第七章 悪夢の顕現

第一話 穏やかな旅路

 さて。

 古代兵器オルト=マシーナを駆る遺跡の少女が、パラベラ村へ向け疾走を始める少し前のこと。


 パラベラ村からさらに西方、パラベラを経由しシルフェへと繋がる街道上を、一台の馬車がゆっくりと走っていた。


 傷一つ、汚れ一つない純白の車体の、大きく美しい箱馬車である。


 過度な装飾こそ見られないが、その外観は明らかに庶民が乗るようなものではなく、上流階級ご用達といった感じの様相であった。


 馬車の周囲には、護衛に就く七騎の騎士の姿も見える。


 馬車の前方に三騎、馬車を挟みこむように並走する二騎、さらに後方に二騎。

 皆が真銀ミスリル製の青白く輝く武具を身に着けた、いかにも精強そうな騎士たちだ。


 と、馬車の側面についていた窓の1つがガラリと開いて、


「バンドベル、バンドベル。シルフェまでは、あとどれぐらいかかりますの?」


 1人の少女が顔を出した。


 年のころは、まだ十二~三歳ほどだろうか?

 ふわふわとウェーブがかかった桃色の長髪と、サファイアを思わせる青く透き通った瞳が美しい少女だ。


「そうですなぁ、真っすぐ向かってあと1ハール(※)と少し、と言ったところでしょうかな」


 馬車と並んで馬を走らせていた、全身鎧プレートアーマーをまとった騎士の1人……バンドベルと呼ばれた初老の騎士が、その問いに答える。


「ですが、姫様。その前に一時パラベラに立ち寄り、馬と兵たちにしばし休息を取らせたいと存じます。シルフェ到着はやや遅れてしまいますが……お許しいただけますかな」

「許すも何も、当然です」


 どこか申し訳なさそうに眉尻を下げる初老の騎士、バンドベルに、少女はにこりと微笑むと、


「私たちがこうして安全に出かけられるのも、皆が頑張ってくれるからですもの。しっかりと休息を取ってくださいまし」

「そう仰っていただけると、助かりますな。さすがは姫様、次期領主にふさわしき言動にございます」

「ふふっ。もう、バンドベルは大袈裟です」


 うやうやしい態度でそう言うバンドベルに、少女は照れくさそうに笑うと、がらりと窓を閉めて車内へと戻っていった。


 ……大袈裟、というわけでもありませんぞ。


 一方、バンドベルは顎下に蓄えた白い髭を片手で扱きながら、口元にふっと笑みを浮かべ、思う。


 ……質素倹約を旨とし、自家に仕える者たちを愛し、民の生活を重んじる。


 ……”いかに財を蓄えるか”とそればかりを考える貴族どもが多い中、そのようなお考えを持ってらっしゃる方は貴重にございます。


 ……本当に、領主様と奥方様のお考えをよく継いでいらっしゃる。


 バンドベルが先程から”姫様”と呼ぶ少女は、名をミーナ・C・アンセルと言った。


 帝国イスト地方のシルフェ近辺を領地とする貴族・アンセル家の一人娘であり、齢十二とまだ幼いながらも次期領主の座が確定している。


 また、その”赤に近い髪色”が示す通り魔力量も豊富であり、魔力の扱いにもひいで、この齢にして既に優秀な治癒魔導士としての頭角を現しつつある。


 だがそんな恵まれた立場にありながら、彼女はそれを鼻にかけて横柄に振舞うようなことも、過度な贅沢を望むこともなかった。


 これらはひとえに、彼女の両親の薫陶によるものと言えるだろう。


 彼女の両親もまた、私腹を肥やし自家を栄えさせることよりも、自領の民たちの生活がより豊かになることを望むような者たちだったからだ。


 故に、アンセル家は多くの民衆から支持され、バンドベルもまた、アンセル家に仕えることを心から誇りに思っていた。


 唯一の不満と言えば、中央セントベルムの貴族連中が”向上心の全くない僻地の貧乏貴族”とアンセル家を軽んじていることであるが(彼らからすれば、”私腹を肥やし自家を栄えさせること”を重視しないアンセル家は、”向上心のない”貴族に見えるのだ)……。


 当の領主夫妻がそのことを全く気にしていないため、口惜しく思いながらもこらえる他ないバンドベルであった。


 ……今の我々ができることは、シルフェ訪問に向かわれる奥方様、姫様をお守りすることのみ。


 ……最近は街道周辺に出没する魔物や賊徒の数も増えていると聞く。二人の身に危険が及ばぬよう、気を引き締めていかねばな。



※1ハールと少し


 ”ハール”は、作中帝国内で定められた時間の単位。

 1ハール約一時間であり、他にミール(分)、スール(秒)と言った単位も存在する。

 お偉いさんたちがせっかく定めた単位であるが、一般市民にはまだあまり浸透しておらず、日常会話で使用するのは貴族などの上流階級のみ。

 一般人はもっぱら、日の傾きを見たり、大きな街なら一定時間ごとに鳴らされる鐘の音を元にしたりして時間を判断している。

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