第七話 奮闘!! 護衛騎士隊 ①

 ……くそっ、なんたることだ。


 未だ動けない馬車を背に、バンドベルは心中で悪態をついていた。


 彼の中にあった、”護衛騎士隊の面々で可能な限りガルヴァを足止めし、その間に馬車を遠くまで逃がす”という算段は、脆くも崩れ去ってしまった。


 今はとにかく、牽引馬が動けるようになるまで時間を稼ぐしかない。


「KeoOoOoooO!!」


 大地を揺らしつつ、黒い巨体が迫りくる。


 ガルヴァは、両脇から挟みこむようにして突出してくるガイデルとセシリアの二人を完全に無視。


 馬車の20メルト程前で密集隊形ファランクスを組んでいる男たちに向け、猛然と突っ込んできた。


 その巨躯でもって真正面から彼らを蹴散らし、その背後に待つご馳走ミーナ姫に喰らい付こうという魂胆だろう。


「くるぞ! 衝撃に備え!」

「「「「了!」」」」


 馬車の前で壁となる騎士たち四人が一斉に、「ガツンッ!」と槍の石突を石畳の地面に打ち付け、食い込ませる。


 穂先は斜め上に向け、各々が脇に挟むようにして柄を持ちガッチリと固定。


 この密集隊形ファランクスは元々、騎兵や魔物の突撃を迎え撃つために考案された防御向きの陣形だ。


 敵の突撃に合わせこのような態勢を取っておけば、突っ込んできた騎兵や魔物は、自らの勢いで勝手に槍に突き刺さる。


 もしガルヴァがこのまま騎士たちを圧殺しようとすれば、ヤツは自らの速度と体重によって、槍の穂先に貫かれることとなるだろう。


「KEO,KEoooO!?」


 途中でそれが分かったからか、目の前にズラリと突き付けられた穂先に恐れをなしたか。

 ガルヴァは寸でのところで突進を止め、槍衾を警戒するような動きで後ずさる。


 そこへ、先程ヤツに無視されていたガイデルとセシリアが背後から襲い掛かった。


「デカブツめ、テメェの相手はこっちだ!」


 馬上で器用に弓を引き絞り、矢を放とうとするガイデル。


「姫様たちの所へは、行かせないわ!」


 同じく馬上で安定した姿勢を保ちつつ、魔導銃を構えるセシリア。

 その瞬間、バンドベルはとある事を思い出し、慌てて声を上げた。


「ガイデル、セシリア! 背中のコアへの攻撃は避け、他の部位を攻撃せよ!」


 理由は、以前ガルヴァに関する書物を読んだ時の、ある記述を思い出したからだ。


 ヴォーロス=ガルヴァの弱点は無論、背部に露出したコアであるが、これを攻撃するとガルヴァは怒り狂い、さらに攻撃性が増して手が付けられなくなる。

 いわば龍の逆鱗であり、仮にコアに攻撃を加えるならば、一撃で破壊できるだけの威力を持った攻撃を、正確に叩き込む必要がある、と。


 バンドベルたち護衛騎士隊がいま行うべきは、時間を稼ぐための戦闘だ。


 ここで化け物を足止めし、時間を稼いでおけば、姫様たちが乗る馬車が動き出し、逃げられるかも知れない。


 そうでなくとも、この場所は地方都市・シルフェからも近い場所にある。


 パラベラからは救難信号も上がっているし、いずれはシルフェ衛兵隊が異変に気付いて駆けつけるだろう。


 そうなれば、衛兵隊と共同で化け物退治に当たることもできる。


 戦力が増えれば、それだけ打てる手も増えるというものだ。


 いずれにしても、この状況でコアを攻撃しても、無駄なリスクを抱え込むだけである。


 バンドベルはそう考えた。


「了解!」

「はい!」


 ガイデルとセシリアがそれぞれ答え、攻撃を放つ。

 ガイデルは矢を、セシリアは銃口からの攻撃魔法を。


 ひゅうっと風を切る音と共に矢が、「ダシュゥゥンッ!」と銃声と共に魔力の束が飛んでいく。


 攻撃は双方ともに狙いすましたようにガルヴァの後頭部に直撃するが、しかし。


「なに!?」

「っ!」


 矢は刺さらず、魔力の束は命中と同時にぱしゅんっ! と音を立てて霧散してしまった。


「皮が硬い!? 狙った部位が悪かったか!」

「こっちもダメ! こいつ、身体に魔導障壁を張ってる!」


 目を見開き、驚く二人。


 だが戦意はまるで衰えていない。二人ともすぐに、ならばどこならば攻撃が通るかと観察を始める。


 密集隊形ファランクスを組む重騎士たちがアンセル家の盾ならば、この二人は剣であり、矛なのだ。


 一方のガルヴァは、傷こそつかなかったものの、自身の頭にを投げつけてくるような相手を「邪魔だ」と認識したらしい。


「GURuRuRuRu……」


 と低く唸り声をあげると、面倒くさそうに首をめぐらせて前足を上げ、自身の周囲をぐるぐると周っているセシリアに向けぶぉん! と振り下ろした。


 まとわりつく羽虫を払いのけるような緩慢な動作だが、威力は十分。

 当たれば彼女は一瞬でつぶれ、石畳の上の赤いシミと化してしまうだろう。


「甘いわ、よっと!」


 だがこれを、セシリアは馬の進行方向を少し変え、身を軽くひねって回避した。

 ずがぁん! と轟音と共に爪が地面に叩きつけられ、粉々に砕けた石畳が周囲に散るが、セシリア本人はかすり傷1つ負っていない。


 続けてガルヴァは、もう一人の騎士・ガイデルの身を引き裂こうと、長い爪を横なぎに振るう。


「っと、あぶね!」


 しかしこれも当たらない。

 正面から迫ってきた四本の爪を、ガイデルは馬上で身を低く屈めてやり過ごした。

 首が刈り取られないよう、自身が乗る馬にも一緒に頭を下げさせているあたり、さすがである。


 二人が身にまとうは真銀ミスリル製の軽鎧であり、全身を金属で覆う重騎士ようなものではない。

 守られているのは胸や腹、肩などの重要な部位のみであり、防御力は当然、全身鎧プレートアーマーに劣る。


 だがそのぶん身軽であり、このような機動力に富んだ戦い方ができるのだ。


「KEOooO!!!!!!」


 後ろ足で立ち上がり、忌々しげに咆哮する漆黒の化け物。

 金の四ツ目がせわしなく動いて、ガイデル、セシリア、二人の動きを追い始める。


 どうやら、護るべき馬車から注意を反らすことには成功したようだ。


 ……皆、頼むぞ。


 その様を見ながら、バンドベルは思う。

 金属の籠手に包まれたこぶしを、きつく握る。

 

 ……姫様と奥方様が逃げおおせるまで、シルフェからの援軍が到着するまで、どうにか全員で耐えるのだ!

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