第八章 英雄再臨 ~一人と一輌の戦い~
第一話 立ち向かう勇気と、抗う意志と。
黒煙がいくつも立ち上るパラベラ村に向け、私――ユキとマルコは全速で移動していた。
――……ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ……
草花を踏みつぶし、大地に足跡を残しながら、四つ足の
その背のカゴに立ち、うっかり落ちたりしないようにしっかり柵につかまりながらも、私は進む先をキッと睨み続けていた。
緩い丘陵を越え、やがて遠くにパラベラ村が見え始めた頃、
「報告:左前方ニ、”超リヴァイアサン級魔導生物”一体ヲ視認。距離、約500」
マルコからの報告。
ハッとして左斜め前へ視線を移すと、村の近くで
「な、なにあれ!? あれが、パラベラ村を襲った犯人!?」
……に、二階建ての家よりもおっきそうなんだけど!?
ソイツとの距離はどんどん近づき、その姿もハッキリと見えるようになってきた。
パッと見た感じのシルエットは黒い『熊』と言った様相だが、目は四つあるし、背中からは虹色に輝く水晶みたいなのが生えてるし、何よりサイズがデカすぎてマトモな生物には全く思えない。
「該当データ有リ。対象ヲ超リヴァイアサン級魔導生物”チェルノボグ”ト断定」
「チェルノボグ……それが、アイツの名前……!」
……変な触手とか、私より大きな『猪』とか『蜂』とか『狼』とか、冒険者狩りとか盗賊とか……今まで色々なモノに襲われてきたけど……。
……超ナントカ級がどうこうだなんて、言われなくても分かる。これ絶対、今までで一番ヤバいヤツだ!
と、その時。
その超ヤバい級化け物――……『熊』のオバケ、チェルノボグの足元あたり、石畳の路上に白い馬車が横倒しになっているのが見えた。
さらにその馬車の下敷きになり、動けなくなっている人の姿も……。
その人(よく見れば、ピンク色の髪がキレイな若い女の人だ)は、迫りくる『熊』の魔獣に手のひらを向けて、追い払おうとしているのだろうか? 連続で魔法を放っているようだ。
でも、効いている気配は全くない。
追い払うどころか、むしろ注意を引いてしまっているみたいで、チェルノボグはその人に顔を近づけてスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。
……危ない! 食べられちゃう!!
「マルコ! あの人、助けるよ!」
「
マルコの移動速度がグンッと速くなり、頬に当たる風が痛いほどに強くなる。
と、そこで、
「警告:高機動戦闘ガ想定サレル。コックピットヘノ搭乗ヲ推奨」
「?」
”こっくぴっと”とはなんだろうか? 何となく、知っている単語のような気もするけれど……。
思わずきょとんとしてしまった私であったが、
「って、そんなよく分んないことやってる場合じゃないよ!? いいから、このまま体当たり!」
「
倒れて動けない女の人に向け、チェルノボグが腕を振り上げる。その手の先で、四本の長く鋭いカギ爪がギラリと光る。
……お願い、間に合って!
衝突時の衝撃で吹き飛ばされないよう、カゴの柵に両腕で捕まって体を支える私。
同時に、振り上げられていた黒い腕と、爪が振り下ろされて、
――ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ……ガゴォォオンッ!
マルコの体当たりが、炸裂した。
「KyAooo!?!?」
――どずずずぅぅううんっっ!!
吹っ飛び、転倒する黒い巨体。
「ひゃぁっ!」
私自身も一瞬足が浮くほどの衝撃を受け、必死に柵にしがみつく。
どうにか吹き飛ばされずに耐え、慌ててマルコの足元を確認すると、そこには”ぽかーん”とこちらを見上げるピンク色の髪の女性の姿が。
どうやら、無事みたいだ。
思わず、ほっとため息が漏れる。
……良かった。『熊』のオバケは、どうなったんだろ?
続いて前方に目を向けるが、なにせ、二階建ての家屋と同じような巨体の転倒だ。
転倒時に舞い上がったであろう土煙で、よく見えない。
だがその土煙の中でも、なにか黒い塊りがもぞもぞしているのが見える為、生きているのは間違いなさそうだ。
……まぁあんなの、体当たりだけで倒せるわけないよね。
ぐっと唇を噛んだ、その時である。
ふと、横から視線を感じた。
見れば、そこにいたのは1人の少女。
マルコに乗る私の目線よりだいぶ下、石畳の道と草原の間あたりで、鎧で身を包んだお爺さんに右腕で抱えられている。
ふわふわと波打つ桃色の長い髪と、青い目。
桜色のドレスが似合う……どこかのお姫様みたいな子だ。
その子も、お爺さん騎士も、大きく目を見開いて唖然としている。
続いて周囲を見渡すと、あたりに散らばった鎧の破片や折れた槍、地面にドチャリとぶちまけられた血の跡が見えて、
「!」
脳裏に再び、あの光景がフラッシュバックしてきた。
燃える街並みに、巨大な『熊』の魔物、血に濡れた『ミサンガ』に、「逃げないで!」「見捨てないで!」と叫ぶ声。
最近、何度も思い出す、アノの記憶……今の私にはないはずの記憶だ。
とたんに、身体が、内側から熱くなる。
血が沸騰し、全身を逆流したかのように、身体中がカッと熱を持つ。
「GURuRuRuRuRu……」
そこへ聞こえてくる低い唸り声。
はっとして前を見れば、マルコのタックルで転倒したチェルノボグが身を起こし、赤く色を変じた四ツ目でこちらを睨んでいた。
続けてソイツは、太くずんぐりした後ろ足で立ち上がると、咆哮を放つ。
「KEOooooooooooOOOOOOOOO!!!」
聞く者すべての魂を凍り付かせるような、恐ろしい咆哮だ。
ぞるぞる動き回る赤い虹彩も、唾液滴る口元も歪に並んだ牙も、私の身長ぐらいはありそうな長さの鋭い爪も……何もかもが
けれど私は、逃げなかった。
震える足でしっかりと立ち、相手の顔をキロリと睨んで咆え返す。
『私っ、私はもう……逃げないッ!!』
その時、胸の内側から湧き上がり、口をついて出た言葉はどういうわけか古代語で……。
その瞬間、私はふっと理解し、認めることができた。
私の中には、もう一人の”わたし”がいる。
理由は分からないけれど……今の私には無い
その”わたし”が言うのだ。胸の内側で、叫んでいるのだ。
『逃げちゃだめだ!』
『目の前のコイツだけは、許せない。倒さなくちゃいけない!』
「……うん、そうだね。私も、たくさんの人を傷つけたコイツは、許せない」
首からぶら下がったペンダントを、片手でぎゅっと握りしめ、私は言った。
「だから一緒に、コイツを倒すよ!」
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