第三話 英雄ヤパーナの伝説
言わずとも察せられることではあろうが、ミーナは古代の英雄たちの熱烈なファン……否、マニアである。
彼女の趣味は、教会の聖典など英雄たちの活躍について書かれた書物を読み漁る事であり、両親に時間がある時はいつも話を聞きたがった。
「これは、英雄たちと魔物との戦いが始まったばかりの頃のお話。魔法が使えない彼らが、魔物と戦うための力を手に入れるお話ね」
「あ、もしかして、”
「そう! ミーナはもう知ってる話だったかしら?」
「うん! でも、もう一度聞きたい!」
古代の英雄は、七人いたと言われている。
ユナティア、ルージア、シナジア、インデア……。
カナディア、エウロパ。
それから、ミーナの一番のお気に入りである、ヤパーナだ。
「昔、昔の、大昔。魔物たちとの戦いが始まったばかりの頃。英雄たちは苦しい戦いを強いられていたわ。魔力で身体を強化した魔物たちに、魔法が使えない彼らの武器は通じなかったの」
「うん、うん」
「そこで活躍したのが、ミーナも大好きなヤパーナさま。ミーナは、ヤパーナさまがどんなことが得意だったか、憶えてる?」
「はい! 手先が器用で、物創りが得意!」
「そう。よく覚えているわね」
かつて世界を魔物が覆いつくし、人々を喰らい尽くさんと侵攻を始めた時。
七人の英雄が中心となり、鋼鉄の騎士たちを率いて人々が戦った話は、誰もが知っていることだ。
だが、英雄たちそれぞれが何が得意で、どんな見た目をしていて、互いがどんな関係だったか。
そこまで知っている人は、実はあまりいない。
教会が発行している聖典は、原典と呼ばれる書物を元に、多くの人々が受け入れやすいよう再編、挿絵も入れて分かりやすくしたものだ。
聖典には、英雄たちの戦いでの活躍しか描かれていない。
故に、聖典でしか英雄たちの話に触れない世の多くの人たちは、英雄たちの詳細についてあまり深く知らないのだ。
例えば、ユナティアは七人のリーダー的な立ち位置だったが、ルージアやシナジアと仲が悪かった、だとか。
ユナティアとヤパーナは、人魔大戦が始まるずっと前に大ゲンカしたことがあったけど、それをきっかけに仲良くなった、とか。
因みにヤパーナは、七人の中での紅一点。
長い黒髪と、黒い目、それから透き通るようにキレイな肌を持つ、小柄な女性だったらしい。
手先が器用で、物を創り出すことに長け、彼女が創るものは英雄たちの間でも好評だったとか。
ヤパーナは他の英雄たちとの衝突を嫌い、他者との間に波風を立てないことを信条にしているような優しい女性だったが……いざ戦いとなると人が変わったように苛烈となり、他の英雄たちがびっくりするような戦い方をすることもあった。
彼女のシンボルである”輝く太陽”の御旗を掲げ、自軍の先頭に立って魔物の群れに突撃していくその姿は、勇ましくも美しかったと伝わっている。
ミーナは、同じ女性で、しかも小柄でありながら、男性ばかりの英雄の中で大活躍するヤパーナが大好きだったのだ。
「……こうして、ヤパーナさまは英雄たちの頼みを聞いて、”雷の槍”を創り出した。”雷の槍”の力は凄まじく、魔力で強化された魔物の身体であっても、簡単に撃ち貫くことができたわ」
「ヤパーナさまの活躍で、英雄たちは強い魔物とも戦えるようになったんですね!」
「ふふっ、そうね。”雷の槍”を手にした英雄たちは、それまで手も足も出なかった魔物が相手でも、ちゃんと戦えるようになったの。”雷の槍”は、やがて世界中に広まって、多くの人々の命を救ったのよ」
「うん、うん! やっぱり、ヤパーナさまはすごいです!」
おとぎ話が一区切りを迎え、ミーナは上気した顔で胸の前で手を握り、
「あぁ、
「あら、ヤパーナさまは身体が小さかったそうだけど……ミーナは小さいままでもいいの?」
「そういう見た目の話をしているんじゃありませんっ」
からかい口調で言う母・レーナに対して、ミーナはぷぅっと頬を膨らませて言った。
「確かに、ヤパーナさまの美しい黒髪や黒い目には憧れますけれど……と、そうではなくて!」
「はい、はい」
「ヤパーナさまみたいに、苦境にあるたくさんの人を救い、支えになれる……そういう女性になりたいと、そう言った話をしているのです」
「えぇもう、よーく分かっているわよ」
「んもう、お母さまはいじわるです!」
ミーナは、割と本気で”ヤパーナさまのようになりたい!”思っているのだが、母からは何だか”子どもが語る夢物語”としか思われていないような気がした。
頬を膨らませたままで、母からぷいっとそっぽを向くミーナ。
そんな彼女の桃色でふわふわした髪を、母の温かい手がそっと撫でて、
「ふふっ、ちょっとからかい過ぎたわね。ごめんなさい」
「んむぅ~……」
「大丈夫、ミーナならきっとなれるわ。ヤパーナさまみたいに、たくさんの人の身体も、心も救ってあげられる、そんな人に……」
「……本当に、そう思いますか?」
唇を尖らせ、ミーナは上目遣いで母の顔を見上げる。
その視線に、母は優しく微笑んで答えた。
「もちろん。だってミーナは、
「っ、お母さま、大好き!」
周囲に人目のない馬車の中であるのを良いことに、ミーナは思いっきり母に抱き着いた。
「あらあら。ミーナはまだまだ甘えん坊ね」
「い、いいんです。今は誰も見てませんから、少しぐらい……」
「ふふっ、それもそうね。他の者が見ている前では、ミーナはいつもいっぱい我慢しているものね」
ぎゅっと抱き着いたミーナの頭と背中を、母たるレーナがそっと撫で続ける。
そんな穏やかな時間の中、気持ちよさそうに目を閉じたミーナが、うとうととまどろみ始めた……その時。
「KEEOOoooooooOOO!!」
――どどどぉぉぉん! ガガァァァン!
空気を震わせる、耳をつんざくような咆哮。
そして、建物が崩れるような音と、地響き。
それらが突然、
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