第五話 エケラビたちの暴走

――ごぉん! どぉん!

――どぉん、がぁん、ごぉん!!


 エケラビたちが次々と、柵に向かって頭突きを見舞う。

 全員が角を切られていることもあり、いきなり柵が破壊されたりはしないが……。

 私たちの誰もが予想もしていなかった状況に、三人全員が混乱した。


「ちょ、何よいきなり!? やめて、こら、やめなさいって!」

「だ、だめだよ、みんな! そんなことしたら、怪我しちゃうよ!?」


 メリアも私もエケラビたちに声をかけるが、当然、言葉は通じない。

 自分たちを囲む柵を壊そうと、エケラビたちは繰り返し、何度も何度も柵に身体を打ち付け続けた。


「このっ! いい加減にしなさい!」


 突然、メリアが腰の剣を抜こうとして、


「ちょっ……メリア!? エケラビたちを傷つけたりしたら、仕事クエスト失敗だって!!」

「やば、そうだった!」


 マイルズに諫められ、慌てた様子で柄から手を放す。


 そんな中、エケラビたちのうち一匹が、柵の中にいた私に向けバッと飛び掛かってきた。

 頭部をまっすぐこちらに向け、後ろ足で力強く跳躍!

 角が切られていなければ、私のお腹辺りに突き刺さってきそうな軌道だ。


「ッ!?」


 思わずびくりと身を縮めた瞬間、身体がエメラルドグリーンの障壁に包まれた。

 シルフィード・エッジを操作しているマルコが、私を護ろうとモード:イージスを発動させたのだ。


――がぁん!


「Kyu--!!」


 障壁に弾かれ、飛び掛かってきたエケラビが吹っ飛んでいく。


 攻撃してきたことで、マルコがエケラビを私に対する脅威と判断したのだろう。

 ぼてっと地面に落ちたエケラビに反撃しようと、二機のシルフィード・エッジが先端からふぉん! と薄緑色の刃を生やして、


「マルコ、だめっ!」


 その二機がエケラビを串刺しにしたりする前に、私は必死に声をあげた。


 ……エケラビを傷つけたら仕事クエスト失敗だし、こんなかわいい生き物が殺されるところなんて見たくないよ!


 そんな私の意図が通じたのか、生えた刃はすぐに消失。


「マイルズ、ユキ! このままじゃ危険よ、早くそこから出て!」


 けれど、ホッとしてなんかいられない。


 どういうワケか、エケラビたちの気性が急に荒くなっている。

 依頼主のおじさんも人に慣れた大人しい子たちだって言ってたし、少し前まであんなに人懐っこかったのに、いきなり襲ってくるなんて信じられないけれど……。


 このまま柵の中にいると、私やマイルズの身が危ない。


「ほら、こっち!!」


 柵の外にいたメリアが、私たちを出そうと柵に取り付けられていた扉を開けてくれた。


「う、うん!」

「わかった!」


 開いた扉から急いで脱出しようとする、私とマイルズ。

 だが当然と言うべきか、私たちよりもエケラビたちの方が、遥かに俊敏だった。


「あっ!?」

「うわっ!!」


 私たちの足元をすり抜け、エケラビたちが一斉に出口に殺到!


「ウソッ!?」


 咄嗟に扉を閉めようとするメリアだったが、エケラビ十数匹が一斉に体当たりしてくる勢いは抑えきれなかったらしい。


「きゃっ!」


 閉めようとした扉は見事に押し開けられ、吹き飛ばされたメリアが尻もちをついて転倒する。

 そしてそんな彼女の身体の脇を抜け、エケラビたちは次々と柵から飛び出していった。


「あ、こら! 待ちなさい!!」

「出てっちゃだめだよ、ねぇ!」

「こ、このっ!」


 メリアも私もマイルズも、必死の形相でエケラビを捕まえようと奮闘するが、素手じゃどう頑張っても無理な話。


 エケラビたちは怒涛の勢いで一瞬のうちに脱出を果たし……。

 最後の一匹に至っては、尻もちをついたメリアの頭に跳び乗った後、ゲシッと足蹴にして出ていった。


 後に残されたのは、呆然と立ち尽くす冒険者三人と、内側が空っぽになった柵のみである。

 ひゅぅぅ、と、寂しげな風がどこからか吹いて、エケラビが残した”黒いコロコロ”が空しく転がっていく……。


「お、おのれーーー!」


 そんな中、私たち三人で一番初めに現実に復帰したのは、メリアであった。

 吹っ飛ばされて尻もちをつかされた挙句、頭を足蹴にされた彼女は怒り心頭と言った様子でわなわなとこぶしを握り、


「このあたしの頭を足蹴にするとは、いい度胸じゃない。全員まとめて、シチューの具にしてあげるわ!」

「メ、メリア! 落ち着きなよ。そんなことしたら、仕事クエストは失敗だよ?」


 彼女の咆哮を受けて我に返ったマイルズに向け、メリアがさらに吠えかかる。


「もう失敗してるわよ! 見てみなさいよ、これ!」


 彼女が指さす先には、すっからかんになった柵の内。


「一匹残らず逃げちゃったじゃないの! もーどーすんのよ、この後!?」

「ど、どうするって……」


 栗毛色の短髪をわしゃわしゃやって頭を抱えるメリアに、マイルズがすっかり弱り切った顔で言葉を返す。


「とにかく、一匹でもいいからエケラビを連れ帰ってくるしかないよ。逃げ出したとはいえ、街の中からはまだ出ていないはずだし……今から探せば、何匹かは捕まえられるかも知れない」

「っ、そ、そうだね! はやく、追いかけよう!」


 そこで、私もようやく思考が回り始める。

 私の同意を得たマイルズが、こくりと頷いて、


「よし、それじゃ、手分けして探そう! もし見つからなくても、昼の鐘が鳴ったら一度ここに戻ってきて、互いの状況を確認だ」

「うん、わかった!」

「おっけー!」


 ……このままエケラビたちを連れ戻せなかったら、どう考えても仕事クエストは失敗。


 ……どうにかして、逃げたエケラビたちを捕まえてこないと!


 かくして、私たち新米冒険者三人とエケラビとの、意地とプライドをかけた鬼ごっこが始まったのだった!

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