第四話 死闘! ②

 シルフェの街の西に位置するセルナル平野。

 私とマルコはそこで、大きな『熊』型の魔獣、チェルノボグと激しい戦いを繰り広げていた。


――バガガッッ! バガガガガッッ!


 身体の正面を相手に向け、後ろ向きに走りながらも一定の距離を保ち続けるマルコ。

 爪による攻撃が届かない距離から、車載機関銃の猛射を叩き込む。

 けれどやはり、弾丸はそのすべてが毛皮で弾かれ、有効打が得られない。


 ……やっぱり効かない。こうなったら、必殺技ハーモニック・バーストを撃ち込むしか……。


 モード:バスターによる高威力魔導砲撃、ハーモニック・バースト。


 森の一画を消し飛ばすほどの威力を持つ必殺技だ。

 いくら相手の防御が硬いとはいえ、当たれば確実に倒せるだろう。


 けれど、ハーモニック・バーストを撃つには長いチャージ時間が必要になる上に、シルフィード・エッジのエネルギーを限界まで消費する。

 撃つタイミングを間違えれば? もし外したりすれば?

 逆にこっちがピンチになるのだ。


「KEOoooO!!」


 どうにか相手の動きを止めて、絶対に当てられる状況を作れないかと考えた……その時。

 チェルノボグが大きく跳躍、一気に距離を詰めてマルコに殴りかかってきた!


かわして!」

了解ラジャー、回避運動ヲ実行!」


 言うが早いかマルコが急停止。

 さらに左前足の下から杭が飛び出して、地面にぶすりと突き刺さる。


 そして間髪入れず、他の三本の足の裏で小型のキャタピラが高速回転!

 マルコは左前脚を軸にぐるりと回転し、チェルノボグの爪の一撃を回避した。


「ぁっ!」


 この激しい動きに、マルコの背のカゴに立っていた私は思い切り身体をシェイクされるハメになる。


 しっかりと掴まっていたはずの柵から両手が離れ、幸いカゴから転落するようなことはなかったものの、受け身も取れずに左側に転倒。

 肩をガツンと強打してしまった。


「痛ッ……!」

「マスター!」

「っ、私は平気! マルコはそれよりも――……あっ!?」


 痛む左肩を押さえながらも柵につかまり立ち上がった瞬間、再び爪が降ってきた。

 左前脚の杭をひっこめたマルコは大急ぎでバックして躱そうとするが、


――ガギィッ!!


 回避しきれずに爪が装甲を引っ搔き、火花と同時に嫌な音が生じる。


「マルコ、大丈夫!?」

「損傷ハ軽微、戦闘行動二支障ナシ」

「っ……」


 マルコはそう言うが、左前面の装甲が抉られ、四本の爪痕がしっかりと残ってしまっていた。


 ……後ろに乗ってる私を気にして、マルコ、全力で動けなかったんだ。


 もしかしたら、マルコの言う「コックピットへの搭乗」とやらをやっておけば良かったのかも知れないが、もはや後の祭り。

 今さらマルコに訊きながらそれをやろうにも、目の前の化け物が悠長に待ってくれるとは思えないし……それに、あのタイミングでそんなことをしていたら、襲われていた人たちを助けることはできなかっただろう。


 ……とにかく、今はこのまま頑張るしかない、か!


「KEooOO!!」


 そう思った瞬間、チェルノボグが再び大ジャンプ!

 今度は爪で斬りかかるのではなく、その巨体でマルコに圧し掛かってきた。


――ガゴォオンッ!


「ひゃぁぁっ!?」


 大きな衝突音とともにマルコの身体が上下に揺れ、私は必死で手近な柵にしがみつく。

 思わず悲鳴を上げてしまうが、怖がったり驚いたりしている暇など、私には与えられていなかった。


 衝撃の直後。

 黒い巨体全身でマルコを抑え込んだチェルノボグが、マルコの背に乗る私に向けて大口を開けて喰らい付いてきたからだ。

 

 ……やばい、喰われる!


「ッ、モード:イージス!」


 周囲に浮かぶシルフィード・エッジたちに慌てて命じて、エメラルドグリーンの障壁で自身を包む。

 相手は私をそのまま喰い殺すつもりでいたようだけど、シルフィード・エッジ四機が一斉に生じさせたエネルギーフィールド:イージスの強度は伊達ではない。


「KEO!?」


 チェルノボグの大きな顎と歪な牙による噛みつき攻撃は、エメラルドグリーンの障壁によりしっかりと受け止められていた。


 獲物を噛み砕くことができず、チェルノボグは大口を開けて球形の障壁に喰らい付いたまま、驚いたような声を上げている。


 けれど、それで私が有利になったわけじゃない。

 マルコは相手の巨体で抑え込まれたままだし、私は障壁を張った状態で喰らい付かれて身動きを取ることができないのだ。


 しかも……。


――ヴィィーッ! ヴィィーッ! ヴィィーッ!


「警告:”脚部アクチュエーター”二深刻ナ負荷ガ発生中! 圧壊ノおそレ有リ、コノママデハ走行不能!」

「くっ……!」


 ミシミシミシ、メキ、ギギギギ……と、耳障りな音がする。

 マルコの四本の脚が、チェルノボグの圧し掛かりに耐えきれずに悲鳴をあげているのだ。


 ……な、何とか脱出しないと!


 このまま脚を壊されて動けなくなったら、私もマルコもなぶり殺しである。


 目の前には歪な牙と、真っ暗な洞窟のような化け物の喉奥……。

 ギシギシ、メキ、と、今にも折れてしまいそうな音を立てるマルコの脚と、ヴィーッ! ヴィーッ! 繰り返される警報ブザー……。


 普段ならば恐怖のあまり動けなくなってしまいそうな状況だけど……この時は脳内でガンガン分泌されるアドレナリンが恐怖を麻痺させ、私を奮い立たせてくれていた。


 ……『発煙弾発射機スモークディスチャージャー』!


 不意に、心の奥から声が聞こえた気がして、


「ッ、こんのぉ! いい加減、離れてよ!」


 私は大声で命じる。


「マルコ、発煙弾発射機スモークディスチャージャー! 全弾発射!」

了解ラジャー! 発煙弾発射機スモークディスチャージャー全弾発射フルバースト!」


――カコンッ! バシュシュシュシュシュシュッッ!


 マルコの身体の両側面の装甲、その一部が片側三か所ずつ・六ケ所開き、そこから灰色の円筒状の物体が直上に飛び出した。

 次の瞬間、それらは一斉に爆ぜ、その場に大量の白煙をまき散らす!


「KEOoooOO!?!?」


 丁度顔の真横で発煙弾が炸裂し、チェルノボグはかなりびっくりしたらしい。

 目に見えて怯んだソイツは、障壁に喰らい付いた顎を放し、マルコへの拘束も明らかに緩む。


「今だっ! 全速後退!」

了解ラジャー!」


――ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ!!


 それを好機として、私とマルコは脱出に成功。

 白煙に包まれた空間を突き抜け、文字通り煙に巻かれたチェルノボグから大きく距離を取るのだった。

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