第十四話 英雄再臨
「そうです、こっちです。こっちを見なさい、化け物!」
レーナはさらに、不慣れな攻撃魔法を放ち続ける。
その表情に怯えはない。
決意に満ちた翡翠の目で、キッと化け物を睨み上げている。
「いやぁぁあっ、お母さま! いやぁぁあ!!」
「お聞き分けくださいませ! 唯一の跡取りである姫様が死ねば、アンセル家は終わりなのですぞ!?」
「そんなの知らない! お母さまを助けて、お母さまぁっ!」
一方のミーナは、どんどん母から引き離されていく。
桃色の長髪を振り乱し、青い瞳からぼろぼろと涙をこぼしながら、母に向けて必死に両手を伸ばすが……。
母の姿は、徐々に小さくなっていく。
身体を抑える右腕が僅かに動いて、頭上から「ピィ―、ピィ―――ッ!」と指笛を吹く音が聞こえた。
バンドベルが、馬を呼んでいるのだ。
化け物の顔先が、母へと近づく。
すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、首を傾げ、どうするか考えているようだ。
「英雄さま、英雄さまっ、ルージアさま、インデアさま……助けて、助けてっ」
もはや祈りの言葉も何もない。
ミーナは胸の前で手を合わせ、英雄の名をひたすらに叫ぶ。
「カナディアさま、シナジアさま! お助けください、お助けください!」
けれどミーナは、賢い娘だ。
心の奥底では、解っていた。
古代の英雄など、本当は、作り話に過ぎない。
教会が自分たちの教えを世に広めるために創り出した、偶像にすぎない。
よしんば本当に過去には存在していたとしても、今はいない。
古代人はとっくの昔に、千年以上前に一人残らず滅んでしまっているのだから。
「ユナティアさま、エウロパさま! お母さまを助けて!」
されどミーナは、叫ばずにはいられなかった。
例え作り話で、偶像であっても、
そんな彼女の目の前で、『熊』型の化け物は……ヴォーロス=ガルヴァは、目の前の獲物をどうするか、ようやく決めたらしい。
ソイツは、母の頭上で黒く太い腕を大きく振り上げ――……
「いやぁぁあああっ! 助けて、助けてぇっ!」
「ヤパーナさまぁぁぁあっっ!!」
――………ゴシュンッ………ゴシュンッ………ゴシュンッ………ゴシュンッ………
……その時の出来事を、彼女――ミーナ・C・アンセルは、後の自叙伝にて次のように語っている。
【私はその時、オルトニシアの教えが正しかったことを、身を
【聖典の予言には、こうある】
【世界に魔が満つる時、英雄は甦る。鋼鉄の騎士を従えて、我らを護るべく起ち上がる】
【……そう、あの時。幼い私が目にしたものはまさしく、英雄の再臨であったのだ】
――ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ、ゴシュンッ……ガゴォォオンッ!
それは、その場にいた誰もにとって、まさに青天の霹靂。
ミーナにもレーナにも、バンドベルにも、そして恐らく魔獣・ヴォーロス=ガルヴァにも、予想しえなかった展開。
ガルヴァがその剛腕を振り下ろし、獲物を叩き潰そうとした瞬間である。
横合いから巨大なナニカが凄まじい勢いで体当たりし、ガルヴァの身体を大きく弾き飛ばしたのだ!
「KyAooo!?!?」
――どずずずぅぅううんっっ!!
凄まじい音と振動、土煙とともに、ガルヴァが転倒。
ミーナ、レーナ、バンドベルの三人は、黒く巨大な化け物を吹き飛ばしたその存在を、唖然として見上げた。
それは、中ほどあたりで折れ曲がった四本の太い脚と、斜めに角ばった胴を持つ異形の存在。
体高は4メルトほどだろうか?
身体のすべてが、錆の浮いた鈍色の装甲に覆われている。
胴体正面には赤く
胴体側面には、『05』と謎の記号が黒色で記されている。
その背にはカゴのような部位があり、そして――……。
そこに立っている人物を見た時、ミーナは思わず言葉を失った。
「あ……」
そこにいたのは、1人の少女。
年のころは、ミーナと同じか、もう少し上ぐらいだろうか?
そのハーフアップに纏められた長髪は、濡れたクレッヘ(※古代世界における『カラス』に似た魔物)の羽のように真っ黒だった。
大きなアーモンド形の瞳も同色だ。
片手で柵を掴んで立ち、キッと前を見据える彼女の横顔を見上げながら、ミーナはうわ言のように呟く。
「ヤパーナ、さま……?」
そう、そこに在ったのは、まさに伝承通りの”英雄”の立ち姿。
鋼鉄の騎士・オルト=マシーナを従えた、濡羽色の髪と目を持つ英雄・ヤパーナの姿そのものであったのだ。
ルインズエクスプローラー ―冒険者アルと遺跡の少女―
第七章 悪夢の顕現 【完】
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