第三話 死闘! ①

 相手に与えたダメージが癒えていく様を前に、くっと唇を噛む私。

 そんな私を見て、黒く巨大な『熊』の化け物――チェルノボグは、口角をニマァッと釣り上げ、嗤うような表情を見せる。


「Bu,Fu,Fu,Fu,Fu……」

「ッ、だとしても!!」


 広げた右手を相手の巨体に向け、私は再び命じた。


「マルコ、MG8!」

了解ラジャー!」


――バガガガガガガガッッ!


 再度火を噴く、車載機関銃MG8。

 吐き出された鉄の礫が、次々と相手の身体に着弾する。


 だが今度は、先程とは様相が違っていた。


――キキキキキキキキンッッ!


「えっ……!?」


 チェルノボグの毛皮が、攻撃を弾いたのだ。

 発射された7.62㎜弾は相手の外皮を貫くことができず、体表で火花を挙げて明後日の方向へと弾け飛んでいく。


「交戦中ノ魔導生物二”外皮硬化現象”ヲ確認。MG8、効果ナシ!」

「そんなっ!」


 思わず目を見開いて驚く私に対し、チェルノボグはニマァァッと嗤うような表情のままにじり寄ってくる。


「BuFu,BuFu,Fu,Fu,Fu,Fu……」

「っ……!」


 何か状況を打開する手はないかと、素早く周囲を見廻す。

 だが目に入ってくるのは、ぽかんと口を開けてこちらを見上げるお爺さん騎士と、ひざまずいて祈るようなポーズを取っているピンクの長髪に桜色のドレスの女の子、そして直視にえない殺戮の痕跡だけであり……。


「ぅ……っ」


 すぐ近くにお腹の中身の飛び出た馬の死骸が転がっているのに気付き、思わずえずいてしまった。


 口元を抑えどうにか吐気を堪えながら、私は目の前の黒く巨大な悪鬼を睨みつける。


 ……とにかく、ここで戦えば周りの人を巻き込むことになる。戦う場所を変えないと……。


 ……こいつら魔物は、やたらと私を狙ってくる。それなら!


「マルコ! 牽制しつつ、全速後退!」

了解ラジャー!」


――バガガッ! バガガガガッッ!!


 車載機関銃で弾幕を張りつつ、マルコが後ろ向きに走り始める。


「ニードル、撃て!」


――ピシュゥゥンッ!


 さらに、私の周囲に浮かぶ四機のシルフィード・エッジからも、魔導エネルギー砲:ニードルの一斉射。


 もちろん、弾は弾かれるし、ニードルは謎のバリアで打ち消される。

 けれど、今はそれで良いのだ。


「KEoooOOO!!!」


 案の定、チェルノボグはこちらの挑発にしっかりと乗ってくれた。

 後退し街道から離れていく私たちを、どしんどしんと大地を揺らしながら追ってくる。


「そうそう! 私はこっち、こっちだよ!」

「KEOOO!!」


 ……このまま周囲に何もない草原の方に誘導すれば、ここよりは戦いやすいはず!


 ゴシュンッ、ゴシュンッと足音を響かせながらバックしていくマルコの背中で、私はきゅっと唇を噛んで相手を睨み続けるのであった。



「バンドベル、お母さまを!」

「っ!、ぎょ、御意!」


 一方、街道に残されたミーナと老騎士バンドベル。

 巨躯の魔獣、ヴォーロス=ガルヴァが去ったおかげで余裕ができた二人は、ミーナの母・レーナを救おうと倒れた馬車を押し上げにかかる。


 ミーナ一人の力ではビクともしなかった馬車であったが、バンドベルが加わると以外にもあっさりと馬車は浮き上がり、


「お母さま、今です! 手を!」

「え、えぇ……!」


 手を握ったミーナが全力でひっぱることで、レーナはどうにか馬車の下から脱出することができた。


「お母さま……っ」

「ミーナ、あぁ、よかった……」


 互いに抱き合い、目を潤ませる母娘。

 ミーナは母にギュッと抱きしめられ、その胸に顔を埋めながら嗚咽交じりに言った。


「……ヤパーナさまが……ヤパーさまが来てくれたんです……」

「えぇ……」

「ヤパーナさま、本当にいた。黒い目と黒い髪……鋼鉄の騎士と一緒に、私たちを助けてくれて……」


 どこからか、どずん! ごごん! ダダダダダダッッ! と、地響きやら破裂音やらが聞こえてくる。

 ガルヴァと、英雄ヤパーナとその騎士が今なお戦っているのだとミーナは思い、願った。


 ……ヤパーナさま、どうか、負けないでください。


 ……あの化け物を打ち倒し、どうか、か弱き我らをお守りください……!

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