第二話 アンセル家の母娘
さて、一方の馬車内部。
そこには件のミーナ姫の他、もう一人妙齢の女性の姿があった。
馬車内に設けられたソファーに微笑みながら腰掛ける彼女の名は、レーナ・C・アンセル。
ミーナの母である。
肩口程までの長さで整えられた髪は娘と同じ桃色で、瞳は翠玉色。
どこか
「お母さま、シルフェ到着までは今しばらく時間がかかりそうです」
そんな彼女に、隣に座るミーナが声をかける。
この
「そう。もう大分長いこと馬車に乗っているし、ミーナはそろそろ疲れたかしら?」
「いいえ、全然ですっ」
ミーナは、自身が腰掛けるソファーをぽんぽんと叩いて、
「ソファーもこんなに柔らかいですし、それにこの馬車……”さすぺんしょん”、だったかしら? それのおかげで、全然揺れないんですもの」
ミーナの言う通り、近年再現された古代技術の1つである『サスペンション』の搭載によって、この馬車の揺れはかなり抑えられていた。
長距離を移動してもお尻が痛くなったりしない、素晴らしい技術である。
「帝国技研の皆さまは、いつも偉そうであまり好きではありませんけれど……今回ばかりは、感謝しないわけには参りませんわ」
「ふふっ、そうね。あの人たちは、戦争の道具なんかじゃなく、この言う人々の生活を豊かにするものをもっとたくさん作るべきね」
「ふふふっ、まったくです」
顔を見合わせ、笑い合う母娘。
ウェーブがかった桃色の長髪をふわふわと揺らして笑うミーナだったが、ひとしきり笑ったところでふっと目を伏せ、
「と、ところでお母さま? 1つ、お願いがあるのですが……」
「あら、なにかしら?」
「その、ですね、えっと……」
もじもじとして目を泳がせるミーナを見て、彼女の母はくすりと笑う。
「”英雄さまのお話をしてほしい”、かしら?」
「え!? どうして分かったのです!?」
「だってあなた、いつも同じことを頼むんだもの。こうして馬車に長く乗っていなければならない時とかは特に、ね」
「……うぅ……お母さまにおとぎ話をせがむだなんて、子どもみたいで恥ずかしい……」
実際、齢十二を迎えて間もないミーナは、大人たちからすれば子ども以外の何者でもないのだが……彼女も色々と、背伸びしたくなる年頃なのであった。
俯き、頬を赤らめるミーナであったが、
「ミーナは本当に英雄さまのお話が好きね。それじゃ、今日は誰のお話がいいかしら?」
「ヤパーナさま! ヤパーナさまのお話がいい! ……あっ」
”誰のお話をしてほしいか”との話題になった途端、ミーナはがばっと顔をあげて目を輝かせていた。
そしてすぐに、自分がつい子どものようにはしゃいでしまったことに気付いて口をつぐむ。
「ふふふっ、それじゃあ、今日もヤパーナさまのお話をしましょうか」
そんなミーナに柔らかい微笑みを向けて、彼女の母はおとぎ話を始めるのであった。
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