第2話 捨てられ王子、敵国の兵士を治療する
戦場の最前線に来てから五年が経った。
俺は二十歳となり、すくすく成長――はしていなかった。
身長は160cmも無い。
理由は分かっている。
最前線で配られる食べ物はお世辞にも美味しいとは言えないし、バランスも悪い。
仮眠用のベッドは硬い上、いつ敵襲があるかも分からず、しっかり眠ることができない。
食事と睡眠を十分に得られないのは成長の妨げになると聞いたことがある。
そのせいか、二十歳になった今でもチビなままなのだ。
でもまあ、王族特権で俺はまだ質の良いものを回してもらっている方だからな。
最前線にはヘクトンやヘクトンマッマに反目した者が多くいたようで、実は未だに王子扱いを受けていたりする。
身長が思ったように伸びなかったことくらい我慢すべきだろう。
しかし、何も悪いことばかりではない。
チビは物陰に隠れやすいし、力では劣るが、スピードでは勝る。
最前線で味方の兵士を治療して回る衛生兵部隊としては、チビというのは意外と喜ぶべき要素なのかも知れない。
「――ル殿下ッ!! レイシェル殿下ッ!! 起きてくださいッ!!」
「……んぅ……朝ご飯はトースト派です」
「起きろバカ殿下ッ!!」
「あばふ!? お、おま、仮にも上官で王族の腹をド突いて叩き起こす奴があるか!?」
腹に重い一撃を食らい、俺は意識が覚醒した。
「ワイバーンの空襲ですよ!! 丸焦げのトーストになりたいなら起こしませんがね!!」
「やだよ。再生できるけど、全身が焼ける感覚ってとんでもなく苦しいし」
「だったらとっとと撤退しますよ!!」
俺は仮眠用ベッドの脇に置いておいた白いマントを羽織る。
テントを出て上空を見上げると、無数のワイバーンの姿があった。
ここは最前線の中でも比較的安全だった後方陣地。
ワイバーンによる敵の目を誤魔化すために森の中に造られていたが、ついに見つかったらしい。
方々では既に火の手が上がっており、悲鳴が止まらない。
「レイシェル殿下ッ!! この陣地を捨てて別の陣地に移動です!! 我々も急いで後退しましょう!!」
「あー、駄目。それは却下」
「はっ!! ……は!? ちょ、アンタ何言ってんの!?」
「まだ味方が撤退できていない。怪我人も出ている。俺たちが撤退するのは、そういう奴らを治療して逃がした後だ。殿軍? ってやつだよ」
「衛生部隊のやることじゃなくないですか!?」
「ははは、今更だろ。戦場を駆け回って味方に治癒魔法をかけまくる衛生部隊があるか?」
普通、衛生部隊と言ったら後方で怪我人の手当てを始めとする衛生面の管理が使命だ。
しかし、俺の部隊は少し違う。
生きてさえいれば重大な怪我でも瞬時に治してしまう俺の力は効率的に運用すべき、と将兵らが考えたのだ。
最初は俺一人だったが、次第に部下が増えて今では二十名の治癒魔法使いから為る部隊になった。
近頃は白いマントに由来して帝国側から『白騎士』という通り名で恐れられている。
戦場で致命傷を負った兵士たちが次の日にはピンピンしており、決まってその戦場に現れることから付いた通り名らしい。
俺たちの役割は兵士を死なせないことだ。
陣地が襲撃されたなら一人でも多くの兵士を死なせずに逃がすべきだろう。
「まあ、皆はワイバーンの火炎放射食らったら普通に死ぬし、ここは俺に任せて先に行け」
「分かりました!! ご武運を!!」
「あれ!? そこは『アンタ一人を置いて行けるか!! 俺たちも残る!!』って言うところじゃない!?」
「え、だって普通に死にたくないですし……」
まったく正直な部下たちだぜ。
でもまあ、無理もない。彼らは元々兵士ではないからな。
いわゆる徴兵義務で戦場に来た兵士なのだ。
まるで戦時中の日本のように、アガーラム王国では国のために死ねることが最大の名誉、みたいな空気が広まっている。
どうやらヘクトンマッマやその他の重鎮らが弄した策らしい。
しかし、最前線で戦っているうちに洗脳が解けて正気に戻る者が多かった。
彼らは一人一人が生きている、死にたくないと考えて当然の人間。
むしろ死ににくいから死にそうなこともできてしまう俺の方が異常なのかも知れない。
「そうか。じゃ、また後でな」
「っ、あーもう!! 分かりましたよ!! でも危ないと思ったらすぐ逃げますからね!!」
「男のツンデレは需要が無いぞ?」
「つん……?」
殿軍が土魔法で作った塹壕に籠り、上空から迫るワイバーンを魔法で迎撃する様を横目に怪我人を治療して回った。
死傷者を最小限に抑え、後方陣地にいた兵士たちは別の陣地に移動。
「殿下!! 俺たちも退きましょう!!」
「そうだな!! 流石に全裸は精神的にキツイ!!」
「油断してワイバーンの火炎放射を正面から食らうからですよ!!」
軽口を叩きながら、俺の衛生部隊も撤退を開始する。
その時だった。
味方の魔法兵が放った攻撃魔法が上空を舞っていたワイバーンを撃墜したのは。
そして、その巨体が俺たちの進行方向に落下したのは。
部下たちが「うわあっ!!」と悲鳴を上げる。
「っ、殿下!! 逃げましょう!! ワイバーンは翼がやられていて飛べないようです!!」
「……あー、うん。まあ、そうなんだが……」
俺の視界には一人の兵士が映っていた。
さっき墜落したワイバーンの背に乗っていた兵士である。
つまりはドラグーン帝国の兵、敵国の兵だ。
ワイバーンの背から放り出された際に頭を強く打ったのか、ぐったりしたまま倒れている。
よく見ると石や木の破片が分厚い鎧を貫通して身体中に刺さっており、このまま放置しておいたら確実に死ぬであろう状態だ。
「……ちょっと殿下。まさか敵国の兵士を治療したいとか言わないですよね?」
「……な、なんだよ? まだ何も言ってないだろ」
「いつも誤魔化してますけど、知ってんですよ。殿下が死にかけてる人は敵味方関係なく治療してること」
「ギクッ」
な、何故バレてる!?
「い、いやほら、いくら敵でもやっぱり助けられる人が目の前で死ぬのは嫌じゃん?」
「その助けた敵の兵士が味方を殺すかも知れないのに?」
「うっ、そ、そうなんだけどさ。どうしても無理なんだよ。人が目の前で死ぬのとか、こう、精神的に」
俺だって味方の被害を増やしかねない可能性があることは分かっている。
それが分からないほど馬鹿じゃない。
せめて苦しまないようにトドメを刺してやろうと思ったこともある。
でもその直前に「母さん、ごめん」とか言われたら無理だって!!
家族や恋人の名前を呼びながら死を覚悟してる人を見たら殺せないって!!
だからいつも助けてしまうのだ。
「そ、それにほら、ギリギリ戦線復帰できない程度に治してるし!! 味方がやられたら俺が治せば良いし!!」
「……はあ」
大きな溜め息を吐く副官。
うぐっ、やっぱり敵の兵士をこっそり治療してたのは悪いことだったかなあ?
と思ったら、副官は辺りを警戒しながら言った。
「やるなら急いでください。敵が集まってきたら全力で逃げますよ」
「っ、ありがとう!!」
俺はドラグーン帝国の兵士に駆け寄り、怪我をした部位の治療を始めた。
すると、その様子を見ていた部下たちが何やらヒソヒソ声で話す。
「……はあ。まったく、レイシェル殿下は色々と甘すぎる」
「良いじゃないか。その分、オレたちがしっかりすればいい」
「お前たちは殿下を甘やかしすぎだ」
「いやあ、うちには弟がいるからつい。ほら、殿下って年齢の割に小さいから甘やかしちまうんだよな」
「分かる。それにオレは嫌いじゃないぜ? 殿下のやり方は戦後の禍根を残しにくいからな」
「たまーに権力を笠に着て馬鹿なことするところが残念だけどなー」
あいつら言いたい放題だな。
などと考えながら、俺は帝国の兵士さんの治療を進める。
「ん? あれ、この人……」
俺は兵士さんの兜を外して、顔を確認する。
燃え盛るような真っ赤な長い髪をしており、人形のように美しい顔立ちの女性だった。
ワイバーンに乗る帝国兵、通称竜騎士は全身に分厚い鎧をまとっている上、2m近くある長身だから一目見ただけでは気付かなかった。
ここで一つ問題が生じてしまう。
俺の『完全再生』は他者に使う場合、手で直接触れる必要があるのだ。
「な、南無三!! 許してね!! 治療行為だから!!」
俺は女兵士さんの鎧を脱がし、怪我をしている部位に触れる。
ふと俺は思った。
「でっか」
女兵士さんの鎧を外したらボンキュッボンでやましい感情が湧いてくる件。
い、いや、これは治療行為だ。
一見すると気絶している女性のおっぱいを揉みしだいているように見えるかも知れないが、これは胸部の傷を治すためである。
断じてやましいことはしていない!! ……にしても柔らかいなあ。てか良い匂いする。
ずっと揉んでいたい。いや、治療していたい。
「殿下!! レイシェル殿下!!」
「ん? なんだ? もう少しで終わるから――」
「そうじゃないですって!! 周り見て!!」
「え?」
副官に言われて周りを見ると、いつの間にかワイバーンに跨がった竜騎士たちに囲まれていた。
あ、やばい。完全に包囲されてんじゃん!!
「おい、貴様。その御方に汚い手で触れるな」
「っ、治療中だ!!」
「お前のように全裸で敵兵を治療するチビガキがいるか!!」
「「「それはごもっとも!!」」」
「おい、お前ら!! 俺の部下なら少しは俺を庇えよ馬鹿!!」
「……そうか。貴様が上官なのか」
「あっ」
やばいやばいやばいやばい!!
多分、今治療している兵士さんはそこそこ地位の高い人物なのだろう。
帝国の竜騎士たちが今にも襲いかかってきそうなほどの明確な敵意を向けてくる。
ど、どうしよう!? どうすればいい!? 土下座したら部下たちは見逃してくれないかな!? 無理かな!?
「やめろ、お前たち。この少年に手を出すことは私が許さない」
「「「「「「!?」」」」」」
と、そこで俺たちのピンチを救ったのは意外な人物だった。
それは俺が治療していた真っ赤な髪の女性。
意識が回復したようで、髪と同じ真紅色の瞳が真っ直ぐ俺を見つめていた。
「し、しかし、ローズマリー殿下……」
「私の命令に逆らう気か?」
「い、いえ、そのようなことは」
「ならばそなたは黙っていろ」
え? 殿下?
「礼を言う、王国の治癒魔法使い殿。すまないが、もう少し楽になるまで治療を続けてくれるか?」
「あ、は、はい」
「んっ♡ そ、その、できるだけ胸には触らないで欲しい。そこは、その、弱いのだ」
俺はできるだけおっぱいには触れないよう、怪我を治療するのであった。
背後から感じる竜騎士たちの殺気がとても怖かった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「レイシェル、アウトー」
レ「治療行為だから!! 治療行為だから!!」
「上下関係がゆるすぎて草」「なんだかんだ人望あるの草」「治療行為だからセーフ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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