A.D.2101.10.25 ⑤
その日、ゲームを終えて那由多くんと端末越しに話した後、リビングに向かうとお父さんが帰ってきていた。
椅子に座り机に向かって、何やら難しい顔で唸っている。
今の時間は17時半過ぎ。
18時前に仕事から帰ってきているのは珍しく、私は驚きつつも声をかけた。
「あれ、お父さん。おかえりなさい」
「ん? あぁ、ただいま」
「今日は早いんだね?」
「あー、まぁ、色々あってな……」
「ふーん……」
お父さんがこうして難しい顔をしている時は、大抵、お仕事が上手くいっていない時だ。
「……ねぇ、お父さん。お仕事で、何か困ったことでもあった?」
何となく心配になり尋ねてみると、お父さんは目を丸くして私を見て、
「な、なんで分かったんだ?」
「ふふふっ」
と、お勝手から笑い声が。
夕食の準備をしていたお母さんだ。
頭の後ろで1つ結びにした長い黒髪を揺らしながら振り向いて、
「お父さんは昔からウソが下手だもの。ねぇ、優希?」
「うん。お父さん、単純だからね。隠し事とかできないタイプ」
「そ、そうか? うーん、二人には叶わないなぁ」
お父さんが頭をぽりぽり掻いて苦笑し、それを見た私とお母さんが顔を見合わせ、くすくすと笑う。
そうして家族三人でしばらく笑った後、私は改めて尋ねてみた。
「それで、お父さん。お仕事、大変なの?」
実際、私にお仕事について相談したところで何かが解決するとは思えないけれど、何だか心配で、訊かずにはいられなかったのだ。
因みにお父さんのお仕事は、”物流システムの管理”、らしい。
物流と言えば、昔は物を運ぶトラックや列車を運転したりすることも人間の仕事だったみたいだけど、今ではそれらはすべて自動運転でまかなわれていて、もっぱら機械の仕事となっている。
なので、お父さんみたいな物流に携わる人々がする仕事は、主に機械に指示を出すこと。
機械たちが効率よく物を運べるように計画を立てたり、機械たちがちゃんと計画通りに滞りなく物を運べているかチェックしたり、そう言ったことになる。
「うーん、そうだなぁ……なんて説明したらいいか……」
心配そうな私に、お父さんは少し考えた後、
「実は、大事な商品が何種類か、届くのがかなり遅れそうでね。注文してくれた人に、期日までに届けられそうにないんだ」
「そうなの?」
「あぁ。……お父さんたちの会社は、中国にある工場からも物を買ってるって話、したことあったよね?」
「うん」
それについては、聞いたことがあった気がする。
前に同じようにお父さんが難しい顔をしてた時、”あっちの人”は商品の扱いや運搬スケジュールの組み方が雑だ、もっと真面目に仕事をしてくれ、って愚痴ってたのを憶えている。
と、いうことは、だ。
「……もしかしてまた、
「いや、今回はそういうわけじゃないな」
私の邪推をお父さんは首を横に振って否定すると、机に置いてあったタブレット端末をぽんっとタップ。
A4大の画面に、ぱっと地図が表示される。
どうやら、現地周辺、中国の一地方の地図のようだ。
「どうも、向こうのインフラ……線路とか道路とかで、トラブルが頻発しているみたいでね。工場から、計画通りに物が運べていないんだ」
「トラブル……って、線路とか道路が壊れちゃったり、ってこと?」
「あぁ。線路が壊れてたり、送り出したトラックが途中で事故を起こしていたり、だそうだ。それに最近、向こうじゃやたらと獣害事件が起こってるらしくて、それも色々と遅れる原因になってるらしい」
「うーん……」
タブレット端末の画面に表示された地図には、あちこちに赤いバツ印と、日付け、そこで何があったかが簡潔に記されていた。
こうして見ていると、確かに、かなり広い範囲のあちこちで、お父さんがいう通りのトラブルが起こっているように見える。
「って、あれ?」
そんな中、私は、地図を見ているうちに気になる地名を見つけてしまった。
「ナクチュ、って確か……この前、隕石が落ちた場所だったよね?」
たくさんのバツ印が着いた地図の西側に示された、”チベット自治区ナクチュ地区”の文字。
私の目はふと、そこに止まっていたのだ。
「ん? あぁ、そう言えばそうだな。それが、どうかしたか?」
「えと……少し気になったんだけど、もしかして」
続いて私は、地図上に記されたバツ印を、日付順に指さしていく。
”正体不明の大型動物”に人が襲われた事件、線路の破損、無人トラックの横転事故、等々。
内容は様々だけど、日付けの順番に指さすと、私の指は隕石が落ちた地から徐々に東へ、東へと移動していった。
「これ、隕石が落ちた場所から、段々広がるみたいにしてバツ印が増えてない?」
「えぇ? ちょっと待て」
タブレット型端末を操作し、より広い範囲が見えるようお父さんが地図を調整する。
「10月16日、18日、21日、22日……確かにそうだな。他の地区で起こってる事件や事故も、同じような感じだ」
こうして俯瞰視点で見ると、東だけじゃなく、東西南北に向けてバツ印が徐々に広がて行っているように見える。
「ホントね。まるで、ナニカがゆっくり移動してるみたい」
と、いつの間にか背後から画面を覗き込んでいたお母さんが、そんな怖いことを言ってきた。
「の、
……お、お父さんのバカ! そんな、余計なこと訊かなくても……!!
「さぁ? 飛来した隕石から現れた、未知のエイリアンとか? 案外、人に寄生とかして悪さするタイプのヤツかも知れないわよ。あの映画みたいに」
「「………」」
ご丁寧に低~く声色を変えて告げられたそのセリフに、さぁっと青ざめる私とお父さん。
余談だけど、うちのお母さんは、ホラーやスプラッタ要素マシマシの映画を笑顔で観られる強メンタルの持ち主だ。
半面、私とお父さんは、ホラーもスプラッタもメチャクチャ苦手。
この前、テレビで放映されてたあの映画……”宇宙船に閉じ込められた若者たちが、未知のエイリアンに1人、また1人と食い殺されていくお話”を家族で観た時やなんかは、お父さんも私も画面をまともに観ていられなかった。
そんな中でもお母さんは、「え、ウソ。このキャラ、こんなとこで死んじゃうの?」「あっはっは! なにこいつ、死亡フラグ回収はっや!」とか、お酒飲んで爆笑しながら観てたわけだけど……。
「なーんて、冗談に決まってるじゃない。そんな化け物なんか、現実にいるわけないものね」
表情を凍り付かせたままで固まる私とお父さんに、何でもないようなにっこり笑顔で言うお母さん。
「さ、そろそろ晩ご飯できるから、二人とも盛り付けぐらい手伝いなさい? ぐーたらしてると、またお母さん怒るわよ?」
「は、はは、そりゃそうだよな」
その言葉に我に返ったお父さんが、椅子から立ち上がって、
「優希、お母さんを手伝うぞ。お母さん、怒らせるとエイリアンより怖いからな」
「……優太さん、それどういう意味かしら?」
「ひぃっ!? しまった、怒らせた!」
なにやら、夫婦漫才を始めてしまった。
娘の私のことなんかそっちのけで、あーだこーだと言い合い、じゃれ合う両親。
……何だか、仲のいい高校生二人が、そのまんま大人になったみたい。
その姿を見て笑っているうち、広がるバツ印の話は私の脳裏から抜け落ちて……その後、思い起こされることもなく終わる。
ただ、私の心の奥底に、なんと無しに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます