第八話 奮闘!! 護衛騎士隊 ②

 アンセル家護衛騎士隊と巨躯の『熊』型魔獣・ヴォーロス=ガルヴァ、両者の戦いは続く。


「KEOooooO!!!!!!」


――バゴォォオオンンッッ!!


 大樹の幹のような剛腕が振るわれ、四本の剛爪が地面に叩きつけられる。


 直前まで、弓騎兵・ガイデルが疾駆していた空間だ。


 石畳が砕け散り、土煙が大きく舞い上がる。

 視界が遮られ、ガイデルがどうなったのか一瞬誰にもわからなくなるが、


「っらぁ! んなのろまじゃ、俺たちは捕まえられねぇぜ!」


 次の瞬間には、土埃を切り裂いて無傷のガイデルと、その乗騎が姿を現した。

 彼が構える弓には、既に矢がつがえられており、


「こいつを食らいな!」


――ひゅぅんっ!


 お返しとばかりに矢が放たれる。


 つると矢羽根が風を切る音が響き、美しい軌道で矢は宙を駆け、 そして。

 どすっ! と音を立てて、ガルヴァの脇腹に矢が突き立った。


 今度は先程のように弾かれることはなく、矢じりはしっかりと敵の表皮を抉ったようだ。


「っしゃあ! どうだ見たか!」


 馬上でぐっとこぶしを握るガイデルだったが、そんな彼に向け既にガルヴァは腕を振り上げ、爪を振り下ろそうとしていて……。


――ダシュゥゥウンッ! ダシュゥゥウンッ!


 それを阻止すべく、ガルヴァの横っ面に魔力の束が二発、連続で叩き込まれる。


「KEOoooO!」


 鬱陶しげに身をくねらせ、ガルヴァは攻撃を中断。

 横やりを入れてきた敵を、金の四ツ目でぞるりと睨んだ。


「ガイデル、油断し過ぎよ!」

「ははっ、悪いなセシリア! 帰ったら一杯奢るぜ」


 アンセル家護衛騎士隊唯一の女性騎士、セシリアだ。

 敵の巨体をガイデルと挟みこむように位置する彼女は、一度銃口を下げると、マズルアタッチメントに付いているスイッチを素早く操作。

 再びガルヴァの顔面へと魔導銃を向け、引き金を引いた。


――タタタタタタタタッッ!


 細かな魔力の礫が、高レートで銃口から吐き出される。

 それらは次々とガルヴァの顔面へと着弾し、バチバチと音を立てて爆ぜ続けた。


 彼女が手にしているのは、DデリアDダイナ―工房製の新鋭魔導銃、DAS52型魔導騎兵銃。

 古代世界では”アサルトカービン”と呼ばれた銃器の形状をモデルとしており、馬上でも扱いやすいよう銃身長はかなり切り詰められている他、銃口のパーツに付いたスイッチを操作するだけで射撃モードを切り替えられる優れモノである。


「KEOooo!!」


 連射モードによる魔弾の嵐。

 大きなダメージは与えられないものの、注意を引くには十分な攻撃だ。


 ガルヴァはセシリアへと攻撃の矛先を変えるが、これはまさに”計画通り”。


 フリーとなったガイデルは再び弓に矢をつがえ、余裕をもって狙いを定めるのだった。



 ……今のところ、皆、どうにかやってくれているようだが……。


 一方。

 護衛騎士隊隊長・バンドベルは、その戦いをやや後方から見ていた。


 現状、前衛二人が奮戦して注意を引いていることもあり、どうにか馬車は守り切れている。

 だがアンセル家母娘を乗せた馬車の牽引馬は未だに動こうとせず、シルフェからの援軍もくる気配がない。


 せめて護るべき母娘だけでも徒歩で逃がすことも考えたが、今日の二人の服装はドレスにハイヒールと走るには不向きなものだった。


 それで長距離を走って逃げ切れるはずもなく、十分な護衛をつけられる状況でもない以上、最悪他の魔物や賊の餌食になる恐れすらある。危険だ。


 ガルヴァに対するこちらの攻撃力不足も深刻だった。


 一応、脇腹など柔い部分を狙えば矢は刺さるし、魔法攻撃も顔面に当てれば怯ませることぐらいはできるものの、どちらも大したダメージ足りえていない。

 ガルヴァほどの巨体となると、人間個人が扱えるレベルの矢や魔力量では、命中したところで小石をぶつけられた程度の痛痒つうようしか与えられないのだろう。


 討伐が目的ではないとはいえ、動きを鈍らすことすらできないとは想定外だった。


 あとどれぐらいの間、現状の維持が可能だろうか?


 ガイデルが持つ矢も、セシリアの魔力も、いずれ尽きる。

 今は二人が周囲からチクチク突いているから、ガルヴァも二人に注意を向けているが……。


「バンドベル隊長!」


 あごの白ひげをしごきつつ、現状を変える一手はないかと必死に考えを巡らせていると、不意に声がかかった。

 前衛で戦い続けているガイデルだ。


「間もなく矢が尽きます! その前に、コアに一撃を加えさせてください!」

「大きなダメージを与えれば、追い払うか、そうでなくとも動きを鈍らせることぐらいはできるかも知れません!」


 爪による攻撃を躱しながら、セシリアも大声で訴えてくる。


 なるほど、二人の言うことは一理ある。


 なにせ、現状のままではじり貧だ。

 シルフェからの増援がいつ来るかも分からず、馬車もいまだ動けない以上、何か手を打つ必要はある。


 それに、もしコアへの攻撃が成功して、この化け物を倒すことができたら?


 ヴォーロス=ガルヴァは伝説の、幻の魔獣だ。

 しかも、パラベラ村を壊滅させ、すでに数多の人命を奪っている。

 それを自分たちが倒したとあれば、アンセル家の名は一躍有名になるだろう。


 ”田舎の貧乏貴族”とアンセル家を蔑んでいた中央セントベルムの連中も、見る目を改めるに違いない。


 それを為すことができれば、領主一家に対するこの上ない恩返しとなるのではないか?


 ……考えてみれば、そもそも、バンドベルが懸念する”コアを攻撃すると狂暴性が増す”という話も、所詮は伝承上の話でしかない。


 ここ数百年、ガルヴァは現れていないのだから、今を生きる人間でそれを実証して見せた者は誰もいないはず。


 つまりは、やってみなければわからないのである。


「……よし」


 しばしの逡巡しゅんじゅんの後、バンドベルは決断した。


「コアへの攻撃を許可する。ただし慎重に、確実に強力な一撃を叩き込め!」

「「了解!!」」


 二人から同時に、「待ってました!」と言わんばかりの返事が返ってくる。

 敵に痛打を与えられるかも知れない手段を禁じられていた状況は、二人に思った以上のフラストレーションを与えていたようだ。


 二人とも、表情が活き活きしているのが遠目に見ても分かる。


「囮はわたしが! コアへの攻撃は任せたわよ、ガイデル!」

「おうよ任せな! 死ぬほど痛いのをくれてやるぜ!」

「そんな調子のいいこと言って、外さないでよね?」

「ははっ、誰に言ってやがる!」


 軽口を叩き合いながら、役割分担を手早く済ませる前衛二人。

 セシリアが魔導銃を連射し注意を引き付ける一方、ガイデルは乗騎を巧みに駆ってガルヴァの背後へと回り込んだ。


「さぁて、伝説の魔獣だか何だか知らねぇが――……」


 馬足を止め、軽くなった背の矢筒に手をやり、自慢の剛弓に矢をつがえる。

 続けてガイデルは、己が持てるあらん限りの魔力を惜しげもなく身体強化フィジカル・バフへとまわしていった。


 毛細血管一本に至るまで身体中を魔力が巡り、軽鎧越しでありながらも全身の筋肉が一回り膨らんだように見える。


 こうして彼が放つ矢の威力は凄まじく、以前に領内の賊を討伐した際には、放った矢が一枚の盾と二人の敵の身体を貫通し、その背後にいた別の敵の腹に突き刺さったこともある程だ。


 ……あの一撃がコアに直撃すれば、いかに伝説の魔獣とは言え無傷とはいくまい!


 内心に僅かな不安を感じながらも、バンドベルはそう確信していた。


――ギリギリギリギリ……


 限界まで引き絞られた弓が軋み、耳障りな音を立てる。

 そして、


「――……塵に返れ、クソ野郎!」


――バヒュゥウッッ!!


 獣の咆哮が如き風切り音とともに、今、必殺の矢が放たれた!!

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