第四話 不穏な気配
こうして、私たちは
と言っても、やることは簡単。
柵に囲まれたエリアに入ってエサをあげたり、お掃除したり。
あとは、エケラビたちにイタズラとか、悪さしに来る人がいないか見張ったり。
正直、誰かと戦ったりするよりよっぽど気が楽だ。
因みに、エサは干し草、掃除は主に、食べ残しやフンを箒とちり取りで掃いていく作業になる。
私が鼻歌交じりに柵の内側で掃除をしていると、柵の外で見張りに立つメリアが呆れ顔で尋ねてきた。
「ね。こう言っちゃあ何だけど、あんた、何でそんなに楽しそうなのよ」
「え?」
「あんたが片づけてるそれ、こいつらのフンでしょ? 魔物のウ〇コよ? 汚いとか、嫌だとか思わないわけ?」
「ちょ、ちょっとメリア、ダメだよ! ”汚い”とか”嫌だ”とか、依頼主に聞こえたら……!」
柵内でエケラビたちのエサ箱に干し草を補充していたマイルズが、慌ててメリアを諫めるが、彼女は肩をすくめて、
「大丈夫よ。あのおじさん、他の屋台の手伝いがあるとか言ってどっか行っちゃったし。すぐには戻ってこないわよ」
「そ、そりゃあそうかも知れないけど、どこで誰が聞いてるか分かんないんだし……それに、女の子がフンとかウ〇コとか連呼するの、よくないよ?」
「うっさいわね! んじゃ、あんたは平気で触れたりするわけ? こいつらのウ〇コ」
「そ、それは……っていうか、またウ〇コって……!」
二人があれこれ言い合う姿を眺めながら、私は地面のあちこちに転がる黒くて丸いコロコロした物体を箒で履いて集めていく。
ちり取りに集めたそれらを、柵内に設置された木箱にざぁっと放り込んでから、私は答えを返した。
「んとね。別に、思わないわけじゃないよ? 汚いな、とかって」
目の前でぎゃあぎゃあやっていた痴話げんかが止まり、二人の視線がこちらへと戻る。
「ふぅん? ま、そりゃそうよね。でもその割には、全然抵抗無さそうじゃない?」
片手を腰に当てたメリアからの質問に、私はふふっと笑って返す。
「こういうのって、生きてる限り絶対出るものだから。この子たちが生きてる証……みたいなモノだからね、むしろ、全く出てなかったら心配になっちゃう」
「なにそれ、答えになってないわよ?」
「え、あれ? そうかな??」
怪訝な顔をするメリアと、なぜか”目から鱗”と言ったぽかんとした表情でこちらを見るマイルズ。
私は他の答えを自分の中に探して、うーん、と唸った後、
「あとは、慣れてるから、かな? 昔こういうの、よくやってた気がするし」
「? いや、”昔”とか”慣れてる”って……あんた、エケラビは見るのも初めてのはずでしょ? 一体どこでこんなのに慣れたのよ」
「え? それは、えっ……と?」
何気なく放たれたメリアからの問いに答えようとして、一瞬思考がフリーズする。
……あれ? ”昔”? ”慣れてる”? 私、何言ってるんだろ……?
さっきのセリフは、何となく口から自然に出たものだったけれど……今ある記憶の中に、魔物の世話をしたような記憶は一つもない。
だったらどうして、あんなセリフが自然に口から出てきたんだろう?
「だ、大丈夫? 嫌だったら、無理に話したりなんかしなくていいからね?」
言い澱んだ私を心配して、マイルズが声をかけてくる。
私は反射的に笑顔を作って、首を横に振った。
「ううん、大丈夫。ちょっと、ド忘れしちゃって……」
「なによそれ? まったく、しっかりしなさいよね」
「あはは、ごめんごめん……」
唇を尖らせるメリアに、笑顔のままで謝る私。
けれど、次の瞬間――……。
「ッ!?」
ぞくり。
不意に、背筋に悪寒が走った。
背中をざらついた舌で舐められたかのような、得も言われぬ気持ち悪さに、思わず肩がびくりと跳ねる。
さらに続けて、きぃぃんと耳鳴りが襲ってきて……。
まるで走馬灯みたいに、脳裏に次々と映し出される、”知らないはずの景色”。
崩れた街、血みどろで横たわる誰か、地面に落ちた天色の組み紐……。
それから、赤黒く染まった空に向かって咆哮する……『熊』みたいな姿の巨大なナニカ。
「……ぅ……っ」
……い、いまの、なに!?
「ちょっと、ホントに大丈夫? 顔色悪いわよ?」
一瞬ふらつき、こめかみを抑えて俯いた私を心配して、メリアが声をかけてくる。
正直、あまり大丈夫とは言えない。
少し前から、私、ちょっとおかしい。
知らないはずの単語やなんかが不意に口をついて出てきたりするし……。
今みたいに、見たことも聞いたこともない光景が急に脳裏をかすめたりするし……。
何だか、自分の中に”もう一人の自分”というか、得体の知れない誰かが居て。
そいつが時々、体内でもぞもぞと蠢いているような気がして……怖い。
……って、ダメダメ!
私は慌てて顔を上げると、
「へ、へいきへいき! ちょっと最近、夢見が悪くて寝不足なだけで……」
「ったく、冒険者は身体が資本だってのに。一度柵から出て、少し休んだら?」
「だ、大丈夫だよ、これぐらい! まだまだ私……」
「メリア、ユキ、ちょっと待って!」
その時。
私とメリアの会話を遮って、マイルズが声を挙げた。
「何だか、エケラビたちの様子が変だ」
「え?」
その言葉に、ハッとしてエケラビたちに目を戻すと……。
柵の中のエケラビたちが全員そろって、後ろ足で立ち上がっていた。
長い耳をピンと立て、小さな鼻先をヒクヒクとさせながら、落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見廻している。
すっごく可愛い仕草だけど……一体、どうしたと言うのだろうか?
私、マイルズ、メリアの三人ともが、エケラビたちの行動の意図がまったく分からず、ぽかんとしてその様を眺めていた。
そして、次の瞬間。
十数匹のエケラビたちが一斉に、柵に向かって突進し始めた!
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