第七話 混乱するシルフェ ②

 一方のシルフェ衛兵隊。

 その隊長であるモーゼルは、自ら街に出て必死に陣頭指揮を取っていた。


「ソース地区の避難状況はどうか!?」

「はっ! ソース地区はほぼ現地民しかおらず、避難は順調とのこと!」

「よし、ソース地区に割り当てていた第二分隊を、イスト地区の誘導に回す。伝令、行け!」

「了解!」


 街角に立ち、部下の若い衛兵たちに次々と指示を出していく。

 伝令役の衛兵が街にあふれる人の間を縫うようにして走り去った後、続けて別の部下がやってきて、


「ノス地区より伝令! 混乱に乗じ強盗事件が多発中、避難誘導か強盗への対処か、どちらを優先すべきか第五分隊が指示を求めています!」

「ちっ……どちらもやれと伝えろ!」

「し、しかし、現地の第五、第六分隊の戦力のみでは……」

「程なくして応援を回す! それまで耐えさせろ!」

「りょ、了解!」


 ……くそっ、普段ならばともかく、降臨祭間近こんな時に非常事態とは……。観光客の数が多すぎて、こちらの手がまるで足りん!


 ……上層部の石頭どもめ、こうなる可能性もあるからこそ増員の要請も出していたと言うのに……!!


 そもそもこのシルフェは、共和国との国境に近い位置にある小都市でありながら、”共和国側を過度に刺激しないための配慮”とやらで大規模な部隊は配置されてない。

 とにかく、人数が足りないのだ。

 だから、せめて降臨祭の間だけでも非常時に対応できるよう、一時的にでも戦力を派遣できないか帝都セントベルムに打診していたのだが……。


 送られてきたのは人間ではなく、導入ロールアウトされたばかりの新兵器とやらが三だけだった。

 こちら欲しいのは人手だというのに、をよこしてくるとは、上は一体どういうつもりなのだろうか?


 ……兵員の一個小隊でも送ってくれれば楽だったろうに、現場を知らんバカどもめ。あのアホ面を殴り飛ばしてやりたい!


 だが今はそんなことを考えている場合ではないし、上官である自分の余裕のなさは部下にまで伝播してしまう。


 ふぅっと息を吐き、努めて平静であろうとするモーゼル。


 ……まずは、状況を整理しなくては。


 始まりは、本日の昼前、パラベラの村人数人がズタボロの状態でシルフェに駆け込んできたことだった。


「パラベラに巨大な黒い化け物が現れ、暴れている」

「何人もの村人が殺され、喰われた」


 そう口々に訴える彼らの表情は怯えきっており、これはただ事ではないと感じたモーゼルは、即座に偵察隊を派遣。


 結果、現地で偵察隊が見たものは、破壊しつくされたパラベラ村の変わり果てた姿であった。


 続けて偵察隊は、村近くにて襲われた直後と思しき領主家の母娘らを発見、保護。

 彼女らからも、”黒く巨大な魔物”……いわく、伝説の魔獣・ヴォーロス=ガルヴァによる襲撃に遭ったとの証言が得られた。


 都市近郊の村が急襲されたとあれば、次はここシルフェが襲われる可能性が高い。


 現状でそんなことをすれば大混乱は必至であったが……モーゼルは、手遅れになる前にと警鐘を鳴らし、市民に避難を促す判断を下した。


 そして、その結果が現状これだ。


 案の定と言うべきか、降臨祭前故に街にいる人の数が多すぎて、衛兵隊だけでは避難誘導の手が全く足りなかった。

 オマケに、共和国が攻めてきただの、南から魔物の大軍が来てるだの、北から賊徒集団がどうこうだの、明らかなデマがいくつも流れ始める始末。

 それらが人々の混乱に拍車をかけ、避難は遅々として進んでいなかった。


 ……この欺瞞情報デマ……共和国の諜報員スパイの仕業か。


 ……自分たちの手を汚さずに、こちらに最大限の被害を与える腹積もりだな。相も変わらず、卑怯な奴らめ!


 苛立ちを堪えるべく、ぎゅっと拳を握りこむ。


 その時であった。


「隊長! 偵察隊より伝令です!」

「よし、来たか!」


 副官からの報告。

 化け物の正体と現在地を確認すべく放っていた偵察隊から、情報が入ってきたのだ。


 思わず、嬉しげな声を上げるモーゼル。


 戦で勝つために必要なのは、一にも二にも情報だ。

 敵の詳細も所在もはっきりしないままというのは、どうにも落ち着かなかったのである。


「伝令によりますと、シルフェより南西、セルナル平野にて目標を確認したとのこと。証言の通り、黒く巨大な魔物であり……信じがたいことですが、その外見的特徴は、伝承にあるヴォーロス=ガルヴァのモノに一致するとのことです」


 報告を聞き、ううむ、と唸りながら頷く。


 ……数百年間も姿を見せなかった化け物が、今になって現れたか。


 ……魔物の急激な増加や、シルフェ近辺への出没。最近の異変はみな、これの前兆だったというわけか?


 一方の副官は一拍間を開けた後、こんな報告を続けてきた。


「……なお、ガルヴァは現在、大型の魔物を連れた少女と交戦中」

「なに? 大型の魔物を連れた少女、だと?」

「はい。……最近隊長の頭を悩ませている、例の少女です」

「……」


 モーゼルは深々とため息を吐いた。


 ……あの娘は最近、どの厄介ごとにも首を突っ込んでくるな。


「ガルヴァは現在、彼女らと交戦しつつ、セルナル平野を南に移動中との報告です」

「セルナル平野を南……」


 さらに続けての報告を聞いて、脳裏に地図を描いたモーゼルは……眉根に思いっきり皺を寄せ、言った。


「あのバカ娘……自分を囮に、時間を稼ぐつもりか」

「時間稼ぎ……。では彼女は、我々を逃がすためにたった一人で化け物と戦っている、と?」

「たぶんな、街から化け物を引き離そうとしてやがる。戦況についての報告は入っているか?」

「はっ」


 副官の表情が、僅かに曇る。


「報告によると、少女が従えた大型の魔物の攻撃は、ガルヴァに対してほとんど効果がないらしく……戦況は、極めて不利とのことです」

「そうか……」


 眉根のしわを更に深め、モーゼルは渋い顔で押し黙った。

 そんなモーゼルに対し、副官の男はビシリと姿勢を正すと、


「隊長! 意見具申、よろしいでしょうか」

「なんだ」

「はっ。件の少女……ユキは、強力かつ稀有けうな魔物を従えているとはいえ、所詮は冒険者。軍属ではない以上、いち民間人、いち市民でしかないと考えます。そのような者、それも年端も行かない少女に、街に迫る脅威との戦いを任せきりというのは、衛兵隊……いえ、帝国軍人として恥ずべきことかと」

「ほう?」


 いつになくハッキリと意見を述べる副官に、モーゼルは片眉をぴくりと動かして応じる。

 一方の副官は、直立不動のままで話を続けて、


「すぐに救援部隊を編成、セルナル平野に向けて出撃すべきです! 我々には、もあります。魔獣・ヴォーロス=ガルヴァを我が総力を以て撃滅、を救出しましょう!」


 それは、モーゼルが黙して考えていたことそのものだった。


 ユキの救援のために、部隊を動かすか否か。


 副官の意見は、そのユキの救援に「民間人の救出」という大義名分を与えるものだったのだ。

 周囲に立つ他の部下の顔を見廻すと、彼らも副官の意見に同意するように頷いている。


 だがモーゼルの渋面は晴れず、彼は首を横に振って答えた。


「……却下だ。我々が街を離れれば、避難誘導を担う者がいなくなる」

「!?、しかし隊長……」

「それどころか、市民の中には”衛兵隊が街を見捨てて逃げた”とみなすものも出るだろう。そうなれば混乱はさらに酷くなり……最悪、ガルヴァが街に到達していないにも関わらず、多くの市民に被害が出る可能性もあるのだ」


 隊の一部を分けて救援に回す、という意見を挙げる者もいるかも知れないが、相手は単身で村1つを壊滅させるような化け物だ。

 現状の衛兵隊ならば、全戦力を注ぎ込んで勝てるかどうかがようやく五分。

 そんなモノ相手に小人数を差し向けたところで全滅するのは目に見えているし、そのような”死にに行け”というような命令を出す気もない。


「……なら隊長は、我々を逃がすために戦っている少女を見殺しにしろと、そう仰るのですか」

「………。止むを得んことだ。せめて、アイツが稼いだ時間を無駄にしないよう……」

「ちょっと、どういうこと!?」


 そのとき不意に、彼らの会話に割って入る者があった。

 その場の衛兵全員の視線が、そちらへ向く。


「街を狙う化け物とユキが、1人で戦ってて……しかも、それを助けに行く気もないなんて!」


 そこに立っていたのは、栗毛色の短髪に同色の勝気そうな瞳を持った少女。

 背に小さな子を背負った、冒険者然とした少女であった。

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