第五話 死闘! ③

 白い煙に包まれ混乱するチェルノボグの隙をつき、大きく距離を取る私たち。

 対するチェルノボグは、私たちが未だにそこにいると思っているのか、白い煙の中でブォンブォンと腕を振り回している。


 ……今なら、いけるかも。


 相手の動きが止まっている今がチャンス!

 パッと右手を広げて前に向け、私は命じた。


「シルフィード・エッジ、モード:バスター。ハーモニック・バースト、いくよ!」

了解ラジャー精霊ノ刃シルフィード・エッジ、モード:バスター。ハーモニック・バースト、スタンバイ」


 広げた私の右手の先に、シルフィード・エッジ四機が集まってくる。

 四つの白い矢じりたちは、その切っ先を内側に向けて並ぶと、私の手のひらの先を軸にまるで風車かプロペラのように回転を始めた。


 ……あとは、強い力のイメージと、想いがあれば……!!


 前に試し撃ちした時のことを思い出し、実践。

 目の前の化け物を吹き飛ばすための巨大な拳をイメージし、コイツを絶対に、ぜったいにやっつけるんだという意志を、心に強く抱く。


「魔導コア、過剰共鳴開始。余剰エネルギー抽出、ブラストスフィア形成」


 私の感情を反映するようにして、シルフィード・エッジの回転速度が徐々に上がり始め、回転の軸に当たるあたりに濃い緑色に光るこぶし大の玉が生まれて――……。


「ッ! マルコ、下がって!」

「KEOoooOO!!!」


 次の瞬間、煙から黒い巨体が飛び出してきた。


 チェルノボグだ!


 背から生えた虹色の水晶を日光でキラキラ輝かせながら跳んだソイツは、マルコの装甲を切り裂こうと鋭い爪で襲い掛かってくる!


――ヴォォンッッ!


 重い風切り音とともに爪が振るわれるが、空振りだ。

 私の声に応じマルコが全速で後ろに下がり始めていたことで、どうにか回避に成功したのである。


 白煙の中で黒い塊がゆらりと蠢くのが見え、嫌な予感がして咄嗟とっさに叫んだのだが……もし今の判断が無かったら、今頃マルコはやられていたかも知れない。


 ほっと胸をなでおろしたくなる私だったが、チェルノボグはそんな余裕を与えてはくれなかった。


「KEOOO!!」


 マルコを倒して私を喰い殺そうと、黒い巨体が凄まじい速さで迫ってくる。


 マルコはまたも全速で後退し始め、鬼ごっこが再開。


 当然、こんな中でハーモニック・バーストなんか撃てっこない。


 ニードルやアサルトと違い、ハーモニック・バーストの照準は手動マニュアル……私が狙いを定めなきゃいけないのだ。


 素早く動き回る相手に必中させる自信なんて、私にはなかった。


 その上、モード:バスター中は、防御用エネルギーフィールド:イージスを始め、シルフィード・エッジが持つ他の武装の一切を使うことができない。


 呑気に砲撃準備をしている最中に、さっきのようにガブリとやられたらどうなるか……。


「っ……モード:バスター、解除!」

了解ラジャー精霊ノ刃シルフィード・エッジ、モード:バスター解除。通常モードへ復帰」


 私の手のひらの先に集まっていたシルフィード・エッジたちが散開し、いつも通りに指示ができるようになる。

 一方、回転軸上に形成され始めていた深緑色の球は、空中で霧散して一瞬で消えてしまった。


 ……やっぱりダメ。ある程度の時間、相手の動きを封じられる方法がないと……。


――リンゴ―ン、リンゴ―ン、リンゴ―ン、リンゴ―ン……。


 その時であった。

 突如、遠くから鐘の音が響き始めた。


 これは、シルフェの方角からだ。


 ……お昼の鐘? ううん、違う。数が多すぎる。


 シルフェでは、陽が上ったころ、太陽が真上に来たころ、日が沈むころにそれぞれ鐘が鳴らされるが、鳴る回数は精々4~5回程度だ。

 けれど今は、狂ったようにひたすらに打ち鳴らされ続けている。


――リンゴ―ン、リンゴ―ン、リンゴ―ン、リンゴ―ン……。


 ……そういえば、前にハルニアが言ってたっけ。


 あの鐘は警鐘としての役割も果たしていて、街に危険が迫っていると分かった際には時間関係なしにひたすらに打ち鳴らされる、と。


 たぶん、近くに巨大な魔物が出て危険が迫っていることを誰かが街に知らせたのだろう。


 シルフェは今、お祭りのために人がたくさん集まっていたはずだから、皆が一斉に避難しようとして大混乱に陥っているかも知れない。


 そこでふと、思う。


 もしもそんな中に、この化け物が突っ込んだらどうなるだろう?

 

 一瞬、例の光景……燃える街や血まみれで倒れた人々の姿が脳裏にまたもフラッシュバックして、私はグッと奥歯をかみしめた。


 ……そうだ。きっと、たくさんの人が犠牲になる。


 メリアやマイルズ、ギルドでお世話になったコレットさん……。

 たまにオマケでお菓子をくれる肉屋のおばちゃんや、ハルニアや私にいつもセクハラしてくる大工のおじさんも……。


 衛兵さんたちは戦うだろうけれど、マルコ相手にビビっていた彼らがに勝てるとは到底思えない。


 そして何より、アルとハルニア……今までたくさん優しくしてくれた二人に危険が及ぶ。


 特にアルには、今まで何度も護ってもらった。


 ……今度は、私が護る番だよね。


 胸に揺れるペンダントをぎゅっと握って、追ってくる異形の巨大『熊』、チェルノボグを睨みつける。


 ここで私が敗ければ、こいつは街に向かうに違いない。

 だから、絶対に敗けるわけにはいかない。


 ……アルもハルニアも、街の人たちも……みんな、私が護るから!


 コイツは、私とマルコでやっつける!


 遠くで鐘が鳴り続ける中、私たちはなおも戦い続けるのであった。

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