む。レイシェル、敬語はよせと言っただろう?」


「あ、ごめん。びっくりすると咄嗟に出ちゃってさ」



 ここ一週間で俺とローズマリーの距離はぐっと縮まった。


 ローズマリーとは話していて普通に楽しい。


 身じろぎ一つでボインボイン揺れるおっぱいを見るのも目が楽しい。


 っと、あまりじろじろ見るのはやめよう。



「えーと、急にどうしたんだ?」


「いや、レイシェルの言っていたものを用意することができたからな」


「え!? まじ!?」



 俺はローズマリーからの知らせに歓喜した。


 ローズマリーにお願いして、すぐ目的の場所に案内してもらう。



「お、おお!!」


「しかし、何故わざわざ風呂を? シャワーで十分ではないか?」


「ふっふーん。分かってないなあ、ローズマリーは」



 そう。


 実は帝都には水道が備わっており、帝城に至っては温かいお湯も出る。


 水圧は少し弱めだが、シャワーがあるのだ。


 しかし、やっぱり日本人ならお風呂に肩まで浸かりたい。


 そこでアルカリオンにお願いしたら、秒で了承して帝城を改造し、大きな浴場を作り始めた。

 一週間という圧倒的な早さで工事を済ませてしまったのは驚いたな。


 俺はローズマリーにお風呂の素晴らしさを頑張って伝える。



「お風呂は良いぞ。最高だ」


「具体的にどう良いのだ?」



 俺はそのストレートな問いに詰まる。



「えーと、それはあれだよ。気分が良くなる。リラックス、みたいな」


「気分的なもの、ということか?」



「うーん、口頭で説明するのは難しいかな……。でも効果があるのは本当だぞ。俺のわがままで最前線に風呂を作ったら、兵士からも好評で士気も上がったし。まあ、土魔法で穴を掘って水魔法で出した水を火魔法で温めた簡単なやつだけど」


「む、そうなのか。……今度前線に作ってみるか」


「あ、え、えーと、ローズマリー。今のは聞かなかったことしてくれないか?」



 やっべー。


 仮にも戦争中の相手に、結構重要な情報を渡しちゃったかも。


 国がどうこうではなく、お風呂で帝国軍が士気を上げて王国の兵士たちに被害が出るのは好ましくない。


 と思ったら、ローズマリーがあることを教えてくれた。



「アガーラムのことを気にしているのか? それなら心配は要らない。貴殿を捕虜にしたことを公にして、一時的に王国とは停戦になった」


「あ、そうなの?」


「うむ。流石にレイシェルを戦地に追いやった連中も、捕虜になった王族を見殺しにするのは外聞が悪いと判断したのだろうな」


「そっか、戦争はしてないのか」


「あくまでも停戦だがな。王国はレイシェルの返還を求めてきているが、王国のそなたへの仕打ちを考えれば母上は絶対に応じないだろう」


「仕打ちって、ただ権力争いで負けただけだし、生きてるんだから良くない?」



 ローズマリーやアルカリオンには王都でのことをすでに話している。


 アルカリオンにその話をした時、いつもと同じ無表情だったのに謎の迫力があって少し怖かったな。


 とまあ、雑談はここまでにしておいて。



「それより早速入ろう!!」



 俺は服を脱いで、早速お風呂に入ろうとした。


 しかし、ローズマリーが顔を耳まで真っ赤にして止める。



「な、きゅ、急に脱ぎ始めるな!!」


「あ、ごめん。でももう俺の裸は見てるし、良いじゃん」


「あ、あれは戦場での出来事で……」



 ローズマリーは戦場で俺の全裸を見ている。


 俺が油断してワイバーンの火炎放射を食らい、服が全焼したからな。


 その状態でローズマリーを治療し、そのまま捕まったので裸は見られている。


 だから俺にはもう、恥じらいはない。



「す、すぐに出て行くから、脱ぐのはそれからにしてくれ!!」


「――その通りです。ここから先は私と坊やの、夫婦の時間です。ローズマリーは少し外すように」


「な、は、母上!?」



 いつの間にかアルカリオンが浴場に来ていた。


 お風呂に入る気満々のようで、タオルやら着替えやらもしっかり準備してある。



「な、なりません!! そんな、服を脱いだ男女が密室に二人きりなど!!」


「愛し合う二人であれば問題ありません。坊やもそう思うでしょう?」


「――はい!!」


「レイシェル!! 何を笑顔で頷いているのだ!! くっ、私も一緒に入るぞ!! 二人がやましいことをしないか、監視させてもらう!!」



 ……あれ?


 なんかローズマリーとアルカリオンとお風呂に入る流れになっちゃった。


 最高じゃない?








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「美女二人とお風呂、か。有罪」


レ「まだ何もしてないのに!?」



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