第六話 混乱するシルフェ ①

――リンゴ―ン、リンゴ―ン、リンゴ―ン、リンゴ―ン……。


 一方、帝国東部の地方都市・シルフェでは。

 ひっきりなしに鳴り続ける鐘の元、街の人々が大混乱に陥っていた。

 ある者はこう言う。


「西のパラベラ村が、巨大な魔物に襲われ壊滅したらしい」

「その巨大な魔物は、次にここ、シルフェを狙って向かってきている」

「化け物は西から迫ってきている、東へ逃げろ!」


 しかしまたある者は、こう叫ぶ。


「共和国が攻めてきた! 戦争だ!」

「迎撃に出た国軍は既に敗走、国境に近いここシルフェには敵軍がなだれ込もうとしている!」

「敵は東からやってくる、西へ逃げろ!」


 他にも、南のセルナル大森林から魔物の群れが押し寄せてきているだの、北から賊徒の大集団が接近中だの、真偽の定かでない情報が有象無象に飛び交って、人々の混乱に拍車をかけていた。


 しかも今は、ルールズ降臨祭の直前で国中から人が集まっており、人口過密状態。


 そんな中で、ある者は西へ、ある者は東へ、北へ南へと皆が我先に逃げようとするのだ。


 人々は方々ほうぼうでぶつかり合い、押し合いし合い……。


 鐘が鳴り響く中、誰もがすぐに逃げなきゃならないと認識しながら、避難は一向に進んでいなかった。


「きゃぁあ、痛い、痛い! 押さないで、引っ張らないで!」

「うるせぇ邪魔だ! てめぇらどっちに逃げようとしてんだよ!」

「そっちこそ邪魔だ! 敵軍は東から来てるんだぞ!?」

「荷馬車が通るぞ! おい通るって言ってんだ、退け、退け!」


 飛び交う怒号、あちこちで上がる悲鳴や罵声。

 街中の通りが人や馬車で溢れ、さながら戦場のような有様だ。


「うぁぁ~~ん! パパ、ママぁ……っ!」


 そんな中、道端で1人の少女が立ち尽くし、泣きべそをかいていた。

 祭りの見物に両親とでも来ていて、はぐれてしまったのだろうか?

 それなりに小奇麗な身なりをした、齢7~8歳ほどの少女である。


 周囲にこれほど多くの人がいるのだ、普段ならば誰か一人ぐらいは声をかけそうなものであるが……今は皆が自分のことばかりを考えているためか、完全に放置されていた。


 それどころか、


「どけ!」

「あっ!」


 人の群れを無理やり掻き分けて急ぐ男の手によって、少女はどんっ! と突き飛ばされてしまう。


 少女は為す術もなく転倒し、石畳の地面に頭からぶつかりそうになって、


「危ないっ!」


 あわや大怪我というところで体を受け止められ、難を逃れた。


 幼い彼女を胸にいだくは、ある冒険者の少女。

 栗毛色の短髪と同色の目、身には革製の部分鎧と、腰には鞘に収まった短い剣。

 メリアだ。


「こらーっ! こんな小さな子になんてことするのよ、謝りなさーい!」


 突き飛ばした男に向け激昂するメリアだったが、男は振り返る事すらせず群衆に紛れて立ち去ってしまう。


「もう! なんて奴なのよ、ったく!」

「メリア!」


 少女を胸に抱えたまま頬を膨らませるメリアに、別の人物が追いついてきた。


 グレーの魔導士向けローブに、水色の長いストレートヘア、若葉色の目……メリアと同じく冒険者の少年、マイルズだ。


「いきなりいなくならないでよ、はぐれたら……って、その子は?」

「分からない。道端で1人で泣いてて……」

「うぅぅ……ひっぐ、ぐずっ……パパ、ママぁ……」

「と、とにかく、このままにはしておけないわ。ほら、パパとママなら一緒に探してあげるから、早く行くわよ」


 泣き続ける少女を背負い、立ち上がるメリアだったが、周囲は未だに大混乱の最中にある。 

 鐘が鳴り続けている以上、逃げなければならないのは確かであるが、一体何から逃げるのか、どちらへ逃げればいいのか、はっきりしたことが誰にも分かっていないのだ。


「ね、ねぇメリア。これ、一体どうなってるんだろ? 僕たちはどうしたら……」

「あ、あたしに訊かないでよ!? いきなり鐘が鳴り始めて、街がこんなふうになって、どうしたらいいかなんて分かるわけないでしょ!?」

「ご、ごめん……」

「……」


 つい感情的になって怒鳴ってしまった自分を内心で嫌悪しながら、メリアはぐっと奥歯を噛みしめ周囲を睨む。


 ……あのちびっ子ユキも、どこにいるんだか全然分からないし。


 ……ったく、こんな状況で衛兵隊は何をやってるのよ!?


 こんな時、群衆を落ち着かせ避難誘導を行うはずの衛兵隊は、全く機能していない様に見える。


 苛立ちを募らせながら辺りを見廻すメリア。


 すると、街の一画に紺色の制服の男たちが集まり、何やら話をしているのが目に入った。


 ……衛兵隊! もう、こんなところでぼさっとしてる暇なんてないでしょうに!


 文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。

 メリアは荒々しい足取りで、衛兵たちに向かって歩を進めるのであった。

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